表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/37

第八話:静寂の庵の夜

脱走の経緯と精霊の話がひと段落すると、私は思い切って尋ねた。


「……“邪龍”って、何?」


ファルは少し考え込むように視線を伏せ、それから静かに答える。


「文献に残っているでしょう。──古代の大帝国を滅ぼした黒龍」


黒龍。

かつて世界の半分を治めたセリュネア帝国を、一夜にして滅ぼした伝説の存在。

教会や帝国が象徴とする白き龍に対し、敵対した存在として語られる。


私は思わずファルを凝視していたらしい。彼が小さく笑った。


「……私が怖くなりましたか?」


「……そうは思わない。でも、司教様が。あなたの名を聞いたあと『忌々しい邪龍』と……」


「教会は昔から、私を目の敵にしてますからね。比喩でしょう」


肩をすくめ、苦笑する。

(古代魔術を使うから? それとも……)


問いを飲み込むと、彼は先回りするように口を開いた。


「そんなに逃げ回っているわけじゃありませんよ」


軽く笑い、教会とのいざこざをまるで笑い話のように語る。

その規格外の内容に私は言葉を失った。



---


「そろそろ休憩しましょうか」


気付けば長い時間を過ごしていた。お腹も空き、そして──


「……お風呂、入りたい」


我ながら場違いな一言に、ファルはにこりと微笑んで立ち上がる。


「こちらへどうぞ」


案内されたのは浴室。

皇族の浴場のように広く、華やかで、けれど不思議な静けさをたたえていた。


「必要なものは揃っています。服は置いておけば綺麗になりますから。ごゆっくり」


そう言い残し、扉が閉まる。

(……置いておけば綺麗になる?)


ローブを脱ぎ、シャワーを浴びる。温度はちょうど良く、自然に整えられている。

湯船に沈めば、声が漏れた。


「はぁ……気持ちいい」


半日以上、馬と歩き詰めだった脚は重く、浮腫んでいた。湯にほぐされながら、現実が押し寄せてくる。


脱走兵。下手をすれば犯罪者。

帝都には戻れない。教会が絡んでいる以上、容赦はない。

隠れ住むなら辺境の村か──。


(お父さん、お母さん……大丈夫かな)


両親は小さな村の出。私もそこで育った。

魔術が好きで、無理を言って帝都に出た。……その結果がこれだ。


焦燥に胸を締め付けられながらも、湯の温もりに心は和らいでいく。



---


浴室を出て服を広げると──新品のように蘇っていた。

驚きつつ身支度を整え、部屋へ戻る。


ファルは一人、紅茶を飲みながら本を読んでいた。顔を上げ、柔らかく微笑む。


「おかえりなさい」


私の強張った表情を見て、彼が首を傾げる。


「どうかしましたか?」


「……両親が、心配で」


子どものように俯き、裾を握りしめる。

ファルは歩み寄り、膝を折って私の顔を覗き込んだ。


「当面は心配いりませんよ。──行ってみましょうか」


「でも、見つかったら……」


「心配無用です。絶対に見つかりません。それに、私、強いでしょう?」


少し茶化すような声に、思わず口元が緩んだ。


「サラさんの故郷は?」


「……フェリシア、という村」


「ここから馬で二日ほどですね。今日はお疲れでしょう。部屋を用意しました。明日、出発しましょう」


フェリシアの名を知っていたことに小さな驚きが走る。


「……うん」



---


案内された部屋は、外の白一色とは違い木の家具で整えられ、温もりのある空間だった。


「夕食ができたら呼びます。庵の中も自由に歩いてください。書庫には……サラさんの知りたいものがあるかもしれませんよ」


そう言い残し、ファルは出て行った。


私はベッドに身を投げる。

(ふかふか……)


焦りと不安は残っている。だが、柔らかさに抗えず、空腹さえ忘れて目を閉じてしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ