番外編:おっちゃんの腕相撲
初の番外編です。
ちょっと暗い話が続いたので息抜きです。
本編と関係ないので気楽に読んでください!
潮の香りが強くなり、船はゆっくりと波を切っていた。
昼下がりの甲板は、ちょっとした祭りのような熱気に包まれている。
「おい、誰が一番腕っぷしが強ぇか、決めようじゃねぇか!」
「いいねぇ、負けたら晩の皿洗いだ!」
そんな中――ひときわ大きな笑い声が響いた。
「おうおう、元気だな坊主ども! 面白ぇことやってんじゃねぇか!」
そう言いながら現れたのは、筋骨たくましい男――“おっちゃん”だった。
旅の途中、ふらっと船に乗り込んできた陽気な男。
船員の誰も、彼の素性を知らない。
だがその豪快な笑顔と、面倒見の良さで、すでにすっかり船の人気者だった。
「おっちゃんもやるのか? もういい年だろ?」
「はっはっは、年寄りをなめんな! 腰と腕はまだまだ現役だ!」
周囲がどっと笑いに包まれる。
おっちゃんは袖をまくり、どんと肘を机に突いた。
「さぁ来い! 誰でもいいぞ、泣いても知らねぇからな!」
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最初に名乗り出たのは若い船員・ドルト。
筋肉自慢で、腕相撲大会の常連だ。
「悪いな、おっちゃん。容赦しねぇぞ!」
「おうおう、言うねぇ。じゃ、いっちょやってみるか!」
両者の手が組まれ、周囲の掛け声が高まる。
「よーい、はじめッ!」
ドンッ――机が悲鳴を上げた。
板がたわみ、船がわずかに軋む。
「おっちゃん、意外とやるじゃねぇか!」
「お前も力はあるな……だが――」
ギリッ、と音がした。
おっちゃんの腕がまるで鉄柱のように動かない。
「ぬぉっ!? うそだろ、これ動かねぇ!」
「はっはっはっはっ! まだまだ若いな坊主っ!」
バンッ!
机の上で、ドルトの腕が叩きつけられた。
「勝者、おっちゃーん!」
「うおおお! まじかよ! じじいに負けたぁ!」
「だれがじじいだコラ! まだ歯も全部揃ってらぁ!」
笑い声が甲板に響く。
潮風と笑いが混ざって、どこまでも明るい。
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その後も次々と挑戦者が現れる。
力自慢の船員たちが何人も挑むが――結果は同じ。
机の上で次々に叩きつけられる腕、腕、腕。
「おっちゃんの右腕、反則だろ!」
「ずりぃ、あれは人間じゃねぇ!」
「うるせぇ! これでも昔は“海竜潰しの右腕”って呼ばれたんだぞ!」
「うそつけ!」
「うそだ!」
どっと笑いが起きる。
おっちゃんはわざとらしく胸を張り、子どもみたいな得意顔をする。
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やがて夕陽が海面を赤く染めるころ。
甲板には、腕を吊った船員たちがゴロゴロ転がっていた。
おっちゃんは桶の水を頭からかぶり、息をつく。
「ふぃーっ、久々に本気出したなぁ!」
「おっちゃん……本当に何者なんだよ……」
「ただの通りすがりのオッサンだよ! 次の港で降りる予定のな!」
そう言って笑うその顔は、どこまでも陽気で、どこか懐かしい。
彼の正体を知る者は誰もいない。
けれど――その笑顔に、皆が自然と笑い返した。
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夜。
酒盛りが始まると、誰かが言った。
「なぁ、思わなかったか? おっちゃんの目……一瞬だけ、光ってた気がするんだが」
「はっはっは、疲れすぎて幻でも見たんだろ!」
「……そうかもな!」
笑い声が波音に混ざり、夜空に溶けていった。
――そして誰も知らない。
この“おっちゃん”こそ、後に帝都の魔術師団を震撼させる教会魔術師インヴィクトゥス・セラフィエルだということを。
インヴィクトゥスが帝都に来る前の旅の一コマでした!




