第六十五話:帝都の檻
帝都での束の間の静寂――
けれど、それは嵐の前の静けさか……。
古代の大帝国セリュネア――
それは、約一千年前に栄華を極め、
二つの大陸を束ねた、世界最大の王国だった。
広がる都市群、果てしない街道、
空を焦がすほどの祭典と戦旗。
その繁栄は永遠に続くと、人々は信じて疑わなかった。
――けれど、ある夜を境に、すべてが消えた。
帝都は炎に呑まれ、民は影となり、
翌朝には、瓦礫と灰だけが残されていた。
周辺の街々もまた同じ。
そして――そこから一切の人の気配が消えた。
“厄災”によって終焉を迎えた大国。
だが、教会が語る真実の奥に、何があるのかを知る者はいない。
私は、知らなければならない。
その地で何が起こり、何が終わり――そして、何が始まったのかを。
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「セリュネアって、カルサリア大陸とサルミール大陸を治めてたんだよね?」
「ああ……正確には、サルミール大陸が本土。
カルサリアの国々は、盟約のもとに従属していた」
サルミール大陸――
聖都ルセリオンがある場所。
そこは今、教会の支配が最も深く及ぶ地。
私たちが足を踏み入れるには、あまりにも危険だった。
それでも、ファルは静かに言った。
「行こう。……すべての始まりが、そこにある」
一拍の沈黙。
そのあと、彼はゆっくりと私の名を呼ぶ。
「――サラ。君が知るべきすべてが」
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帝都から東の港町レルフェンまで、四日。
「フェリシアに……寄れないかな」
自分でも分かっている。
これは完全に、私の我儘だ。
いくら妖精ルミラがフェリシアを護っているとしても、
私たちが近づけば、危険を呼び寄せることになる。
「分かった。ただ――」
ファルの声が途中で途切れた。
視線は窓の外へと逸れている。
眉がわずかに動いた。
「どうしたの?」
私も立ち上がり、彼の隣から外を覗き込む。
石畳の通りを、鎧の列が進んでいた。
銀の紋章を掲げた騎士団の後方に、
青のローブの上から深紅の外套をまとった魔術師団。
そして――その中に、教会魔術師の純白のローブが見える。
「なに……あれ……赤の外套って、魔術師団の中でもかなり上位の……」
思わず息を呑んだ。
朝の光を反射して、彼らの武具が鈍く光る。
その動きは整然としていて、明らかに“何かを探している”。
「……混成部隊だな。教会の連中までいる」
ファルの声は低く、冷静だった。
だが、その瞳の奥には、鋭い警戒の光が宿っている。
「どうして……?」
「恐らく、狙いは――サラ、だろうな」
息が詰まる。
胸の奥が、ひどく冷たくなった。
つい昨日まで普通に歩けた帝都の街が、
今は罠のように見える。
――リシェリが“逃げて”と言った理由が、ようやく分かった。
ファルは静かに窓から離れ、私の方を見ながら小さく肩を竦める。
「……インヴィクトゥス。やってくれたな」
「え……?」
私が小首を傾げると、ファルは薄く笑って息を吐いた。
「昨日の食事、あれは“足止め”だったんだろう。
……まったく、食えない奴だ」
その笑みは、どこか愉快そうで。
まるで、長年の因縁を思い出したようだった。
「怒らないんだ?」
「まぁ、いつもの事だからな。
そのうち何食わぬ顔で現れるだろ」
確かに、本来は敵だ。
今までがおかしかっただけ――そう言えば、それまでか。
ファルは窓越しに一度だけ通りを見やり、
軽く息を吐いた。
「……それに、どうせ捕まらないと思って遊んでるんだと思うぞ」
その声音には、呆れと――わずかな笑みが混ざっていた。
インヴィクトゥスらしい。
だが、背筋に流れる緊張は消えない。
「しかも、あの動き……インヴィクトゥス、俺たちが帝都にいる可能性を報告したな」
「……どうするの?」
ファルは少し考える仕草をしてから、閃いたようにぽんっと手を鳴らした。
「派手に行くか、地味に行くか……サラはどっちがいい?」
「………は?」
ここ数年で一番、意味の分からない質問だった。
その瞬間、私は確信した。
――やっぱり、ファルとインヴィクトゥスはどこか似ている。
帝都に広がる混成部隊の動き。
それはただの捜索ではなく、まるで“狩り”のような緻密さでした。
リシェリの警告、そしてインヴィクトゥスの“足止め”――
全てが、今この瞬間へと繋がっていきます。
次回、帝都脱出編へ。
サラとファルが選ぶのは「派手な逃亡」か「静かな逃亡」か。
彼らの決断が、運命の歯車を大きく動かします。




