第四十二話:抗う決意
村を離れ、再び旅路へ。
ファルとの足跡で訪れた場所で、サラが「抗う決意」を見つけます。
朝の光を背に、私はフェリシアの村を後にした。
背中には両親の声と、村の人々の笑顔が残っている。
サファイアのネックレスは胸元で小さく揺れ、その蒼が私を前へと導いてくれる気がした。
(ありがとう……みんな。本当に……)
振り返れば、まだ手を振ってくれる子どもたちの姿が小さく見えた。
胸が熱くなる。けれど、もう立ち止まらない。私は歩き出した。
馬車を乗り継ぎ、いくつもの街道を抜け、やがて新しい記憶に残る港町の風景が広がる。
潮の香り、帆を張る船の影、活気ある行商人たちの声――前にファルと共に訪れたあの町だ。
けれど、今回は隣にあの人はいない。
空白が風より冷たく心を撫でたが、それでも一歩踏み出せたのは、村で得た温もりが背中を押してくれているからだ。
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町を歩いていると、突然声をかけられた。
「腕相撲のお嬢ちゃんじゃねぇか!」
聞き覚えのある笑い声に振り返ると、船乗りの男が魚籠を抱えながらこちらを見ていた。
前に、ファルと一緒に船に乗ったとき、ちょっとした腕相撲大会で私がうっかり勝ってしまった相手だ。
「今度は黒い兄ちゃんも一緒に、また勝負しような!」
豪快に笑う声が潮風に混ざって響く。
「……はい」
私は思わず口ごもった。
けれど、その人の眼差しは純粋なもので、咎めや疑いなど微塵もなかった。
胸が温かくなる。
彼を覚えている人が、ここにもいる。
それだけで――ほんの少し救われた。
(ファル……やっぱり、ここにもあなたの足跡が残ってるんだね)
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だが、その温もりを吹き消すように、不穏な声も耳に入ってきた。
「聞いたか? この前の“咆哮”の話」
港の荷を降ろしていた船乗りが行商人に声を潜める。
「それ、カリサリア大陸でなんかあった日らしいな。 確かに全身が総毛立つような感覚だったよな……」
荷馬車を操っていた行商人が相槌を打った。
「教会の連中が“厄災の再来”だって騒いでるらしいぜ。調査団を派遣したいが、アルディナ商工連邦が拒否してるって噂だ」
今度は旅装をした若者が井戸端で声を潜めた。
胸が締め付けられる。
――“咆哮”。
あの日、確かに森に響いた声。それは世界を包み、その存在を示していた。
怒りと、何処か悲しみを帯びた"咆哮"。
あれは、友を想い、最愛の人を想う嘆きだ。
それを人々に恐怖として塗り付け、教会は“厄災の再来”と広めていた。
船乗り、商人、旅人……立場も違う人々の口から同じ言葉が繰り返されるたびに、噂はもう疑いようもなく「真実」であるかのように膨らんでいく。
「……違う」
小さく呟いた。けれど、その声は波音にかき消される。
(違うよ……ファルも、“あの人”も……“厄災”なんかじゃない……!)
心臓が強く打ち、胸の奥から熱がせり上がる。
誰かが否定しなければ。
誰かが真実を語らなければ。
世界は"彼ら"を“厄災”として塗り潰してしまう。
拳を握りしめると、サファイアが胸元でかすかに震えた。
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夕暮れ、港の先端に立ち、私は森の方角を見つめた。
潮風が髪を揺らし、胸元のサファイアが夕陽を反射して淡く光る。
「……行かなきゃ」
あれだけの魔術を使えるファルが、剣だけで戦った理由。
必ずある。あの森に行けば何か…。
彼が倒れたあの場所へ。
そして、真実を確かめるために――。
波間に赤い光が揺れ、遠くを渡るカモメの声が切なく響く。
けれど、不思議と恐怖よりも静かな決意が心を満たしていた。
フェリシアの村が背を押してくれたように、
この町の温もりと影もまた、私を導いてくれる。
「ファル……私は…何があっても……あなたを見つけて見せるよ。教会の……世界の声なんて…知ったもんか」
唇が震えたが、言葉は確かに世界へ溶けた。
その瞬間、胸元のサファイアが強く光を返し、夕陽の輝きと重なった。
私は拳を握りしめ、夜の海の遥か向こうにある森を見据える。
波が打ち寄せる音が、まるで背中を押してくれるようだった。
(今から行くよ――)
再び歩き出す足取りは、もう迷いではなく確かな決意の重みを帯びていた。
「教会の声なんて、知ったもんか」――
サラの中で、恐れよりも強く燃え始めた“確信”の光。
その先で待つ真実は、果たして救いか、それとも……。




