第四十一話:立ち止まらない誓い
朝日が差し込み、窓辺のカーテンを淡く染めていた。
小鳥の囀りが聞こえ、パンを焼く香ばしい匂いが台所から漂ってくる。
「おはよう、サラ」
お母さんが穏やかな笑みを浮かべ、湯気の立つスープを差し出してくれた。
お父さんも椅子に腰をかけていて、静かにこちらを見ている。
「サラ……無理してないか?」
「……うん。少しは落ち着いたよ」
そう答えながらも、声は震えていた。
お母さんは私の手を握り、お父さんは深く頷いた。
「サラ、ここはお前の家だ。辛くなったらいつでも帰ってこい」
「そうね。でも、決めるのはサラ、あなたよ。後悔しないように、最後の最後まで頑張りなさい」
二人の言葉は厳しくも温かかった。
胸の奥に、小さな光が再び宿る。
「気晴らしに散歩でもしてきたら?」
お母さんがそう言って背中を押してくれた。
私は頷き、外へ出た。
村は変わらぬ賑わいを見せていた。
畑から戻る農夫、井戸端で話す女性たち、駆け回る子どもたち。
けれどその一つひとつの声が、今の私には胸に沁みた。
「サラちゃん!」
声をかけてきたのは、野菜籠を抱えたミレーネおばあちゃんだった。
「この前、一緒にいたお兄さん……覚えてるわよ。畑を手伝ってくれてね。私なんて見てるだけで終わっちゃって。あんなに優しい人、なかなかいないよ」
「……!」
胸が熱くなる。ファルの姿が蘇った。
別の農夫も笑った。
「お前の旦那さんかと思ったぞ! あれから婆さん連中が“また会いたい”って煩くてな。旦那じゃないって言っても全然信じなくてよ」
「……旦那じゃないけど…ね…」
そう呟くと、唇が震えた。
私以外の誰かが、確かにファルを覚えている。
私に隣にいる人と思って貰えていることが嬉しい。
会う人会う人、みんながファルに感謝していた。
この時、初めて知った。
二人で来た時、ファルは村中を周り、村の人たちを手伝っていたんだと。
それはまるで、自分の存在を証明しているかのように。
胸元のサファイアが陽に揺れ、光を返す。
それはまるで、彼の微笑みの欠片のように、私を励ましていた。
――そうだ。
ここに留まるために帰ってきたんじゃない。
“彼が確かに存在した証”を胸に刻み、また前へ進むために戻ってきたのだ。
家に戻ると、両親が玄関先で待っていた。
「うん……良い顔になった」
母は満面の笑みで、けれど凛としていた。
「うん。……大丈夫。ファルと一緒に歩いたから。もう迷わない」
父は黙って私の肩に手を置いた。
その大きな掌の重みが、力強く背を押してくれる。
「サラ……お前は一人じゃない。俺たちも、村も、みんなお前を見ている」
気づけば、近所の人々が集まっていた。
子どもたちは手を振り、おばさんは野菜籠を差し出し、農夫は「また寄れよ!」と笑った。
村全体が、まるで私の背を押してくれているようだった。
涙が頬を伝ったが、それはもう迷いの涙ではない。
「……ありがとう。行ってきます!」
サファイアのネックレスを胸に抱きしめ、私は一歩を踏み出した。
心のつっかえが取れたその足取りは、昨日までの私とは違う。
迷いではなく、確かな決意の重みを帯びていた。
風が頬を撫でる。
――フェリシア全体が、私を送り出してくれている。
彼に辿り着くために。
――私自身の未来を切り拓くために。
「ファル…私、立ち止まらないよ」
(行くんだ…あの場所へ!)
サラにとってこの村は、ただの故郷ではなく“彼”と歩いた証のある場所。
その証を胸に、再び旅立つ準備をするサラの姿を描きました。
その決意がどんな行動につながるのか、見届けて頂けたら幸いです。




