第十二:家族の赦し
家にファルを連れて戻ると、両親が恐縮しきりに頭を下げた。
「お世話になっている方をほっぽり出すなんて、娘が大変失礼しました!」
「お客人に農作業までさせるとは……ミレーネばあさんには、俺から言っておきます」
ファルは気にした様子もなく、いつもの穏やかな笑みを崩さない。
「いえ、どうかお気になさらず。美味しそうな野菜もいただきましたし」
「ミレーネおばあちゃんの野菜、本当に美味しいよ」
反省の色が薄い私の頭を、お父さんががしっと掴み、ぐいと下げる。
「ばか! お前も謝る!」
「いたっ……ファルが気にしてないなら、いいじゃん!」
何度も頭を下げさせられ、首が悲鳴を上げる。
「……首、痛い」
横で聞いていたファルが、私だけに聞こえる小声で囁いた。
「あとで治しますよ」
挨拶が一段落すると、両親は夕食をご馳走したいと言い出す。母は台所へ、父は狩ってきた猪の解体へ。
その背を見送りかけたところで、ファルが振り返る。
「サラさん、髪を持ち上げてもらっていいですか」
「え?」
「首、直してあげます」
素直に髪を上げると、人差し指の腹がそっと首筋に触れた。
ふわりと温かいものが流れ、痛みが霧のように消える。
「どうですか」
「……すごい。こんなこと、できるんだ」
「サラさんだから、特別ですよ」
そう言って台所に向かい、母の隣で手際よく動き始める。
(……また、誤魔化された)
やがて食卓には、母の手料理とは思えないほど美しい皿が並んだ。
父は呆然とし、母は「わたしは野菜を切っただけ」と笑う。
元凶は、私の隣でにこにこと茶を注いでいる。
夕食のあと、湯気の立つ茶を前に、私は姿勢を正した。
「大事な話があるんだ」
その一言で、母の目がきらりと輝き、父が緊張で背筋を伸ばす。
(……勘違いしてる)
ため息をひとつ挟み、言葉を選ぶ。
「私、魔術師団を……辞めることになって」
「う、うん! それで!?」(母)
「えっと……処分を受けて、脱走して……たぶん、今は犯罪者、かも。ごめんなさい」
沈黙。
期待の角度とは真逆の報告に、ふたりは目を見開いたまま固まる。
「報告義務違反と任務放棄で……でも、どうしても戻れなくて……」
俯いた視界で、ふたりの影が揺れる。
我儘を言って帝都へ行き、二年で逃げ帰った。しかも脱走という最悪の形で。
(勘当されても、仕方ない)
静けさを破ったのは、父の低く優しい声だった。
「サラに、納得できないことがあったんだろう」
顔を上げると、言葉が震えながらこぼれる。
「……うん。どうしても、納得できなかった」
拳を膝の上で強く握る私に、父が笑顔を浮かべた。
「なら、サラが納得できるように生きればいい」
「……怒らないの? 迷惑、かかるかもしれないのに」
母がそっと隣に来て、私の頭を抱き寄せた。
「子どもが親に迷惑かけるのは当たり前。サラが決めたなら、それでいい。お母さんもお父さんも、全力で応援するよ」
「……うん。ありがと……ありがとう……」
涙が頬を伝い、熱が喉に落ちる。
泣き止むのを待って、父が真剣な眼差しを向けた。
「どんな結果になっても、後悔だけはするな」
「うん。絶対に、しない」
自分でも不思議なほど、言葉に迷いはなかった。父はそれ以上、何も聞かなかった。
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その夜、村の夜道をファルと並んで歩く。
「優しいご両親ですね」
「うん。私の自慢」
ファルは星空を見上げ、何かを思い出すように目を閉じた。横顔は、いつになく柔らかい。
その穏やかさに、胸の奥の疑念が軋む。
(どうして――信じたいのに、疑ってしまうんだろう。……痛い)
夜の風が、涙の気配をそっと乾かしていった