第十一話:故郷と違和感
あれから二日、私とファルは私の故郷──フェリシアの村の近くまで辿り着いていた。
なぜ行動を共にしているのか、自分でも答えは出せない。ただ、成り行きでそうなったのだとしか言えない。
移動は馬。もちろん、彼のことだから野宿など不要なはずなのに──
「久々に誰かと旅ができるのです。醍醐味を奪わないでください」
そう言って、あえて普通に野宿をした。
書庫で見せられた衝撃的な真実を思えば、私は今も疑念と恐怖、そして妙な安心感と信頼が入り混じり、心中は複雑だった。
「サラさん、見えてきましたよ」
指差す先に、懐かしい屋根並みが見える。
「うん……久しぶりだな」
思わず笑みがこぼれる。十五歳で村を出て二年、ようやくの帰郷だ。
無意識に歩調が速まった私を見て、ファルは柔らかく目を細める。
「嬉しそうで何よりです」
「……何」
「サラさんの笑顔、初めて見た気がします」
頬が熱くなる。慌てて誤魔化す。
「私だって笑いますよーだ」
村の入り口に着けば、変わらぬ長閑な光景が広がっていた。
「サラちゃん?」
誰かが声を上げると、周囲の視線が一斉に集まる。
「ただいま!」
懐かしい人々が駆け寄り、矢継ぎ早に質問を浴びせかけてくる。だが両親の顔を見たいと伝えると、皆は快く道を譲ってくれた。
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「ただいま!」
扉を開けると、驚いた顔のお母さんが立っていた。
「サラ!帰ってくるなら先に言いなさいよ!」
「ごめんごめん」
口調は叱るようだが、表情は嬉しさに満ちている。
「お父さんは?」
「今日は狩りで東の森よ。夕方には戻るはず」
少し残念に思いながらも、私は母に促され、この二年間のことを話した。
「それでね、同期のリシェリが──」
「サラ!いるか!」
声と共に駆け込んできたのはお父さんだ。
「お父さん! おかえり! ただいま!」
「よく帰ってきたな!」
大きな手が私の頭をぐしゃぐしゃに撫で回す。
「ちょっと、やめてよー!」
そう言いながら、私はその温かさを拒めなかった。
「ほら、ボサボサになったじゃん」
「なんだ? 色気づいたか?」
「顔がいやらしい」──私と母の声が重なり、父は肩を落とした。笑いが絶えない時間。
だが次の言葉に、私ははっとする。
「隣のばあさんが言ってたぞ。サラちゃん、男の人を連れてきたって。結婚するのかってな」
「あ……忘れてた」
ファルのことを、すっかり頭から追い出していた。
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両親がお礼をしたいと言うので、私は彼を迎えに行くことにした。
だが村を見回しても、黒いローブの姿はどこにもない。
(目立つはずなのに……)
陽が傾き、人々が畑仕事を終えかけた頃──私は目を疑った。
野菜の入った籠を背負おうとしている、黒髪の男の姿。
質素な服に着替え、髪を後ろで束ね、土で顔を汚して。
「……なにしてるの」
「おや、ご家族とのお話は終わりましたか?」
「それより、なんで農作業してるの?」
「おばあさんが大変そうでしたので。もうすぐ終わりますから、待っていてください」
畑にいたのは、村一番の長寿・ミレーネおばあちゃん。孫に接するように、彼女は野菜をファルに渡していた。
ファルはそれを子どものように嬉しそうに受け取り、土のついた顔で私の前に戻ってくる。
「お待たせしました」
「……なんか、変な感じ」
率直な感想に、彼は小首を傾げる。
「人並みの農作業ぐらいできますよ?」
「見れば分かるよ」
敢えて説明はしなかった。
「両親がファルにお礼をしたいって。付き添ってくれたことに」
「気を使わせてしまいましたね……すみません」
そう言って微笑む彼の顔を見ながら、私は心の奥で問いかけていた。
(この笑顔まで、作り物なの……?)