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黒の約束〜滅びの約束を越えて〜  作者: はる
鎖を解く言葉

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第五十一話:庵に満ちる約束

庵に満ちる光は、まだ揺らめいていた。

それは私たちの言葉に応えるようで、胸元のサファイアも静かに脈を打っているようだ。


ファルの腕の中はあたたかくて、離れたくないと思った。

こぼれ落ちたと思ったものは、ファルの鼓動がしっかりと否定している。

彼の声も、笑顔も、今なら全部「本物」だと信じられる。


(……あぁ、やっと……)


胸がいっぱいで、涙も笑みも止まらない。

どれだけ時が流れても、この瞬間だけは忘れたくない――そう思った。


「サラ…」


ファルが優しく肩に触れて、そっと距離を取ろうとする。

けれど私は、首を振って拒むように腕に力を込めた。


「……やだ」


子どもみたいな言葉が、勝手に口から漏れる。

もう二度と、この温もりを見失いたくなかった。


ファルは驚いたように目を瞬き、それから小さく息をついた。

けれど否定はしない。ただ静かに、その手で私の背を撫でた。


庵の光はなおも揺らぎ、まるで二人を包むように柔らかく広がっていく。


――その静けさを破ったのは、低く響く声だった。


「……嬢ちゃん。そろそろ現実に戻ってこい」


びくりと肩を震わせて振り返ると、入口の方で腕を組むインヴィクトゥスと、無言のまま目を細めてこちらを見つめるカリグナスの姿があった。


恥ずかしさでファルの腕に抱かれたまま小さくなるしかなかった。


「これは…意外な組み合わせですね?」


ファルが少し驚きを表しながら二人を見た。


「お前の人間らしい姿が見られて俺は嬉しいがな」


インヴィクトゥスは茶化しているのか、本気なのか分からない声色で笑っている。


「余計なお世話ですね」


少し照れを含んだファルの返しに、私の胸は熱を持った。


「折角ここまで来たんだし、腹割って話そうじゃねぇか。その作り物の敬語もなしだ!」


「……作り物、ですか」


ファルはわずかに眉を寄せ、しかし反論はせず、静かに息を吐いた。


「俺からすれば、“厄災の成れの果て”の顔も“魔術師”の顔も、どっちもお前だ。けどな――こうして嬢ちゃんが、お前のために敵と馴れ合ってまでここまできたんだぞ?そろそろ素直になれ」


インヴィクトゥスの口調は粗野だが、不思議と温かさを含んでいた。


「まさか、敵に説教されるとは思いませんでしたよ。……いや、思わなかったな」


ファルの口調が優しさと威厳を含むが、少しだけ楽しそうに感じる。


「敵と馴れ合うのはインヴィクトゥスの専売特許ですからね」


カリグナスが肩を竦めた。


「ところで嬢ちゃん、いい加減離れたらどうだ?」


インヴィクトゥスが片眉を上げて顎をしゃくった。


「流石に、話をするには見ているこちらが居た堪れません」


カリグナスの冷たい視線が背中に刺さった気がした。


「……うぅ」

私は俯いたまま、ようやくファルの腕から身を離した。顔が熱い。


「後で存分にイチャイチャすりゃいいだろ」 


インヴィクトゥスの遠慮のないからかいに、カリグナスは眉間を摘んでため息を吐いた。


「では、お茶でも飲みながら話そうか」 


全員を引き連れるように部屋から出たファルの袖を摘んで歩きながら、私はまだ胸の奥に残る温もりを確かめるように俯いた。


「嬢ちゃん、やっぱり八歳――いってぇな!」


インヴィクトゥスの失礼な言葉は、拳が頬を捉える鈍い音で遮られた。

拳を振り抜いたのは、意外にも無表情のカリグナスだった。


「無粋な冗談は慎みなさい」


淡々とした叱責に、サラは思わず吹き出してしまう。

庵に満ちる光が揺らぎ、少しだけ和やかな空気が広がった。


---

広間の奥の扉を抜けると、そこは前にファルとお茶を飲んだ時と同じように緑に満ちていた。



室内に花が咲き、澄んだ水が細く流れ、床には古い紋様が描かれている。

森の匂いも届かないはずの庵の奥で、まるで外の大自然を切り取ったかのような空間に、インヴィクトゥスとカリグナスが感嘆の息を漏らした。


前と違うのは、中央に白いテーブルと椅子が四脚、脇に茶器。

まるで誰かが前もって用意しているようだ。


「全員、紅茶でいいかな」


ほんの一言なのに、ファルの新鮮な言葉遣いに、一々私の心臓が跳ねる。


(…どうしよう……私、会話できないかも)


ファルが全員に紅茶を配り終え席に着く。


「さあ、先ずは召し上がれ」


ファルの一言で、全員がカップを口に運んだ。

粗暴なインヴィクトゥスも一応は教会の人間。意外にも紅茶を飲む所作は綺麗だった。


私も一口に含むと、胸がいっぱいになった。 

(変わらない…ファルの紅茶の味だ…)


ほんの少し苦みがあって、それでいてやさしく甘い。

――不思議と心が落ち着く味。


「……っ」


紅茶が喉を過ぎた頃には、もう涙が溢れていた。

嬉しくて、安心して、張り詰めていたものが一気にほどけてしまったのだ。


私が慌てて袖で目元を拭ったその時――

ファルは静かに私の手を包み込み、低く穏やかな声で言った。


「もう、どこにも行かない。ずっと、サラの傍にいる。約束しよう」


その真剣な眼差しに胸がいっぱいになり、私は嗚咽を押し殺すように頷いた。


「……ぅん……約束」


その瞬間、庵の穏やかな揺らぎもとまり――まるで、世界が二人の約束を聞き逃さないとするように、優しい時間が流れた。


「やっぱり、お前は人間だよ。"厄災の成れの果て"…いや、"ファル"」


インヴィクトゥスの素直な気持ちと、見極める者の答えだった。

カリグナスの氷のようなその眼差しが、今だけは薄く和らいで見えた。




――湯気と香りがふわりと広がり、庵の静けさを優しく包み込んだ。

第二章もいよいよ終盤です。

無事再開できました。

一章からここまで、色々と謎や説明されていない部分がありますが、三章で色々と判明していきます。

引き続きご愛読、宜しくお願い致します。

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