第四話:魔術の根源
杖なき魔術師――その力の“理由”を、サラはまだ知らない。
けれど、胸の奥に芽生えた疑問が、静かに世界の扉を開き始めていた。
今回は、ファルの魔術と“古代”に関わる真実の一端が描かれます。
ファルは、静かに笑った。
その笑いは森の奥にほどけ、風とともに消えていく。
やがて呼吸を整えると、真っ直ぐに私を見つめた。
「サラさんほどの魔術師に、私が教えられることなんてありませんよ」
「嘘。あなたの魔術は、速度も密度も桁違い。
それに――私の魔術も、結界も、あなたは“消した”じゃない……!」
言葉が熱を帯びる。
その余韻が、木々の間を震わせた。
ファルは穏やかなまま、淡く笑みを浮かべる。
「まあ……サラさんたちの“現代魔術”とは、根本から違いますからね」
「根本的に違うって、どういう意味?」
彼は指を組み、瞼を少し閉じた。
「今の魔術は、術者自身の魔力に依存しています。そして、杖を媒介にして発動する――そこまではご存知ですね?」
「当然よ。杖なしで魔術を使うなんて、あり得ない」
「ええ。でも……なぜ杖が“媒介”になるのか。考えたことは?」
問いかけに、息を呑む。
――そんなこと、一度も考えたことがなかった。
「杖には古い魔術式が刻まれています。それが術者の魔力を導き、形を与え、制御する。――つまり“現代魔術”は、杖によって完成しているんです」
「……知らなかった」
「杖の術式は〈エクレシア・ルミニス・バクリ〉――教会によるものです。“現代魔術”を体系化したときから、ずっとね」
その名を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。
――聖都ルセリオン。
信仰の名のもとに、魔術を“神の恩寵”と呼び変えた組織。
だが、帝国の魔術師たちにとってそれは、“信仰の皮を被った支配”だった。
「……どうしてあなたが、それを知っているの?」
「さあ。どうしてでしょうね」
軽く笑う声は、優しくも深く――底を覗かせない。
「対して――古代魔術は杖も術式も不要。本来の魔術です」
森の空気が、微かに張りつめた。
「……それは伝説の話じゃないの?」
「媒介は杖ではなく、“魂”そのもの。
魔力は個からではなく、世界から流れ出す。
精霊も、星も、大地も、風も――その呼吸すべてが“魔術”になり得ます」
言葉とともに、周囲の光がわずかに揺らめく。
森が呼吸し、風が答える。
「……だからこそ、教会はそれを禁じました。人の身で神の理に触れること、それを“冒涜”と呼んだのです」
(……この感覚……世界が、彼の言葉に反応してる……?)
「でも、古代語の詠唱が必要だったはず。あなた、唱えてなかった」
問いかけると、ファルはわずかに肩をすくめた。
「……企業秘密です」
「そこが一番知りたいのに!」
思わず声を荒げる。
だが彼は、ただ穏やかに微笑むだけだった。
「古代魔術は、教会が“禁術”と定めました。
だから今の世に、使い手はいないことになっている」
その声は静かで、どこか寂しげだった。
「もし私の存在が知られれば――教会の魔術師が押し寄せるでしょう」
「じゃあ……私が話したら?」
「そのときは、またどこかに隠れますよ」
軽い調子のまま、淡く笑う。
けれど、その目だけが真剣だった。
まるで、私の“沈黙”を信じているように。
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「そろそろ、森を出ましょうか」
「でも……あなた、捕まるかもしれない」
「捕縛対象を心配するなんて、奇特な魔術師ですね」
からかうような声に、思わず笑みがこぼれた。
並んで歩く帰り道。
会話はほとんどなかった。
けれど、沈黙が怖くなかった。
(……どうしてだろう。懐かしい。ほんの少し、懐かしい)
森の出口が見えたとき、私は無意識に立ち止まっていた。
「サラさん?」
「……なんでだろう」
理由は分からない。
ただ、胸の奥がざわついた。
ファルは一歩近づき、膝を折って視線を合わせる。
その瞳は、黒でありながら透きとおるように深い。
(……黒なのに、光がある)
思考が溶けた。
その瞬間、彼の手が私の頭に触れた。
「な、なに?」
「サラさん。気をつけて帰ってください」
その声音は、祈りのように柔らかかった。
「……子ども扱いしないで!」
反射的に手を払い、早足で歩き出す。
「また、近いうちに会いましょう」
振り返ったとき、彼の姿はもうなかった。
約束も、別れも告げていないのに――
なぜか、また会うことが当然のように思えた。
(……調子、狂うなぁ)
馬の手綱を握りしめる。
帝都への道が、やけに遠く感じた。
(報告書、どうしよう……)
“杖なき魔術師”ファルの語る〈古代魔術〉。
その秘密の奥に、やがてサラ自身の“運命”が重なっていく。
次話『第五話:不思議なお願い』では、
再び帝都へ戻ったサラが、心に残る“違和感”と向き合います。




