第六十一話:リシェリの涙
それから数日後。
帝都を――いや、世界を震撼させる出来事が起こった。
空を裂くような“咆哮”が、夜の帳を打ち破ったのだ。
それは、音でも声でもない、魂の叫びのような“咆哮”だった。
帝都ではさまざまな噂が流れたが、やがて教会が“厄災の再来”として調査を始めると報じられ、人々の口は静かに閉ざされた。
けれど、私の胸には別のざわめきが残っていた。
あの咆哮の奥に――何か、もっと深いものを感じた気がする。
(サラ……今、どこにいるのよ)
その日、教会支部を訪ねたが、インヴィクトゥスの姿はなかった。
まるで彼もまた、“咆哮”の方へ導かれたかのように。
魔術師団長からは、治安維持に努めるようにとの指示だけが下り、何の情報もないまま、時間だけが過ぎていった。
私にできるのは、定期巡回を続けながら、――ただ、サラの姿を探し続けることだけだ。
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何も変化のない日々。
私はただサラの無事を祈り、サラの行動には必ず意味があるのだと信じ続けていた。
誰も答えはくれない。
唯一、『信じてやれ。何があっても、最後までな』――そう言ってくれたインヴィクトゥス。
けれど、それすら揺らぎそうになる。
もう何日たったのだろう。
サラがいないことが、日常になり始めているのではないか。
――そう思った、その瞬間だった。
「リシェリ!」
懐かしい、けれどずっと近くにあった声で――。
私は必死で声の主を探した。
そして、銀色の髪を、私の視界が捉えた。
「――嘘……サラ、なの?」
サラの目は、嬉しさと不安が混ざり合っている。
「うん。……リシェリ、元気だった?」
ゆっくりと私がサラに歩み寄れば、サラもゆっくりと私に歩み寄る。
胸の奥がきゅっと痛む。
「本当に、サラなの?」
声が震えてしまった。
「うん、私だよ。……心配かけて、ごめん」
私は小さく息を呑んで――サラを抱きしめた。
懐かしい香り。同じ制服、同じ隊室で笑い合っていた時のまま。
でも、少しだけ髪は伸びていた。
言いたいことは山ほどある。
だから、本当に伝えなければならないことだけを選ぶ。
「サラ、あなたはもうここには……」
喉がつかえて、言葉が出ない。
帰ってきてと言いたい。
でも、それは、言えない。
それを察したのか、サラは首を横に振った。
「うん、分かってる。今はただ、会えてよかった」
互いに少し離れる。
サラの目は、何かを決意した目だ。
少し、大人びた気がする。
「サラ……あなた、変わったね」
「うん。きっとそうだと思う」
(元気そうで良かった……)
でも、今の私は、サラの傍にはいられない。
――だから、ごめんね。
「サラ……私は何も見てない。誰とも会ってない。だから……逃げて」
それは、友達として精一杯の言葉のつもりだった。
――お願い……早く帝都から、離れて。
そう願いながら、私はサラの返事も聞かずに背を向け、歩き出した。
「リシェリ……ありがとう」
(バカ……聞こえてるよ……)
私の頬に熱い涙が伝った。
――今は、さようなら。
――だけど、またいつかきっと……。
――帝都の鐘が遠くで鳴った。
その音が、私の中の何かを、そっと開いた。
リシェリ編完結です。




