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黒の約束〜滅びの約束を越えて〜  作者: はる
鎖を解く言葉

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47/109

番外編:おっちゃんの腕相撲

初の番外編です。

ちょっと暗い話が続いたので息抜きです。

本編と関係ないので気楽に読んでください!

潮の香りが強くなり、船はゆっくりと波を切っていた。

昼下がりの甲板は、ちょっとした祭りのような熱気に包まれている。


「おい、誰が一番腕っぷしが強ぇか、決めようじゃねぇか!」


「いいねぇ、負けたら晩の皿洗いだ!」


そんな中――ひときわ大きな笑い声が響いた。


「おうおう、元気だな坊主ども! 面白ぇことやってんじゃねぇか!」


そう言いながら現れたのは、筋骨たくましい男――“おっちゃん”だった。

旅の途中、ふらっと船に乗り込んできた陽気な男。

船員の誰も、彼の素性を知らない。

だがその豪快な笑顔と、面倒見の良さで、すでにすっかり船の人気者だった。


「おっちゃんもやるのか? もういい年だろ?」


「はっはっは、年寄りをなめんな! 腰と腕はまだまだ現役だ!」


周囲がどっと笑いに包まれる。

おっちゃんは袖をまくり、どんと肘を机に突いた。


「さぁ来い! 誰でもいいぞ、泣いても知らねぇからな!」



---


最初に名乗り出たのは若い船員・ドルト。

筋肉自慢で、腕相撲大会の常連だ。


「悪いな、おっちゃん。容赦しねぇぞ!」


「おうおう、言うねぇ。じゃ、いっちょやってみるか!」


両者の手が組まれ、周囲の掛け声が高まる。


「よーい、はじめッ!」


ドンッ――机が悲鳴を上げた。

板がたわみ、船がわずかに軋む。


「おっちゃん、意外とやるじゃねぇか!」


「お前も力はあるな……だが――」


ギリッ、と音がした。

おっちゃんの腕がまるで鉄柱のように動かない。


「ぬぉっ!? うそだろ、これ動かねぇ!」


「はっはっはっはっ! まだまだ若いな坊主っ!」


バンッ!


机の上で、ドルトの腕が叩きつけられた。


「勝者、おっちゃーん!」


「うおおお! まじかよ! じじいに負けたぁ!」


「だれがじじいだコラ! まだ歯も全部揃ってらぁ!」


笑い声が甲板に響く。

潮風と笑いが混ざって、どこまでも明るい。



---


その後も次々と挑戦者が現れる。

力自慢の船員たちが何人も挑むが――結果は同じ。

机の上で次々に叩きつけられる腕、腕、腕。


「おっちゃんの右腕、反則だろ!」


「ずりぃ、あれは人間じゃねぇ!」


「うるせぇ! これでも昔は“海竜潰しの右腕”って呼ばれたんだぞ!」


「うそつけ!」


「うそだ!」


どっと笑いが起きる。

おっちゃんはわざとらしく胸を張り、子どもみたいな得意顔をする。



---


やがて夕陽が海面を赤く染めるころ。

甲板には、腕を吊った船員たちがゴロゴロ転がっていた。


おっちゃんは桶の水を頭からかぶり、息をつく。


「ふぃーっ、久々に本気出したなぁ!」


「おっちゃん……本当に何者なんだよ……」


「ただの通りすがりのオッサンだよ! 次の港で降りる予定のな!」


そう言って笑うその顔は、どこまでも陽気で、どこか懐かしい。


彼の正体を知る者は誰もいない。

けれど――その笑顔に、皆が自然と笑い返した。



---


夜。

酒盛りが始まると、誰かが言った。


「なぁ、思わなかったか? おっちゃんの目……一瞬だけ、光ってた気がするんだが」


「はっはっは、疲れすぎて幻でも見たんだろ!」


「……そうかもな!」


笑い声が波音に混ざり、夜空に溶けていった。


――そして誰も知らない。

この“おっちゃん”こそ、後に帝都の魔術師団を震撼させる教会魔術師インヴィクトゥス・セラフィエルだということを。

インヴィクトゥスが帝都に来る前の旅の一コマでした!

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