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黒の約束〜滅びの約束を越えて〜  作者: はる
揺らぐ真実

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第九話:夢に揺らぐ名

霞のような光が、視界をゆらめかせていた。

まぶたの裏で何かが形を成し、遠い記憶のように世界が立ち上がる。


「アルヴィト様! 床で寝るなんて何事ですか。少しは人間らしく振る舞ってください!」


「ん? ソフィアか……」


黒い瞳に金の縁取り。

執務室の床に転がっていたのは、私の最愛の人のひとり。

いつも漆黒のローブをまとい、無表情の奥にどこか人間離れした静けさを宿している。


「ご自分のお立場を理解してください」


「仕方ないだろう。どうにも人間の暮らしには慣れなくてな」


「慣れてください!」


彼は面倒そうに上体を起こし、今度は執務机に腰をかけて大きな欠伸をした。

「……そこは座る場所ではありませんよ」


「ソフィアは厳しいなぁ。だが、そういうところも好ましい」


睨むと、子どものように慌てて謝る。

その仕草が可笑しくて、私の唇は自然に笑みを形作った。


「また俺を弄んだな?」


「さぁ? どうでしょうね?」


その瞬間、扉が開いた。

風がひとすじ吹き込み、書類の束が舞う。


「ふたりとも楽しそうだな」


振り返ると、そこにはアルヴィト様とまったく同じ顔が立っていた。

思わず息を呑む。

双子のように似たふたり。

それでも、纏う気配は決定的に違っている。


「陛下からもアルヴィト様に何か言ってください」


「言っても無駄なのは、ソフィアも知っているだろう?」


同じ顔、同じ声――けれど、ひとりは冷たく、ひとりは人間の温もりを模索している。

胸の奥が、なぜか痛んだ。


私は深く息を吐き、似た者同士のふたりを軽く睨んだ。

その瞬間、光が崩れ、世界が溶けていく。



---


(……また、夢?)


薄く目を開けると、天井の木目が揺れていた。

額には冷たい汗。

胸の鼓動だけがやけに現実的だった。


「サラさん、夕食ができましたよ」


扉越しのファルの声に、思考が現世へ引き戻される。

(もうそんな時間……?)


鏡に映る自分は、髪が乱れ、頬が少し紅潮していた。

夢の余韻がまだ肌に残っている気がする。


「準備できたら行く!」


「分かりました」


寝癖を直し、部屋を出る。

廊下には庵特有の静寂が漂っていた。

灯は淡く、外の風が木々を鳴らしている。

どこかで誰かの祈り声が聞こえた気がして、胸がざわつく。



---


「ごめん。起きたら髪が大変で……」


「いえ、大丈夫ですよ」


ファルはいつもの微笑みを浮かべていた。

その笑顔に、なぜか懐かしさが混じる。


食堂の卓上には、色とりどりの皿が並んでいる。

湯気が立ちのぼり、香草の香りが柔らかく鼻をくすぐった。

こんな場所で、温かい食事に出会うとは思わなかった。


「これ、あなたが?」


「勝手に用意されるんですよ」


「……誰が?」


「さぁ……オバケ、とか?」


冗談めかして笑うその声に、私はむっとして唇を尖らせた。


「あなたって、大事なことはいつも誤魔化す」


「ああ……サラさん、そういう顔もするんですね」


くすくす笑う声が心をくすぐる。

頬が熱くなり、言葉が詰まる。

そんな私を見て、ファルは少しだけ真剣な表情になった。


「……じゃあ条件です。

 私のことを“ファル”と呼び捨てにしたら、質問ひとつだけ包み隠さず答えましょう」


「じゃあ──ファル。あなたの目的は?」


「あっさり呼びましたね。もう少し照れてほしかったのですが」


「だってファルって、愛称でしょ?」


彼は手を打ち、笑みを浮かべる。

「……なるほど。目的は──人探しです」


その答えに、私は小さく息を吐いた。

「誰を探してるの?」


「……友人、とだけ」


「また誤魔化した! 約束と違うじゃない!」


身を乗り出すと、彼は困ったように笑い、視線を伏せた。

「では、名前だけ。──それでいいですか?」


「……許す」


ファルは目を閉じ、静かに息を整える。

時間が止まったように思えた。

やがて唇が動く。


「……ソフィア」


その名が空気を震わせた。

胸の奥で何かが軋み、脈打つ。

理由も分からず、涙がにじんだ。

確かに知っている――それなのに、思い出せない。


「どうかしましたか?」


ファルの声が遠く聞こえる。

私はただ、胸を押さえて小さく首を振った。


(なぜ……その名前に、こんなにも心が揺れるの……?)


灯が揺れ、庵の夜が深く沈んでいった。


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