第二十四話:友の剣
工匠の街バルストレッタ。
昼も夜も槌音が響き、火花と煙が絶えない。
大通りを歩けば、鉄を打つ轟音と鍛冶職人たちの怒声に包まれる。
(すごい……帝都の工房とは全然違う……!)
胸を高鳴らせる私の隣で、ファルは黙ったまま歩いていた。
その横顔は穏やかだけれど、どこか遠いところを見ているように思えた。
「……ねぇ、どうしたの?」
声をかけると、彼は軽く微笑んだ。
「少し、寄りたい場所があるんです」
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街外れ。
人影のない廃工房が並ぶ区画に辿り着いた。
崩れた煙突、割れた窓、錆びついた扉。
賑やかな通りとは正反対の、時間に取り残された場所。
「ここ……廃工房?」
「ええ。けれど、私にとっては大事な場所なんです」
ファルは迷わず扉を押し開け、中へ入っていった。
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内部はがらんどうで、埃と鉄の匂いが漂っていた。
けれど彼は迷いなく奥へ進み、古びた作業台の下に手を伸ばす。
鈍い音とともに床石が動き、隠された階段が姿を現した。
「地下……?」
「行きましょう」
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地下室はひんやりと冷え、石壁には苔が張りついていた。
そして中央の台座に、一振りの剣が安置されていた。
錆び、ひび割れ、朽ち果てたようにしか見えない。
「こんな剣を探してたの?」
私が首を傾げると、ファルは静かに歩み寄り、柄に触れた。
その瞬間、刀身が淡く光り、ひびも錆も消え、輝きを取り戻す。
「……うそ」
私は思わず息を呑んだ。
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ファルは剣を手に取り、懐かしむように目を閉じる。
その横顔は、いつもの柔らかなものではなく、遠い記憶を映すように見えた。
「この剣は……かつての友が使っていたものです。魔力で作り出した剣なので、本来は朽ちないのですが…」
「……友?」
「ええ。誰よりも強く、誇り高く……そして、誰よりもバカでしたね」
最後の言葉には親しみがこもっていた。なのに、その声音には深い哀しみが滲んでいた。
「私は、彼がこの剣を振るう姿を、今でも鮮明に覚えています」
(彼……? それは誰?)
胸の奥に浮かぶのは、黒龍の伝説にある「人の姿を模し」と言う一文。
けれど同時に「皇帝」の姿も思い浮かぶ。
どちらなのか、どうしても掴めない。
問いただそうとしたが、ファルの深い悲しみを滲ませた瞳を見て、言葉を飲み込んだ。
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地上に戻ると、再びバルストレッタの槌音と火花が耳に戻ってきた。
けれどその響きは、さっきまでとは違って聞こえた。
(ファルはいったい……誰なんだろう)
剣を携えた彼の背を追いながら、胸のざわめきが収まらなかった。
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夜になると、工房街の昼間の喧騒が嘘の様に静まりかえる。
変わりに酒場の方から楽しそうな笑い声が響いてくる。
私は寝台に横になり、壁を見つめている。
壁の向こうにはファルがいる。
今、何を考えて、何を思っているだろう。
私は胸元のサファイアを指先で撫でながら目を閉じた。
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昼下がり、柔らかな光に包まれ、噴水の水音が静かに響いている。
「……ソフィア」
背後から呼ばれ、振り返る。
そこにいたのは黒いローブをまとい、腰には長剣を下げた私の愛する人――アルヴィト様。
顔も黒い瞳も声も、陛下と瓜二つ。
雰囲気まで瓜二つなのに、どこか子どもっぽくて可愛い。
陛下が獅子なら、アルヴィト様は子犬のようだ。
無造作に纏った黒の布と、手に馴染みすぎている剣の存在感が、不思議な迫力を漂わせている。
「やっと見つけたぞ。まったく、またアイツにどやされるところだったぞ」
言葉は粗野で、けれど優しさを含んでいた。
「陛下もアルヴィト様も……心配性ですね。過保護すぎるくらいです」
「お前は過保護なぐらいじゃないとどっか行っちまうだろ」
片手で柄を軽く叩き、笑う。
剣は彼の体の一部のように自然だった。
黒のローブとは不釣り合いなのに、なぜか違和感がない。
「また騎士の真似事ですか? 見た目は魔術師が良いと仰ったのはアルヴィト様でしょう?」
「あぁ、ローブは好きだぞ。ただ人のすることは面白くてな! 最近は料理も覚えたぞ」
まるで「褒めてほしい」と言っているような調子。
でも、私はそんなアルヴィト様が好きだった。
「そういえばその剣、陛下の剣と見た目が同じじゃありませんか?」
私が指摘すると、アルヴィト様はニヤリと笑う。
「アイツとは趣味が合うからな。同じ見た目にしたかったんだ」
子どものような理由に呆れてしまいそうになる。
「ソフィア」
この声で名前を呼ばれるのが、たまらなく好きだ。
アルヴィト様は剣の柄に手を置き、真っ直ぐに私を見て言う。
「俺はお前を護るぞ。例え何があっても」
その言葉を聞いた瞬間、景色がふっと揺らぎ、白い靄に包まれていった。
――気づけば、私は寝台の上。
胸元にはファルから贈られたサファイアのネックレスがあり、指先で思わずなぞってしまう。
(また夢……? どうして……)
胸の奥がざわつき、しばらく眠れなかった。




