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第七十四話:蛇が喰らうもの
サラが“交わる時間”を越えたその頃――
世界の裏側で動き出す、もう一つの祈りの物語。
白い聖堂の奥、千の蝋燭が灯る間で、
教皇は静かに瞼を閉じ――そして、わずかに口角を吊り上げた。
「……待ちわびた」
誰に向けたでもない低い声が、石壁に反響する。
膝をつく影がひとつ。
教会魔術師最高位――ラグス・ザラキエルが、深く頭を垂れていた。
「……杯が、完成しました」
その声は、冷たく澄んでいた。
教皇はゆっくりと瞼を開ける。
灯火に照らされたその笑みは、
祈りを捧げる聖職者ではなく――
獲物を見据え、捕らえる確信を得た獣のそれだった。
「杯を…血で満たせ。この聖都ルセリオンの血で――」
その言葉と同時に、
千の蝋燭が一斉に揺らめいた。
炎は血のように赤く染まり、
聖堂に祈りではなく、恐怖の気配が満ちていく。
ラグス・ザラキエルは静かに立ち上がり、
その赤い瞳を細めた。
「御意。神の光のもとに、すべての穢れを――清めましょう。」
教皇は満足げに目を細め、
天を仰ぎ、狂気にも似た祈りを捧げた。
「世界よ……アザルグラ・ソルの贄となり還るが良い」
教皇の影が白い聖堂を飲み込み――
赤い炎が、静寂を飲み込んだ。
教皇の祈り。
それは、始まりへ還る祈り。




