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黒の約束〜滅びの約束を越えて〜  作者: はる
約束の残響

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第八十二話:呼ばれた名

翌朝、ファルに連れられて来たのは“教会”だった。


港町アルマリスの中央に聳える白い尖塔。

海から吹く風を受け、鐘楼の先端に掲げられた金の十字が、朝陽に眩しく光っている。


「ね……ねぇ、大丈夫なの?」


私は思わず小声で問いかけた。

昨日の港の喧騒とは違い、ここはひどく静かだった。

通りには早朝の祈りを終えた信徒たちの姿がちらほら見える。

皆、白い衣に金の紐を結び、同じ方向へ歩いていく。

その背中を見ていると、胸の奥に何か冷たいものが沈んだ。


「大丈夫だ。ここは少し特殊だからな」


ファルはそう言って、まるで散歩でもするかのような軽い足取りで扉を押し開けた。

変装もせず、顔を隠すこともなく。

その堂々とした背に声を掛ける間もなく、私は仕方なく後に続いた。


――教会の中は、外よりも暗かった。


高い天井。

無数の燭台に灯がともり、静かな炎が揺れている。

石造りの床を踏むたび、かすかな音が響いた。

祭壇の奥には白い布を掛けられた像。

祈るように組まれた手が金色に光っている。


潮の匂いと香の匂いが混ざり合い、胸の奥が落ち着かない。


ファルなら大丈夫だろうが、流石に嫌な汗が背中を伝う。

帝都の教会とは違う――ここには“清らかさ”よりも、“何かを隠している静けさ”があった。


そう思っていると、奥の扉が静かに開いた。


司祭の法衣を纏った男が姿を現した。

四十代ほどか。

淡い金髪を後ろで束ね、灰色の瞳をした穏やかな印象の人物。

しかしその瞳の奥には、炎のような何かが潜んでいるように見えた。


その顔に、少しの驚きと、ほのかな好意が滲み出ていた。


「これはこれは……ファルネーゼ様。お久しぶりです」


「その名で呼ぶなと言っているだろう」


ファルの声が、低く響いた。

いつもの軽さは消えていた。

私は思わず息を呑む。


――ファルネーゼ。


その響きはどこか、祈りにも似ていた。

だが司祭は、まるで旧友に再会したかのように、柔らかく微笑む。


「つい癖で……失礼。けれど、こうしてお姿を拝見できるとは思いませんでした」


ファルは軽く肩を竦めた。

「相変わらず口が上手いな、マルセリウス」


私は二人のやり取りを見ながら、

何か“普通ではない距離感”を感じ取っていた。

まるで、ただの再会ではない。

“再会を何度も繰り返してきた者たち”のような、妙な馴染み。


だが、その次の瞬間――


司祭が私に目を向け、わずかに息を止めた。


そして、ゆっくりとその名を口にした。


「……ソフィア様」


その一言で、空気が変わった。

祭壇の炎が揺らぎ、鐘の音が遠くで響いた気がした。

胸の奥がざわつく。

夢のような、現実のような世界で見た――血に濡れた“私”の姿が浮かぶ。


「いえ……私は……」


言葉が喉で詰まる。

誰だ、その名前は。

私は――サラだ。


「マルセリウス、彼女はサラだ。ソフィアではない」


ファルの声が割って入った。

短く、けれど鋭く。

その瞬間、司祭――マルセリウスはハッと我に返り、静かに頭を垂れた。


「……失礼致しました。――私はマルセリウス・オルドリクと申します」


名乗る声は穏やかだった。

だがその奥に、どこか懺悔にも似た震えがあった。

教会の司祭が、まるで神に赦しを乞うように、深く頭を下げる。


その姿に、私は驚きを通り越して息を飲んだ。

司祭が、あのファルに対して頭を下げている。

しかも、どこか敬愛にも似た空気を纏って。


「どうか、私のことは司祭などとは思わず、ファルネーゼ様の“下僕”だとでもお思い下さい」


「おい、人聞きが悪いことを言うな」


ファルが眉をひそめる。

だがマルセリウスは楽しげに笑みを浮かべた。


「はは、失礼。ですが、あの頃を思い出すと、どうしてもそう言いたくなるのです」


「……昔のことを蒸し返すな」


「あなたがそう言うということは、まだ記憶に残っているということです」


「相変わらず性格が悪い」


「褒め言葉と受け取っておきましょう」


二人の軽口に、私はますます混乱した。

教会の司祭と、“厄災”と深い関わりを持つ者――そんな立場の二人がまるで友人のように話している。

けれどその言葉の端々に、何か“共犯”にも似た影がある。


私は思い切って口を開いた。


「あの……一体どういうことなんですか?」


二人の視線が同時にこちらを向く。

マルセリウスの目が、柔らかく細められた。


「ご説明差し上げても?」


「ああ。そのために来た」


ファルが短く頷いた。


マルセリウスは静かに祭壇の脇を通り、奥の扉を開ける。

古びた蝶番がわずかに軋んだ。


――この扉の向こうで、

彼が何を隠してきた真実の一端を、私は知ることになる。

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