第六十二話:帝都の灯と笑顔
リシェリとの再会を経て、サラとファルは帝都を歩きます。
懐かしい場所を巡るその道の先で、思いがけない人物との再会が――。
笑える夜の、静かな灯の下で。
リシェリと別れたあと、路地に入った。
ファルが手をかざすと、私の髪と瞳は再び茶色に戻る。
――もう、誰の目にも“宮廷魔術師サラ”の姿は映らない。
それから暫く、私は帝都の街を彷徨った。
魔術師団宿舎の前、詰め所の前、そして宮廷の門。
どれも、かつて私が立っていたはずの場所だ。
寂しさは、確かにある。
けれど、後悔はない。
戻りたいとも思わない。
――私は、私の居場所を選んだから。
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思い出に別れを告げるように歩いていたら、日がだいぶ傾いていた。
(静寂の庵に帰れるのは……夜中だな)
そんなことを考えていると、ファルがふと足を止めた。
「今日は、帰れないかもな」
不思議に思い、ファルの視線を追う。
そこには、茶色の髪に、市民服を着た――見覚えのある顔があった。
その人はファルを見つけると、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「珍しいなぁ! お前が帝都にいるなんて!」
「インヴィクトゥス……あまり騒がれると困るんだが」
ファルが呆れ気味に返した。
インヴィクトゥスは相変わらず豪快に笑い飛ばしているが、周囲の視線は冷ややかだ。
「隣の嬢ちゃんは……! 嬢ちゃんか!」
――どうして、分かるの?
思わず息を呑んだ。
「何でわかるのかって顔だなぁ?」
「え……まぁ……」
私が曖昧に返事をすると、また彼は豪快に笑う。
「企業秘密だ!」
そのとき思った。
豪快なだけに見えるけれど、この人は根っこの部分では案外ファルに似ているんじゃないか、と。
私は無意識に、ファルとインヴィクトゥスの顔を交互に見比べていた。
「……心外ですね」
ファルがニコッと笑い、わざとらしく敬語を使う。
その様子に、思わず私はぶるぶると首を横に振った。
「ははっ、そう睨むなって! 久々に顔見りゃ腹も減る!」
「久々ってほどでもないだろう」
インヴィクトゥスは両手を広げて笑う。
「細かいことは気にすんな! 折角だ、二人とも――飯、おごってやるよ!」
思わず、口元が緩んだ。
そのわずかな笑みを、インヴィクトゥスは見逃さなかった。
「嬢ちゃん、何が食べたいか言ってみろ!」
その声が、夕暮れの帝都の空に明るく響いた。
気づけば夜の帳がゆっくりと降りはじめ、通りの灯りが一つ、また一つと灯っていく。
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向かったのは、帝都南通りの端にある小さな食堂だった。
旅人や下級兵士がよく集う場所で、油と香草の混ざった匂いが漂っている。
テーブルに腰を下ろすと、インヴィクトゥスが店主に手を振った。
「おい親父! 肉の煮込み三つと、野菜の盛り合わせ、あとパンを山ほどだ!」
「また派手に頼むな……」
ファルが苦笑する。
「腹が減ってる時は、余計な理屈はいらねぇんだよ」
そう言って笑うインヴィクトゥスの声が、店内に響いた。
周囲の客が一瞬振り返ったが、すぐにまた自分たちの会話に戻っていく。
帝都のざわめきが、久しぶりに心地よく感じられた。
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料理が運ばれてくる。
肉の煮込みは香ばしく、表面に浮かぶ油が灯火を反射してきらめいていた。
インヴィクトゥスはさっそくスプーンを掴み、大口を開けて頬張る。
「……うんめぇ!」
「もう少し静かに食べられないのか?」
ファルが淡々と注意する。
「相変わらずだなぁ、お前。食う時くらい肩の力抜けよ」
「俺は常に平常心だ」
「ん? そうか? お前、なんていうか……表情に感情が出るようになったよな?」
ファルが少しハッとしてから、微笑む。
「そうかもしれないな」
二人のやり取りを聞いていると、思わず口元が緩む。
魔術師団にいた頃、ルシアン隊長と食事に行って、クロード副隊長が弄られていた光景を思い出した。
少しだけ、懐かしさと寂しさが胸を擽った。
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そんな他愛もない会話をしていると、インヴィクトゥスが思い出したかのように私を見た。
「そうだ嬢ちゃん、友達とかには会えたのか?」
「一応……元気そうだった」
私は微笑んだつもりだったが、たぶん、寂しさが滲んだ表情だったと思う。
「そうか。良かったじゃねぇか! なんせ、リシェリの嬢ちゃん、すげー心配して――あ! 言わねぇ約束だった! 嬢ちゃん! 今のは忘れてくれ!」
言葉が途切れ、インヴィクトゥスの笑顔が少しだけ引きつった。
彼の口からリシェリの名が出たことに驚いたが――
この人は、こういう人なのだと妙に納得する。
ファルが苦笑し、私は小さく息を吐く。
「……それでよく、教会の機密事項が守れているな」
「だーっ、今のは無し! 聞かなかったことにしてくれ!」
「ふふっ……無理だと思う」
自然と笑いがこぼれた。
ファルの隣にいるのは好きだ。
でも――こういう笑いは、本当に久しぶりな気がした。
サラが少しだけ心を緩める章でした。
インヴィクトゥスは優しいので忘れがちですが、あくまで教会の人間。今後の彼の行動にも注目です。




