第六十話:リシェリの感謝
捕縛命令から数日後。
再び召集の鐘が鳴り、私たち宮廷魔術師は本部の集会場に集められた。
整然と並ぶ魔術師たちの視線の先――
そこに立っていたのは、純白の法衣をまとった数名の魔術師だった。
(……教会魔術師? しかも銀の刺繍……上級の者?)
息を呑む。
そして中央に立つ人物を見た瞬間、心臓が強く脈打った。
金の刺繍――。
それは、教会における最高位の魔術師の証。
本来、帝国の作戦会議に立ち入るなどありえない存在だ。
(……本当に、いたんだ)
ざわめきが走る。
魔術師たちの間に緊張と動揺が広がり、空気が一気に重くなる。
そのざわめきを断ち切るように、エーレンヴェルク公爵の声が響いた。
「静まれ――」
決して大声ではなかった。
だが、その一言は雷鳴のように場を支配し、一瞬で全員の口を閉ざさせた。
「単刀直入に言おう――サラ・フェルディナンドの捕縛任務については、教会が担うことになった」
凍りついた空気が、さらに冷たくなる。
それはつまり、サラに関して今後いかなる関与も、調査も、発言すら許されないという宣告――そう理解した。
「インヴィクトゥス・セラフィエルだ。この件は本日をもって我々の管轄だ。聞きたいことがある者は、俺のところに来い。……気が向けば話してやる」
あまりにも軽薄な声が、私の予測を裏切った。
金の刺繍を纏う教会魔術師の最高位――その男は、まるでこの場のすべてが退屈で仕方ないというように肩をすくめていた。
その後の議題は耳に入らなかった。
私はただ、あの男――インヴィクトゥスという名だけが頭から離れず、早く今日が終わることばかりを願っていた。
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夜。
私は迷わず足を向けていた。
教会魔術師が滞在しているという、帝都南区の教会――エクレシア・ルミニス・バクリ教会ラーベル支部へ。
白一色の石造りの建物は、帝国の建築様式とは異なる独特の冷たさを放っている。
まるで人を拒むために建てられたような、静かな圧を纏っていた。
重い扉を押し開けると、床も壁も、何もかもが白い。
光の反射が強すぎて目が痛くなるほどで、胸の奥に不快なざわめきが生まれる。
「お? やっと来たな? 誰も来ねぇから、帝国の魔術師は薄情なのかと思ったぞ」
楽しそうな声が響いた。
声のする方を振り向くと、金の刺繍を纏う男――インヴィクトゥス・セラフィエルが立っていた。
「えっと……」
喉が乾き、言葉が出てこない。
緊張と、彼が放つ異様な存在感に、息すら詰まる。
「サラ――だっけか? 聞きに来たんだろ?」
「……はい」
彼はあまりにも気楽な口調だった。
それがかえって不安を煽る。
「そんなに固くなるなよ。取って食ったりしねぇからよ!」
不意に笑い出すその声が、静まり返った聖堂に響いた。
その無遠慮な明るさに、思わず息を呑む。
(……これが、本当に教会の最高位の魔術師?)
教会の者といえば、掟と規律を重んじ、言葉も慎重で冷たい印象だった。
だが、目の前の男はまるで正反対だった――
豪快で、粗野で、どこか人間臭い。
その異質さが、むしろ恐ろしい。
「で? 嬢ちゃん、名前は?」
「リシェリ・エルンスト……です」
「よし、リシェリだな。覚えたぞ! ……たぶんな!」
なんとも反応に困る相手だ。
私が黙っていると、男は不思議そうに首を傾げた。
「なんだ? 質問しないのか?」
(もし、変な質問をしたら――)
そんな恐怖が、喉を締めつけて声を奪う。
「ん〜……じゃあ俺から質問だ。嬢ちゃんは、友達か?」
「……え?」
「サラって子のことだよ。友達なんだろ?」
名前を聞いた意味はなんだったのか――そう思いながらも、私は小さく頷いた。
「そうか。……なら、心配だよな」
一瞬だけ、彼の声が柔らかくなった。
その響きに、思わず顔を上げる。
「まぁ……心配はいらんと思うぞ。――一緒にいる“魔術師”が、強すぎるからな」
ニカッと笑うと、彼は無造作に私の頭をくしゃりと撫でた。
思わず身をすくめる。
けれど、なぜかその手は温かい。
満足したのか、インヴィクトゥスは軽く椅子を蹴って腰を下ろした。
その動作ひとつで、まるで空気が変わる。
「嬢ちゃ……リシェリだよな。お前、サラのことを信じてるんだな?」
「……はい。あの子が――信じるに値する“何か”があったんだと思います」
真っすぐに返すと、インヴィクトゥスは豪快に――けれど、どこか優しく笑った。
「そうか。なら信じてやれ。何があっても、最後までな」
意外だった。
否定されると思っていた。
けれど目の前の男は、私の想いを真正面から受け止めてくれた。
「……はい」
嬉しさが胸に込み上げ、涙が頬を伝う。
言葉にすることさえ恐れていた気持ちが、ようやく認めてもらえた気がした。
「嬢ちゃん、俺はサラに会っても、お前の話はしねぇ」
一瞬の沈黙。
男の茶色の瞳が、穏やかに揺れる。
「……いつか自分で伝えろ。俺はそれを咎めたりしねぇからよ」
「……ありがとう、ございます」
深々と頭を下げると、頭上でカリカリと髪を掻く音が聞こえた。
「また聞きたいことがあったら来い。何かあれば話してやる。……じゃあな」
そう言って、インヴィクトゥスは立ち上がり歩き出すと、大きく手を振った。
まだ夜明けには早すぎる。
なのに、彼の背だけが白く照らされて見えた。
――まるで、闇の中に差す一筋の光のように。
その光が、私の心をそっと照らしてくれた。




