第七十話:蒼を満たす夜明け
村の明かりが寝静まり、空を見上げれば、
星の瞬きがフェリシアという小さな世界を照らす。
変わらずそこにあると思っているものは、
本当に――明日もそこにあるのだろうか。
――あの日、私は、あるはずのものが溢れ落ちる絶望を、
ただひとりで噛み締めた。
今でも、怖い。
今が夢なのではないかと。
あの日、私は静寂の庵の中で眠ってしまったのではないかと――時々、思う。
けれど、移り変わりゆく季節が、
確かに時の流れを示してくれる。
少しの違和感を残しながらも、着実に。
そして――夜が、息をしている。
瞬く星は、過去に別れを告げるように、
か弱く、それでもはっきりと、その存在を主張していた。
――まるで、「自分が自分である」と証明するかのように。
胸の奥が、かすかに痛む。
それは懐かしく、そして激しい痛み。
失ったと思った。
もう進めないと、そう思ってしまったあの日から――
ずっと、形を変えながら残り続けている痛みだ。
今は、確かに隣にある温もり。
でも、それは……本物なのだろうか。
世界が動くたびに、私は置き去りになる気がしていた。
それでも、歩いてきた。
傷ついたままでも、立ち止まることが怖くて。
立ち止まったら、また溢れ落ちてしまうと知っていたから。
ファルと出会って、たくさんのものを見た。
帝都も、ルーメリアの海も――
知らない世界を。
そのどれもが、私の中の“世界”を少しずつ広げてくれた。
けれど、広がるほどに、心の奥にひとつだけ残る影が濃くなっていく。
解けたはずの“鎖”は、
いまもその影を、私を縛りつけている。
今でも夢に見る。
私が望んだ光が、指の隙間からこぼれ落ちる。
そのたびに思うのだ――
(私は、まだあの時のままなのかもしれない)
けれど、もう怖くない。
怖くない――と、言えるようになりたい。
そう思えるようになったのは、
ファルが隣にいてくれたから。
彼はきっと気づいている。
私の時間が、少し歪んでいることに。
それでも何も言わず、ただ歩幅を合わせてくれる。
まるで、私が“自分の足で前に進む瞬間”を、
静かに待ってくれているみたいに。
だから、私は――
この終わりを、自分の手で迎えたい。
風が頬を撫でる。
どこか遠くで、鳥の声がかすかに響いた。
夜明けが近い。
朝日の気配を受けて、私の“今”が“明日”に変わっていく。
溢れた朝日が、胸元のサファイアを照らす。
――まるで、蒼い杯に何かを満たすように。
――そして、夜明けを見つめる者がいた。
その瞳は、同じ朝日を違う光で見ていた。




