第零話:〜邂逅〜
森は静かだった。
湿った土の匂いが風に乗り、木々の枝葉がかすかに擦れ合う音だけが響いている。
この静けさを、私はどれほどの歳月、ひとりで聞いてきたのだろう。
果てしない時間を経てもなお、胸の奥には熱いものが残っている。
私は――待っていた。
過去を背負ったまま。
果たすべき約束だけを胸に残し、それ以外のすべてを遠ざけて。
長い間、ただひとつを待ち続けていた。
その時、声がした。
確かに私にかけられた声。
振り向いた先に、その顔があった。
私は思わず息を呑む。
心の奥を突き上げるような衝撃が走り、胸がざわめきに掻き乱される。
胸に刻みつけたはずの決意が、別の形で疼き始める。
なぜ驚いたのか――。
理由を言葉にすることも、説明することもない。
ただ確かなのは、あの瞬間、待ち続けていた時が動き出したということ。
彼女はまだ何も知らない。
自分がどこから来たのかも、どこへ向かおうとしているのかも。
背負わされているものの重さも、眠っている真実すらも。
それでいい。
知らぬままでいい。
少なくとも今は。
私は知っている。
過去を、約束を、そして失われたものを。
だからこそ――護ると決めた。
それは「守る」という軽いものではない。
自らが灰になろうとも、血の一滴までを代価にしても、彼女を護る。
その選択は揺らぐことがない。
木々の隙間から差し込むわずかな陽光が、彼女の姿を照らしていた。
その光景を、私は決して忘れないだろう。
胸の奥に疼く熱が、今はまだ名を持たない。
けれど、あの瞬間に生まれたもの――そのために、私はこの身のすべてを投げ出すことさえ惜しまない。
この出会いが、やがてどんな結末を迎えるかは分からない。
だが一つだけ、決して変わらないことがある。
私は護る。
たとえ自らが消えようとも、最後の瞬間まで。