第四十七話:森に眠る静寂
サラたちが再び辿り着いた“森”。
戦いの痕跡、そして――サラが見るものとは何なのか。
白い靄が、森の入口に薄くかかっていた。
日差しは高いのに、重なった梢が光を細く刻み、地面は緑と影の縞模様で縫われている。
一歩、踏み入れる。
湿った土の匂い。潰れた葉の青臭さ。遠くで落ちる雫の音。
(……戻って、来たよ)
胸元のサファイアが、呼吸に合わせるみたいにかすかに脈打っている気がした。
風はないのに、枝葉だけが微かに触れ合い、誰かの囁きのように揺れる。
「空気が違うな」
インヴィクトゥスが低く言う。気安さは消え、警戒だけが滲む。
――急に視界が開けた。
木々が理不尽に倒され、地面は抉られている。ひと振りの剣が何かを護るように地に突き立ち、その刃を境に――背後だけは、生きた森が広がっていた。
「戦闘の跡か……魔術に、剣?」
インヴィクトゥスが首を傾げる。
魔術戦で剣は不利だ。だからこそ、この痕跡は不自然だ。
「……ファルの剣だ」
そっと柄に触れる。金属の冷えが掌に移り、微かな震えが返ってくる気がした。
「こっちは……教会魔術師の亡骸ですね。無惨に潰されています」
カリグナスが顔を顰め、周囲を検分する。
「こっちは細かく切り裂かれてるな。……これは、爪痕か?」
インヴィクトゥスは不可解そうに眉を寄せ、抉れた土と裂け目の並びを目で追った。
薄く残る鉄臭さが、靄の向こうでまだ消えきらない。
少し離れた草むらには、同じ紋の外套の裂片が血に貼り付き――三人分だと知れる。
「三人ってことは……クラリス、ゼフィラ、ドミニクスか」
インヴィクトゥスが軽く鼻を鳴らして立ち上がる。
「こりゃあ“アイツ”の仕業じゃねぇな。アイツは人を“殺せない”」
「殺せ……ない?」
殺さない、ではない。
まるで――何かの誓いに縛られている、そんな言い回しだった。
「あぁ。本人に聞いただけだから本当かは分からんが……まぁ実際、“アイツ”に殺された教会魔術師はいないからな」
インヴィクトゥスが片肩をすくめる。
「魔術すら禄に使わんし、精々結界を張るぐらいしかしない。……だが、この荒れよう。結界はおろか、“アイツ”お得意の魔術消却すら使ってねぇな」
カリグナスは剣の鍔元に指を添え、刃の腹と地面に残る掠れた傷を交互に見比べた。
「剣で弾いた……が正解でしょうね。――ですが、なぜ“魔術を使わない”?」
答えは喉まで出かかって、言葉にならない。
「おい、カリグナス。いくらなんでも剣で魔術は弾けないだろ?」
何を馬鹿な事をと呆れたように首を振るインヴィクトゥスに、カリグナスが目を細める。
「魔力で作られた剣ですよ、これ」
「な……そんなの、失われた技術だろ!?」
インヴィクトゥスが信じられないものを見るように剣を睨んだ。靄がその声を呑み込み、ざわりと枝葉が震える。
カリグナスは無言で剣から指を離し、森の奥を見据えた。
「……失われたのではなく、“抹消された”が正解です。大陸全土で禁忌とされ、記録から消された。――だから、知っているのは我々ぐらいでしょうね」
(また、教会の……)
私は剣の柄に触れながら、サファイアのネックレスを握りしめ、胸に押し付けた。
――瞬間、世界の音が消えた。
「なんだ!?」
「これは……」
インヴィクトゥスとカリグナスが警戒を強め声が重なる。だが私は知っていた。――この場所を。
ゆっくり目を開けると、石造りの貴族邸を思わせる建物が視界に広がっていた。
外壁はところどころ崩れ、浮遊する石材が空中に散らばっている。
「……静寂の庵」
息を呑み、私は立ち上がった。
そして、扉に手を掛け、ゆっくりと押し開いた。
その扉の先に何があるのか。
知っている。――だからこそ、怖い。
振るえる手に力を込め、扉を開け放つ。
一歩中に踏み入れば、床は白灰の石で均され、歩むごとに淡い波紋が走る。
壁は窓ひとつなく純白。天井にも光源はないのに、柔らかな明るさが保たれている。
そう――静寂の庵だ。
けれど、明確に違うものがあった。
森が再び、サラを迎え入れました。
そこに残されていたのは、剣と、そして“静寂”――。
静寂の庵の奥には何があるのか…。
次回は、独白回になります。




