第四十六話:ぶっきらぼうな励まし
「さて――観光は終いだ、嬢ちゃん」
インヴィクトゥスが、陽光に輝くルーメリアの街並みを背にして、真剣な顔で街の外を見つめていた。
その眼差しは先ほどまでの朗らかさを完全に消し、ただ一人の教会魔術師としての鋭さだけを帯びている。
彼の視線の先にあるのは、大陸の内陸へと続く街道。
「ここから先は――真面目にやらんとな」
低く落とされた声には、重さと威厳が宿っていた。胸の奥が大きく脈打ち、気づけば私は拳を握りしめていた。
――笑っていたさっきまでとは違う。
(ファル……今から、行くよ)
街道に繋がる門をくぐると、用意されていた三頭の馬が待っていた。
黒、白、栗毛――三頭が並んでいる。それぞれの背に鞍が据えられ、いつでも出立できる状態だ。
「で? 行き先ぐらいは分かっているんでしょうね? インヴィクトゥス?」
カリグナスが冷ややかに告げる。
「ん? あぁ……嬢ちゃん、分かるか?」
少し拍子抜けするやり取りに、思わず肩の力が抜けそうになったが、見据える先は変わらない。
「――西へ」
「トリジスか……確かに首都だが……」
なぜ首都? と言いたげにインヴィクトゥスが首を傾げる。
「いえ、その先に村があります。その近くの森に……」
「了解だ!」
インヴィクトゥスは鼻を鳴らして馬に跨がり、手綱を軽く引いた。
「嬢ちゃん、遅れんなよ!」
私は息を整え、躊躇わず栗毛の馬に飛び乗った。
軽く腹を蹴ると、馬は勢いよく蹄を鳴らし、風を切って駆け出す。
ルーメリアの喧騒は一瞬で遠ざかり、耳に残るのは風切り音と、蹄が地を叩く重いリズムだけ。
緊張と疾走感が、胸の奥を熱く満たしていった。
蹄が大地を叩く音が規則的に響き、街道に砂煙が舞い上がる。
三頭の馬は並走しながら、西へとひた走った。
―――
三日間の旅路。
休憩を挟みながらも速度を緩めず、夜は焚き火を囲み、交代で見張りを立てて過ごした。森のざわめきや夜鳥の声が耳に残り、胸の高鳴りは決して静まらなかった。
やがて――蹄の音が次第に落ち着き、街道の先に小さな集落の影が見えてきた。
木造の家々が並び、畑の向こうには煙が立ち上がっている。
ごくありふれた、平和な村の光景。
(この村で……間違いない……)
「……着いたな」
インヴィクトゥスが馬を止め、短く呟く。
けれど私は息を整えながらも、胸の奥の高鳴りを抑えきれなかった。村の空気は穏やかだというのに、背筋を撫でるような違和感が拭えない。
「……普通の村ですね」
カリグナスが辺りを見回していると、風もないのに森の木々が微かに揺れた。
「うん……何かあるなら森のほう」
二人に森で何があったか知っているか尋ねてみたが、教会は把握していないようだった。
「嬢ちゃんは、前に森で何か見たのか?」
インヴィクトゥスが探るような目で私を見る。
答えようとした。けれど――唇が震え、喉が詰まる。
視界の端で森が滲む。胸の奥が、鋭く捻じれた。
――血に濡れた黒のローブ。
――腕の中で力を失い、沈んでいく重さ。
――それでも必死に抱き止めた。
――消えそうな息で、それでも笑おうとした顔。
(あの時のことが……まだ、離れない……!)
胸を締めつける恐怖が一気に蘇り、息が詰まる。言葉より先に熱い雫が頬を伝った。
「……おいおい」
インヴィクトゥスが眉をひそめ、頭をガシガシ掻いた。
「泣くなとは言わんがな……ボロボロ泣く嬢ちゃんなんざ、見てるこっちが居たたまれんわ」
ぶっきらぼうな声音に、思わず顔を上げる。インヴィクトゥスはそっぽを向いたまま、鼻を鳴らしていた。
「ま、泣きたいなら勝手に泣け。どうせここらじゃ、お前を笑う奴ぁいねぇ」
投げやりに聞こえるのに、不思議と温かい。
私は余計に涙をこぼしながら、小さく息を震わせた。
敵のはずなのに――その不器用な励ましは、ほんの一瞬、胸を支えてくれた。
「……ふん」
カリグナスが冷ややかに鼻で笑う。
「素直じゃないですね、インヴィクトゥス」
「うるせぇな」
インヴィクトゥスは肩をすくめて吐き捨てた。
「心配して悪いか! 泣いてる嬢ちゃん見て黙ってられるほど、俺は冷血じゃねぇんだよ」
二人のやり取りに、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
涙は止まらなかったけれど――孤独ではないのだと思えた。
風は凪いでいるのに、森の梢だけが微かに鳴った。
胸元のサファイアが一度だけ、脈のように灯った気がした。
「……行こう」
私の声に、三頭の馬が鼻を鳴らし、三人の影が森の縁へと伸びた。
――戻って来たよ。ファル。
サラがこの先で見るもの何なのか……
追記
Xアカウント作りました。
更新情報・制作小話はX(旧Twitter)でも発信していきます。
→ @h_blackpromise
よければフォローしていただけると励みになります。




