表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の約束〜滅びの約束を越えて〜  作者: はる
鎖を解く言葉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/109

第四十話:揺るがぬ証

「お茶でも飲もうか」


お母さんがそう言って、台所から小さな湯気の立つポットを持ってきた。

差し出された湯呑みに注がれた紅茶を一口含んだ瞬間――私は驚いて母を見た。


「美味しいでしょ?」


お母さんはいつもより優しく微笑んでいる。

けれど、私の心臓は大きく跳ねた。


(……この味……どうして……ここに?)


静寂の庵で、旅先で――ファルが入れてくれた、あの紅茶と同じ味だった。

口の中に広がる香りも、ほのかな渋みも、彼の指先から受け取った湯気まで思い出す。


「どうして……」


震える声で呟いた私に、お母さんは少しだけ得意げに笑った。


「ファルさんが、前にあなたと一緒に来たときに入れてくれたのよね。とても美味しくて気に入っちゃって。茶葉の種類を聞いて、行商の人に仕入れてもらったの」


「――!」


手が震える。

夢じゃなかった。幻じゃなかった。

お母さんは、確かにファルを覚えている。


湯気の向こうに、彼の微笑が浮かんで見えた気がして、視界がじんわりと滲んでいく。


(ありがとう……お母さん。やっぱり……ファルはここにいたんだ)


「今日のサラは泣き虫ね」


それがからかいではないと分かる。

優しく頭を撫でる手は、ただ私を心配している手だった。


「……うるさい……」


お母さんが淹れてくれた紅茶をもう一口含む。

喉を通る温かさに、胸の奥の冷たさがほんの少し溶けていく。


「ねえ……お母さん」


「なあに?」


「ファルのこと……覚えてる?」


私の問いに、お母さんは湯気の向こうで少し目を細めた。

そして、まるで懐かしい歌を思い出すように、ゆっくりと答えた。


「覚えてるわよ。優しい人だった。あなたの傍に立って、まるで守るように見つめていた……『ああ、この人はサラを大切にしている』って、すぐに分かったもの」


胸が詰まる。

確かに――母はファルを見ていた。

私だけじゃなかった。


「お父さんも覚えてるぞ」


横から声がして振り向けば、お父さんが大きな手でマグを持ちながら笑っていた。


「ミレーネばあさんの畑、手伝ってくれただろう?

あれからばあさん、『サラちゃんの旦那は次はいつ帰ってくるんだ』って煩くてな。旦那じゃないって言っても全然信じなくてよ」


「……っ」


込み上げるものを堪えられなくて、私は唇を噛んだ。

紅茶の香りがまた立ち上り、滲む視界の中で二人の声が重なる。


(これでいい……私以外の誰かが、確かにファルを見ていた。私の隣に、あの人はいたんだ)


サファイアのネックレスが胸元で小さく震えた気がした。

私がそっとサファイアを撫でる仕草を、お母さんがジッと見つめてから目を閉じる。


「サファイアの石言葉……『揺るぎない心』、『一途な愛』、それから『真実を見抜く洞察力』……素敵なプレゼントね」


お母さんが静かに微笑みながら言う。

その声に、胸の奥が熱くなった。


(揺るがない心……一途な愛……真実を見抜く力……)


それはまるで、ファルが私にくれたもの。

そして、今の私に必要なものすべてだ。


指先でサファイアを撫でる。

冷たいはずの石が、ほんのりと温もりを返してくる気がした。

まるでファルが「大丈夫」と傍で囁いてくれているように。


「……うん。最高の……プレゼントだよ」


涙を拭いながら微笑んだとき、紅茶の香りとともに、心に小さな勇気が芽生えていた。


(もう、自分にも、夢にも負けないよ……)


そう心でつぶやいた瞬間、ふとあの時の光景が蘇る。

――ファルは、あのとき魔術を使っていなかった。


「ねぇ、お母さん。魔術師が使わない時って、どんな時かな…」


私の問いに、お母さんは少しだけ首を傾げ、湯気の向こうで柔らかく笑った。

そして、ゆっくり言葉を紡ぐ。


「……そうね。誰かを傷つけたくない時……

それから、例え使えなくても…守りたいものが目の前にある時、かしらね」


胸が大きく震えた。

ファルの姿が蘇る。

剣だけを構え、傷だらけになりながらも、その背中は何かを背負い、護っていた。


(……やっぱり……何かあったんだ)


サファイアのネックレスが胸元で小さく光を返す。

私はそれを両手で包み込み、目を閉じた。

母の言葉と、ファルの姿が一つに重なり合い、確信へと変わっていく。


「……うん、ありがとう。最高の答えだよ」


涙がにじむけれど、今度は拭わなくてもいいと思えた。

それは弱さの涙じゃない。

――また進むための、揺るぎない光だから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ