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黒の約束〜滅びの約束を越えて〜  作者: はる
鎖を解く言葉

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第四十四話:交わる旅路

潮風が頬を撫で、髪をふわりと持ち上げた。

甲板に立った私は、眼前に広がる水平線を見つめる。

波の上を進む船は、木の軋む音を絶え間なく響かせ、まるで心臓の鼓動のように規則正しく耳に届いていた。


(行くんだ……必ず)


胸元のサファイアが小さく揺れ、蒼い光を返す。

その輝きは、まだ揺れる私の心を縫い止めるように静かに寄り添っていた。


フェリシアの村を発ってから幾日。

馬車の揺れに耐え、港町にたどり着き、こうして船に乗り込んだ。

これで森へと戻る道は整った――ファルが最後に倒れた、あの場所へ。

けれど、船の上に立つ今も、胸の奥に渦巻く不安は消えない。


背後で船員たちが縄を引く声や、行商人が商品の籠を運ぶ掛け声が飛び交う。

旅人の笑い声も混じり、甲板は活気に包まれている。

その中にいるはずなのに、私はどこか孤独だった。

波音の中に、ふと“咆哮”の記憶が蘇る。

世界を覆い尽くすほどの声。

教会はあれを「厄災の再来」と呼んだ。

けれど私には――違う。

あれは、怒りと悲しみの叫びだ。


「……っ」


胸が締め付けられた瞬間、背中に視線を感じた。

振り返ると、白い外套を纏い、鋭い眼差しを持つ男性が甲板に立っていた。

その存在感に、思わず息を呑む。

(教会魔術師……)

心臓が跳ね上がり、足が竦む。


――インヴィクトゥス・セラフィエル。

まだファルと行動を共にして間もない頃に、ファルと戦った教会魔術師。

忘れもしない。


「お? どっかで見た顔だと思ったら“蒼”の嬢ちゃんか」


まるで別人のような口調で軽く声をかけられたが、私は警戒で杖を構えそうになる。


「待て待て! やり合うつもりはねーよ」


インヴィクトゥスは降参と言わんばかりに両手を上げる。

私が一歩下がると、彼は苦笑いを浮かべて頬を掻いた。


「いや、まいったな。こんなに警戒されるとは」


「あなたの顔が怖いからですよ、インヴィクトゥス」


そのとき船室から階段を上がってきた人物がいた。

黒い外套を羽織り、赤い冷たい瞳で私を見下ろす。

教会の白いローブがその裾から覗いているのが不思議な対比を成していた。

私が警戒を強めて距離を取ると、周りの人たちも違和感を感じてこちらを見る。


「バカやろう! カリグナス! お前のせいで余計警戒されちまったじゃねーか!」


インヴィクトゥスは焦ったように詰め寄り、カリグナスは冷ややかに肩をすくめた。


「知りませんよ。私は潮風に当たりに来ただけですし」


カリグナスは淡々と答える。

インヴィクトゥスは冗談めかして続けた。


「コイツ……一回焼いてやろうか?」


周囲の船員が笑いをこらえ、私の緊張までほぐれてしまい、間の抜けた表情を作ってしまいそうになる。


「な…なんでこの船に……」


私が何とか言葉を口にすると、インヴィクトゥスが少し考えてから話しだした。


「もしかしたら、同じ目的地かもな。だが安心しろ。今は仕事じゃない。任務外だ。そういう目で見るなよ、傷付くぞ」


言葉は軽いが、眼差しは真っ直ぐ私を見ている。

警戒心がまだ剥がれきれずにいる私に、彼の声は思いのほか穏やかに響いた。


カリグナスは少し離れて腕を組み、冷ややかに観察している。

彼の目は赤く光り、言葉少なに続ける。


「任務外でも教会の立場は忘れません。だが……個人の行動まで縛るつもりはない」


その線引きの曖昧さに、私の心はさらに揺れた。

どちらも教会の人間でありながら、立場と理念の差がここまで露骨に出るものかと驚く。


「それにあれだ。今の嬢ちゃんには俺たちじゃ手出しできないしな」


「……それって、どういう」


不思議に思った私に、インヴィクトゥスは軽口をやめ、わずかに真剣な眼差しに変わった。


「嬢ちゃん、気付いてねぇのか? お前の周りを覆ってるのは“守護結界”だ。しかも並のもんじゃねぇ。生半可な術者じゃ破れねぇよ。命を張ってまで守ろうとした奴がいる。……そんな気配がする」


思わず胸元のサファイアに手が触れる。


(命を……張って?)


隣で腕を組むカリグナスが、冷ややかに続ける。


「確かに異常です。2つの守護結界が絡み合っていて"解除なんて本人達"しかできませんよ」


「本人達?」


私は思わず聞き返していた。


「あぁそうだ。少なくとも二人分だが…かけたのは一人か?似過ぎてて分からんな。あと…極端に言えば、嬢ちゃんが爆弾抱いて爆発しても傷一つつかねえ」


インヴィクトゥスが口の端を吊り上げる。


「誰がかけたかまでは分からねぇが……よほど嬢ちゃんを大事に思ってる奴だろうな。そうでなきゃ、ここまでの結界は張れないな」


「……っ」


胸の奥が熱くなる。

視界に浮かぶのは、血に染まり膝をついたファル、それでも私を庇い………。

そして、咆哮と共に世界を揺るがせた黒き存在――カイゼル。


(まさか……二人が……?)


サファイアが小さく震え、蒼い光を返した。

まるでその推測を肯定するかのように。


カリグナスは赤い瞳を細め、深いため息を吐いた。


「いずれにせよ、今のあなたに手を出すのは愚か者のすることです。……それと…"術者が生きていないと普通は維持されません"」


(……生きて……いないと…)


インヴィクトゥスは肩をすくめ、再び冗談めいた調子に戻る。


「ま、そういうこった。だから安心しろ、嬢ちゃん。俺らも、下手に触れちゃならねぇってことくらいは理解してる」


私の耳にはもうインヴィクトゥスの声は届いていない。


サファイアの光を見つめると、胸の奥で小さな震えが広がった。

それは冷たいものではなく、むしろ温かく、まるで背後から抱きしめられているような感覚。


(ファル……カイゼル……)


二人の姿が脳裏に浮かぶ。

血に濡れてもなお私を庇った背中と、世界を揺るがす咆哮を放ちながらも、どこか寂しげに見えた黒き瞳。

――あの声も、この光も、全部が繋がっている気がした。


胸が苦しくて、でも同時に温もりに包まれて涙が出そうになる。


(やっぱり、あなたたちは……まだ私を守ってくれてるんだね)


決意と不安がせめぎ合う心に、確かな支えが宿る。


そんな私の胸中など知る由もなく、インヴィクトゥスは大きく伸びをして口角を上げた。


「ま、そういうわけで俺らが嬢ちゃんに手出しする理由はゼロってことだ。安心しろよ」


カリグナスは腕を組んだまま冷ややかに一言。


「むしろ、触れたら私たちが痛い目を見るでしょうね」


「だよな! 下手すりゃお前が黒焦げか灰だ」


「それはあなたの役目でしょう」


インヴィクトゥスが「おいおい!」と大げさに肩をすくめると、近くの船員が思わず吹き出した。

私も緊張がほぐれ、ほんの少しだけ笑みをこぼしてしまった。


けれど胸元のサファイアの光は、私一人にしか見えない強さで、確かに輝いている。


「ところで嬢ちゃん。"アイツ"は一緒じゃないのか?」


インヴィクトゥスの問いが胸を刺した。


(……ファルは…)


言葉が喉に詰まりかける。けれど、私は唇を開いた。


「……また隣に行くために、今、私はここに立ってます」


静かな声だった。けれど、甲板のざわめきが一瞬遠のくほどに、私の中では重く響いた。


インヴィクトゥスは驚いたように目を細め、すぐに肩を竦めて笑みを戻す。


「そうかい。なら一緒に行くか?」


カリグナスは赤い瞳を細め、わずかに息を吐いた。


「インヴィクトゥス…あなた、彼女が何か分かってて言ってますよね?」


「いいじゃねーかよ。どうせ仕事じゃねぇんだ。それにな、娘と同い年ぐらいだからほっとけねぇんだよ」


カリグナスは心底呆れたと言わんばかり額に手を当てた。


「あなたって人は……」


胸元のサファイアが、ふっと明滅した。

その光は私の言葉を肯定するように寄り添い、私自身の決意を確かにした。


「私は……」


潮風が頬を撫でる。

船は波を切り裂き、進んでいく。

その先に待つものが何であろうと――私の心はもう揺らがない。


「一緒に…行きます」

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