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流界の魔女  作者: blazeblue
傷だらけの召喚獣
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第7話 近く遠く、越えられぬ距離




 思考したのは僅か。一葉は小さく息を吐き、ゆるゆると首を横に振った。



「今のところは考え付きません」

「ふむ……それではこちらが選んでも問題はないだろうか?」



 望みを言わないという選択をした一葉へ、アーサー王はそう提案した。

 本音を言えば仕事がほしい。収入が無ければ衣食住を確保できず、この世界で生きていくことが出来ないから。しかし下手に欲しいものを自分から言えば何をどう曲げて解釈されるかわからない。



「アーサー王から頂けるものであれば、どんなものでも有難く存じます」



 無難に返した一葉へアーサー王は大きく頷く。

 それを合図に、控えていた上品な老人の声が謁見の間に響いた。



「アーサー王並びにアイリアナ様、アリエラ様のご退出でございます」



 王家の3名と騎士たちが玉座の後ろにある立派な扉から姿を消すと、貴族たちも一葉を観察しながらそれぞれに謁見の間を出ていく。

 結局最後までアリエラと一葉の視線は重なることは無かった。自分から拒絶したにも係わらず、彼女の纏う薄紅色のドレスが寂しげに翻ったことだけがただ、強く一葉の印象に残った。



 貴族たちがほぼ退室した頃を見計らい、ウィンは一葉へと近づいてきた。



「この後アーサー王の執務室に呼ばれています。私についてきてください」

「執務室に呼ばれてるのに何で謁見なんか……」



 嘲笑うようなウィンの表情を見て、一葉は不平を途中で呑みこむ。ウィンは歩きながらその華々しくも薄い理由を説明することにした。



「もっともな疑問です。しかし貴族の前でイチハ殿が王の感謝を受け取ったことと、イチハ殿がアーサー王に頭を垂れるかどうかを見せることが重要なのですよ」

「めんどくさっ」



 眉をしかめながら呟く一葉。彼女が育った環境には貴族などいない、一億二千万総庶民の国。だからこそそういった形式を理解できない。

 ウィンも自国のこういった習慣はあまり好きになれないため特に何も言わなかった。



「ウィンも私のことは一葉でいいよ。どうせ殿とか付けても敬う気はさらっさら無いでしょ? ゼストさんにも言っておいてくれると嬉しいんだけど」

「よくわかりましたね。それなら遠慮なくそう呼ぶことにします」



 しれっと言うウィンに軽く舌打ちしているうちに、騎士たちが守る階段を上り切り大きく立派な扉の前に辿りついた。扉の前に立つ騎士はウィンと顔見知りだったらしい。軽く会釈をしつつ扉を開けてくれた。



「おぉ来たな、イチハ!」



 そして一葉は、部屋に入るとやたらとフレンドリーな聞き覚えのある声に迎え入れられたのだった。一葉はその違和感に首を傾げるも、すぐにそれどころではなくなる。



 広々とした部屋には立派な椅子に座った王と、王から少し離れたところに王妃とゼスト、それから王妃に似た5歳ほどの少年。侍女たちは一葉たちが入ってきたドアのすぐ脇に立っている。

 その他に、流石にレイラはいないものの、双子らしき女性騎士と灰髪で小柄な女性騎士、体の大きな男性騎士が王族たちの側に控えている。



(あの人たちは、最初の時も謁見の間にいたなぁ)



 ぼんやりと考えている間にアーサー王が口を開いた。



「ウィンもご苦労だったな」

「いいえ、イチハの対応が今の私の仕事ですから大丈夫です」



 ウィンが自分の対応係だったとは初めて聞いた。それならばもっと迷惑をかけておけばよかった……と後悔するも、一葉は別の疑問について解決することにした。



「失礼しますがアーサー王、謁見の間と話し方が違うようですが」

「あぁ、そうだな」



 アーサー王は鷹揚に頷いて説明をした。



「謁見の間にいる私は言わば公用。あの場でこんな話し方をしたら軽く見られるだろう? だから多少厳めしく見えるように気を付けている。だからここではイチハもそう畏まらなくてもいいぞ」

「そうですか。納得しました」



 しかし、それとこれとは別の話である。年上と良くしてくれる人には敬意を払えというのが一葉の両親の教えであり、とりあえずのところ両方が当てはまるアーサー王に敬意を払うのは当然のことであった。

 今のところ畏まる理由はあるが、畏まらないための表だった理由は無い。



「さて、本題に入る前に改めて紹介しておこう。妻のイリアと息子のリオだ。リオ、挨拶だ」



 一葉を見て席を立ち、金の髪の少年は元気よく挨拶をした。



「ぼくの名前はオラトリオ=フォン=ミュゼルです! よろしくおねがいします!」

「アイリアナ=フォン=ミュゼルです。先日はわたくしたちを助けていただきありがとうございました」



 元気に挨拶できた息子に目を細めながらアイリアナ王妃も軽く会釈をする。とても優しげな笑顔のアイリアナに、一葉はやはりアリエラとの相似を見つけて微笑んだ。



「一葉=如月です。よろしくお願いしますね」

「イチハですね! 仲良くしてください!」



 アイリアナに会釈し、オラトリオに視線の高さを合わせた一葉。気の張ったものではない普通の行動は、小さな男の子に対するもの。普段の大人たちとの違いを感じたオラトリオは満面の笑みを浮かべている。

 それを見て驚いたような国王夫妻は、すぐに嬉しそうに微笑んだ。



「アリアも挨拶させようとは思ったのだが……イチハはもう娘と会っているだろう? ゼストから聞いた。娘は見張りを付けて部屋に閉じ込めてある。度々警備を抜け出しては騎士を困らせる罰だ」



 そうは言っても娘が可愛くて仕方がないと言いたげな顔の両親。これは相当な親バカだな、と一葉は心の中でメモをした。

 一葉が立ち上がりながらそれとなく観察をしていると、王妃は席を立ちオラトリオと手をつないだ。



「それではアーサー、わたくしたちはこれで」

「うむ。リオ、よく学ぶのだぞ」

「わかりました父上! がんばります!」



 オラトリオは天使のような笑顔を見せて父親をデレデレとさせ、母親に連れられアーサー王の執務室から出て行った。



「今日は紹介のために呼んだのだ。これからが本題だが……」



 父親の顔から王の顔に切り替え、アーサー王は一葉へ向き直った。先ほどまでは親バカの表情を見せつけていたにも係らず、その表情から圧力すら感じるほどの威厳がにじみ出ていた。



「謁見の間では褒美について何も言ってはいなかったが、欲しいものを聞いておこうと思ってな。何が欲しいと思っていた? あの場で言うことを躊躇ったということは金銀や家屋ではないだろう?」

「なぜ? あえて言いますが、私が無欲であるとは?」

「善意は確かに篤いかもしれんが、貸し借りを作るような迂闊な人間ではないだろう」



 ウィンやトレスからの報告でこちらの性格を量っているのだろう。このくらいでなければ国を『きちんと自分の手で』治めることなど出来ないのだろうか。

 どうだ? というようなアーサー王の表情に一葉は微笑し、回答を控えた。



「では、言いますが……仕事が欲しいのです。この国で生きていくための仕事が。そう条件の良いものは望みません。城下の食堂や、私でも雇ってもらえるような仕事を紹介していただければ嬉しいです」

「そうか、それは……確かに貴族たちがいる場所で言い出せば、何を言われるかわかったものではないな」



 いくら何でも、一葉をあまりに酷い職場へ放り込むわけにはいかないだろう。あの場で言いだしたら褒美と言う内容柄、それなりに地位のあるものになったと予想される。そうすれば急に出てきた一葉を警戒する者にとっては面白くない。

 一葉が自分から言い出したこととアーサー王から一方的に与えられたことの間には、万が一同じ結果だったとしても評価に雲泥の差があるのだ。



「ふむ……そうか。考えておこう。どうせしばらくは客間で寝泊まりしながらトレスの世話になるだろう? 王である私を助けた人間をすぐに仕事に就かせるというのもいくらか体裁が悪い。仕事が見つかるまでは今のまま生活をしてほしい」

「わかりました」



 仕事を得る前に放り出されても困るため一葉は快く受け入れた。



「それから預かっているコマイヌだがな……」

「あぁ、はい」



 『狛犬』の銘はゼストから聞いたのだろうか。一葉の愛剣たちは今、鞘・ベルト共にアーサー王の手の中にあった。



 遠い。

 距離はこんなにも近いのに、『相棒』たちが今は余りに遠く感じた。

 いつも腰にあった重みを感じないことに言い知れない寂しさがこみ上げてくる。



「これらはもう暫く返すことができない。すまないな」

「いえ、城内にいる限り出番は無いでしょうから……」



 だからこの際寂しいことは気にしない。

 いつかここを出ていくときに返してもらえればそれでいい。



「それと最後になるが」

「はい、何でしょう?」



 少しばかりの感傷と、これ以上何かあっただろうかという一葉の疑問。

 それらは続くアーサー王の言葉で粉砕された。





「ウィンと恋仲だとは本当のことか?」





『――は?』





 さすがに目が点になる一葉とウィンは、返す言葉も無意識に揃ってしまう。

 そんな2人を見たゼストが一葉へ向けて言い放った。



「我が息子は今年で24歳になるのだが、17歳のイチハ殿にとっては少々歳が離れすぎてはいないかと心配でのぅ。私も無理を言ってこの場に残させていただいたのじゃ」

「ち、父上……!! イチハは17ではなく16だそうです!!」

「何と、もっと若かったと!? それは失礼したのぅイチハ殿。して、ウィンとはどういう付き合いを? 時々噂にはなるものの私に紹介はしてくれないのじゃよ」

「私はまだ、16の娘に手を出すほど追いつめられてはおりません!」

「でものぅウィンよ、私もいい歳じゃろう。はやくお前の妻を見たいと思うのは悪いことかのぅ。いずれは家督を継いで子供に譲っていくことになろうが、できれば恋仲の娘と幸せになってほしいと常々思っておったのじゃ」



 ――混沌。



 この状況はその言葉で言い表せると思う。

 興味津々のアーサー王に、ニコニコと息子をからかうゼスト。

 自分に対しては厳格な父親からの思わぬ茶々に、混乱しすぎて自分が何を言っているのかイマイチ判断がつかないウィン。常日頃の冷静なウィンしか知らないため興味深そうにしている騎士たち。

 そして呆れ返る一葉となぜか頬を染めて期待する侍女たち。



 一葉は頭を振り、疲れ切った声で一言だけ言い放った。



「ウィンと私は恋仲ではありません……」



 年齢を訂正しなかったのはもう面倒くさくなったため、という理由も確かにある。多少若く見られることが嬉しかったという、微妙な乙女心があったのも否定しない。それらが複雑に絡み合い、一葉に年齢の訂正を諦めさせたのだった。

 この先ここで訂正しなかったことで少々困ることになるのだが、それはそのときの話である。








「冷たいではないですかイチハ!」



――バタン



「ねぇウィン、さっき部屋に閉じ込めたって聞いたんだけど」

「私もそう聞きました。貴女が聞き間違えたわけではありません」

「じゃあなんでいるんだと思う?」

「知りませんよ。自分で聞いたらどうです? 少なくとも、私ではなく貴女に用事があって来たのですから」



 執務室での混沌をやり過ごした後、ようやく与えられた自室へとグッタリしながら帰ってきた一葉と彼女を送ってきたウィン。神はまだ2人へ平穏を渡す気が無いらしい。



 扉の前でうなだれて言いあう2人に対し、入り口を護る衛士たちが同情的な視線を送る。彼らとしては王女の相手をできる人間が帰ってきたため、ようやく心労が減るというのが本音であった。騎士ではなく衛士である彼らは、王族が近くにいては緊張しすぎて仕事にならない。



 一葉は覚悟を決めて扉を開ける。

 そこにはただ今父親から外出禁止令を出されているはずのアリエラ王女が、謁見の間で見た煌びやかなドレスを着たまま、開いたとたんに閉まった扉を不思議そうに見つめていた。



「なぜ閉めたんですか?」

「いや、色々あってね……アリアはまた部屋を抜け出したの?」



 有耶無耶にしようとした一葉の言葉になぜかアリエラは胸を張る。



「そうです! 今日はかなり手強かったですけどね!」



 それはそうであろう。王様が指示を出して万全の態勢で閉じ込めていたのだから。

 逆になぜその包囲網から脱走できたのか、それが一葉にとって最大の疑問である。ウィンもまた頭の痛そうな顔をしているため、未だにその謎は解明されていないのだろうと彼女は悟った。



「で、何でここにいるのかな、このお姫様は……」

「イチハが悪いんですよ? ずーっと見ていたのに一度も私を見てくれなかったじゃないですか」



(この王女様は……)



 がっくりした。

 もう疲れた。

 なんだか喉も乾いたような気がする。

 そんな一葉へ向けて同情的な視線を送るも、ウィンは決して慰めはしなかった。彼は一葉に対してそこまで気を遣う義理は無いと思っている。



「それでイチハ、ウィンとは恋仲なのですか?」

『――!?』



 飲もうとして口に含んだ水を噴出さないようにしたため、水が気管に入り目を白黒させる一葉。いつもの笑顔のまま凍りつくウィン。そんな2人を、盛大に期待したキラキラと輝く瞳で見つめる王女殿下。



 がっくりしすぎて柔らかい絨毯へ膝から崩れ落ちることを、2人は止めることが出来なかった。








 あの小娘は危険だと彼は思った。



(例のない召喚とはいえ、恐らく通常の召喚獣と変わりない支配はあったはず)



 それでもアレは自ら自分への支配を砕いて見せた。

 その上監視をされていることにも気づいている様子だが、行動を起こす気配がなくまた城内や監視役からの大きな報告も無い。



 一定以上の教育を受けているのだろうか? こちらの意を理解して自ら危険に飛び込まないよう最大限注意を払っているような印象を受けた。



(どういう人物か……金で釣れるのか、それとも――)



 どちらにしても彼があの小娘を信用することは無い。

 彼は信用をしない。たとえ小さな歯車であっても排除しなければならない。

 そしてロットリア卿と王家の始末に再び取りかかるのだ。



 ロットリア卿は失敗者として。王家は排除するものとして。



(都合良くロットリアはあの小娘に憎しみを抱いているようだったな)



 これを利用しない手は無い。

 上手くすれば三者とも始末をでき、最低でもロットリア卿と小娘のうちどちらかは自分の手を煩わさず始末が出来るだろう。



 もちろん当初の予想よりも小娘の実力が低くロットリアの手にかかるならば言うことは無い。どちらにしてもその後に、ロットリアは断罪と言う名の最期を迎えるだろう。

 そうなれば邪魔なものが2つとも消え去るのだから、彼にとっての問題は何も無かった。



 小娘が残ったところで王家を始末する難しさは変わらない。業腹だが小娘が強敵であることは認めよう。しかし、それだけのこと。

 どのような力を持っていたとしても小娘の体は一つしか無く、目立てば目立つほどその分馬鹿な貴族たちの手により小娘の足枷が増えていくだろう。優秀な人材の代わりに自分が排斥されることを怖れて。



(ふふふ……さて、どうなるやら)



 彼は香を燻らせながらその昏い部屋を出て行った。

 彼の目的を達成させるために――――




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