第6話 激情の後先
彼女の長い午後は、彼の唐突な一言から始まった。
「今から私に付いてきてもらいます」
「――は?」
時刻は高い音4刻と少し。今日も相変わらず気持ちの良い昼下がり。一葉はいつもと同じくのんびりとベッドで横になっていたが、扉が開くと同時のその言葉に戸惑う。
ウィンと共に来たトレスが苦笑しつつ、診察の手を止めずに彼を窘めた。
「ウィンさん、いくら何でもそれでは伝わりませんよ。
イチハさん、特に不自由を感じたり痛みが残っていたり、違和感があったりはしませんか?」
「はい、問題ないと思います」
一葉の返答へ満足げに頷いた彼は、往診道具から出した紙に何かを書きつけた。
自分よりも歳下であるはずのウィンだけでなく、彼よりさらに歳下の一葉に対してもいつも丁寧なトレス。言葉にするには気恥ずかしく思うため言っていないのだが、一葉は彼をとても尊敬している。
それとは正反対に、ウィンに対しては世話を焼かれたところで何とも思わない。何かと嫌味を織り交ぜる彼にはただ、無性に枕を投げつけたいだけである。
そんな一葉の評価など露知らず。トレスにウィンは質問をした。
「トレス医師、イチハ殿はどうですか?」
「そうですね……えぇ、日常生活程度ならば問題ないでしょう。もうベッドで安静にしていなくても大丈夫ですが、くれぐれも激しい運動は止めておいてくださいね。それとこれからは5階にある医務室に毎日1回は必ず来てください。廊下にいる衛士たちを連れていれば迷うことは無いでしょう。これは診察と運動を兼ねているので忘れないように」
一つ頷いた後に一葉へ向けて注意するトレス。以前にベッドから抜け出そうとした彼女へと念を押す形なのだが、もとより一葉はトレスに逆らう気などない。
トレスと入れ替わりに、頷いた彼女へウィンは詳しい話を始めた。
「アーサー王からの伝言です。トレス医師の診察が終わり次第謁見の間へ来るようにとのことですので、これから一緒に来てもらいます。
あぁ、着替えも用意してあります。その部屋着のまま出歩かれても困りますからね」
「また急な」
「相手は誰だと思っているんです? それに、何もなければ今日外出許可が出るはずでした」
「……さよーですか」
相手は天下の国王様である。長いものに巻かれる日本人の一葉は抗議を諦め、トレスの顔色をうかがいつつベッドから起き上がった。
「数日歩いていないので多少ふらつくと思いますが、体さえ慣れれば問題ありません。何事も慣れと訓練ですよ。
……さて、僕は医務室へ帰ります。くれぐれも無理をしないように!」
「私も外に出ています。着替えたら出てきてください」
優しい笑顔で念を押すトレスと、別段親しみもわかない笑顔で身を翻すウィンが部屋から出ていく。トレスは怒らせると怖いが、その確かな優しさは一葉のささくれた心を充分に癒してくれたようだ。
「さぁて……王様の呼び出しだと待たせたら大変だよなぁ」
1人になった一葉は呟きつつ、ウィンが持ってきた服を広げてみる。シャツの下に着る肌着。白い襟つきのカッターシャツ。それから黒いパンツ。与えられた靴もまた黒で一葉の知っているローファーに良く似ていた。それから足首を紐で縛って固定するらしい靴下のようなもの。
一葉が元々着ていた服に合わせてくれたと思われるが、その上でもこの国の服飾文化は地球とあまりかけ離れていないらしい。ウィンやトレスも中世ヨーロッパと現代を上手く合わせたようなものを着ていた。どうやら感覚が受け付けない服というものを着なくてよいことに一葉は人知れず安堵したのだった。
そんなことを考えつつ一葉はもそもそとワンピースを脱ぎ、またもそもそと外行きの服を着た。
一通り着たもののこの部屋に鏡などは無い。今の恰好を確認できないことでようやく不便を感じたが、無いものは仕方がない。ざっと見下ろすだけに留めて扉に手をかけた。
この際、肩口でまとまる姿勢を見せない髪の毛は見えなかったことにした。
「お待たせ。行こうか」
「えぇ。こちらです」
扉を開ければすぐにウィンと目が合うが、彼のそれはすぐに行き道へと向き直る。着替えた相手に一言もないが一葉も期待などしていない。彼女も同じく、扉の前に立つ衛士たちへ黙礼してからウィンの後を追ったのだった。
初めて見る廊下をしばらく歩くと、巨大な吹き抜けのあるホールに行きあたった。四角く空いているその空間は手すりから1階のホールを見下ろせ、また吹き抜けの内側に沿うように立派な階段が作られている。
一葉が見れば階段の手すりや上がり口には精巧な細工が彫られている。見渡せばそこかしこに装飾がなされており、ここが貴族たちの集まる王城だということを実感させられた。
「さて、貴女は城内を知らないのでしたね。ちょうど良いので説明しながら行きましょう。
この吹き抜けは1階から5階までです。2階が宮廷衛士たちの詰め所、今いる3階とひとつ上の4階が貴族や他国からの客人等が宿泊する客間、5階が医務室と書庫と私たち宮廷魔術士の詰め所になっています。
もし侵入者がいても階段を破壊されれば簡単には上ることが出来ませんし、その間にも頭上から魔術の攻撃にさらされて命で罪を贖うことになりましょう」
恐ろしい事をさらっという男である。
一葉を促して階段を上りながらウィンは話を続けた。
「6階が宮廷衛士の隊長・副隊長、宮廷魔術士の私室。7階が各大臣の執務室。8階が謁見の間と貴族院の円形会議室、あとは近衛騎士たちの私室があります。謁見の間は当然ですが、9階にある王の執務室と10階の王家の私室も同じく騎士たちが警備をしているため、特別な用事や許された人物以外は入ることはできません」
「8階……へぇ、結構高い場所までいくんだ」
「王というより、大臣となった貴族たちの見栄と言ったところでしょう。必然的に謁見の間も高くせざるを得なかったのではないかと思っています」
自らも貴族だというウィンの表情は皮肉気なものである。
(どこの世界の貴族もプライドだけは高そうだしね)
思ったことは言わず一葉は肩をすくませるだけに留めておいた。
「っと、そうそう。気になってたんだけど貴族の階級ってどうなってるの? 知らないと大変なことになりそうだし。それもそれで面白くないし」
一葉の故郷では貴族などいなかったし、前の世界ではそれどころではなかった。一葉に階級感覚など無いのだ。ウィンは眉を上げるも、一葉の事情を説明すればひとつ頷く。
「そうですね……知っていて損でもないでしょう。
貴族の中で最も高い位は公爵です。現王妃であるアイリアナ様も元々は公爵家の出身ですが、王家と公爵家は多かれ少なかれ血縁関係があります。
次に上から侯爵、伯爵、子爵、男爵、準爵とここまでが貴族の階級になっています。私は伯爵を名乗っていますが、これは父が侯爵であり後々は侯爵家の家督を継ぐために、父の持つ爵位の1つ下を名乗れるのです」
「へぇ……家督を継ぐ人間はそれで判断するんだ」
「それと、現当主の兄弟姉妹でその家に属している者も同じく当主の1つ下の爵位を下賜されます。兄弟姉妹と次期当主は名前に領地が含まれているかいないかで判断されますね」
一葉は小首を傾げる。
「貴族がネズミ算式に増えない?」
「……あまり良くない例えは止めていただけませんか。それを防ぐために子爵以下は当主本人にしか爵位を与えられていません。必然的に本家筋以外はある程度までしか貴族たりえないのですよ。詳しくは説明しませんが、分家もある程度離れれば分家と認められません」
一葉の例えに渋い顔をしたものの、あまり強く否定はせずに説明を続ける。そんな彼に一葉は畳み掛けた。
「……貴族の子供って鼻持ちならないでしょ。勘違いヤローが多そう」
「まぁ努力せずとも手に入るものは確かに庶民より多いですからね。思い上がった人間も少なくはないです」
アンタは違うのかという言外の揶揄もウィンはアッサリと流す。
やはり貴族のプライドはどこの世界でも高いのかと一葉は若干げんなりした。城内で世話になっている以上、全く出会わないということは無いだろう。覚悟だけはしておこうと心に誓う。
ちなみに近衛騎士たちの詰め所は無いという。詰めている程人数に余裕がないのかもしれないと頭を過った。
一葉に説明しながら階段を上っていくウィンは、意地でも外には出さないものの確かに驚いていた。毎日この階段を利用している彼よりも明らかに余裕で足を運ぶ焦げ茶の髪の少女。彼女は数日間のベッド生活のせいで体力が落ちているはずだが、それでも自分より余裕があるとは。
(――これも、さすがと言うことでしょうかね)
体は丈夫でも体力が無いウィン。生粋の魔術士である彼は今まで、体力がなくとも何とも思っていなかった。しかしそんな彼も10代の女性より体力が劣るとなると話は別になる。これからは体力もつけようかと悩むところである。
一方の一葉は通り過ぎるたびに衛士たちから送られる視線を感じ、大変居心地の悪い思いをしていた。
――アレが噂の氷の魔女か
――謁見の間を氷漬けにしたとか
――ロットリア卿の氷像ができるところだったと聞いたぞ
――しかし瞳は黒に見えたが
――大方藍色と見間違えたのだろう
黒の瞳を持つ者が魔術を使うなど冗談のネタにもならない。一葉は噂を耳にすることで、アリエラに説明を受けた以上に自分の異質さを自覚する。
それから、つけられた中二病的なあだ名に再びげんなりした。過去を思い返せば重篤な中二病を発症していたことのある彼女だが、それは既に葬った黒歴史。今この瞬間はその称号を何かの罰ゲームとしか思えないのだった。
――あの拳で殴りつけたと聞いたが
――若い娘に殴られるとは、いくら貴族とは言えなぁ……
明らかに文官系のロットリア卿と『勇者』として剣を振るっていた一葉。その戦闘経験の差は歴然で、不意打ちではなく決闘だったとしても彼に反撃の余地はなかったのだが。しかしそれを知らない人間にとって彼は『小娘に殴られた男』というレッテルを貼られているらしい。
(あーあ、可哀想に)
特に同情してもいないくせに、一葉は内心でそう呟いた。そしてすぐに別の話へと頭を切り替える。情報は時に武器になり得るのだ。
それらは本来ならば聞こえないはずのものであり、現にウィンからも変わった様子は感じられない。これは一葉の問題。この世界に満ちる魔力が彼女自身のもつ魔力と馴染んでおらず、周囲の音を過剰に拾ってしまっているのだった。今までは魔王戦で減った魔力量や国王側の魔力減退措置のお蔭で、魔力を馴染ませずとも弊害が無かったのだ。これから外に出るならば、いつまでも慣らさないままでは問題がある。
(聞こえちゃうなら仕方ないけど、聞こえない方がお互いのためになることの方が多いしね)
魔力の流れを感じ、取り込み、再び流す。術に変換しない限りそれはただの魔力でしかなく、微量であれば特に危険もないだろう。しかし気付かれ騒がれても面倒なので、その辺りの魔術士では気付かない程の魔力で慣らしていた。
――隣にいるのはフォレイン卿か
――フォレイン卿と恋仲だとは本当だろうか
聞くともなしに聞いていたはずの噂だったが、それは脳の拒否反応により理解が遅れた。その間にも話題は移り変わっていく。
――アレで17歳という噂もあるが
――それは婚約の建前で、本当はもう少し幼いと聞いたぞ
――年若い婚約者をフォレイン卿自ら案内しているのだろう
――どこの出自とも知れない娘だが侯爵は許しているのだろうか?
――何せ『氷の魔女』だからな、重鎮たちも放っては置けないのだろう
ひそひそ、ひそひそ。
各所で繰り返されるさまざまな噂話。聞くともなしに聞いていた一葉は、その余りと言えば余りの内容にとうとう我慢の限界を感じた。沈痛な表情で重いため息を吐き出す。
ここに至ってウィンはようやく一葉の様子がおかしいことに気付いた。
「……イチハ殿? どうしましたか?」
「なんていうか……噂って恐ろしいというか……」
「あぁ、噂話ですか。一体どこで?」
「オトメに秘密は付き物だと思わない?」
「つまりは言うつもりはない、と。先ほどから何やら魔力を操っているようでしたがそれと関係はありますか?」
おや、と一葉は目を見開いた。まさか気付かれているとは思わなかった。『オトメ』を流されたことはその驚きで帳消しにしてやろう、となぜか上から目線の一葉。
「あらー、よく気付いたね」
「馬鹿にされていると受け取ってもよろしいでしょうか?」
「いやいや、まさか! アレだよ。この世界の魔力と体を馴染ませてただけだよ。ヤでしょ? 魔力の慣らしをしなかったお蔭でいきなり私が大爆発とか」
一瞬で嫌な想像に辿りついたのか、それ以上ウィンは追及してこなかった。普通の魔術士では気付かないほどの魔力量だったことでひとまず信用したのだろう。実際、一葉が操っていたのが術にもならない程度の微量な魔力だったことも、追及を止める一因にはなったのだろう。
「それで、噂とは?」
「えぇー、言わなきゃダメー?」
「一応その反応だと貴女が召喚された日のことでしょう?」
一葉は顔を歪めつつ、ボソボソと中二病にありがちなあだ名を伝えた。その内容と一葉の嫌がり様に表面上は微笑し、内面では恐らくニヤニヤしながらウィンは眼鏡を押し上げた。
「あの日の魔力の流れと半端に流れた情報から、氷使いだと思われたのでしょう」
「室温は下げたかもしれないけど、氷漬けにはしてないのに。しかも『氷の魔女』って」
過去の自分が狂喜しそうな称号に一葉の背は再び痒くなる。しかし自分から水を向けた癖に、微妙に顰められた一葉の表情をウィンは一瞥もしない。ロットリア卿の袖が確かに凍っていたのを知っている彼は、呆れたように肩をすくめたのだ。
(袖が全身になっていたら、その程度の噂では済まなかったと思いますがね)
そんな彼の内心に気付かない一葉はなおも、ボソボソと言を継ぐ。
「……私、ロットリアのオジサマに拳は振り上げてないんだけど」
「えぇ、知ってますよ。代わりに風を叩きつけた上短剣で斬首しようとしたんですよね」
他人から冷静に指摘されれば、いくら一葉に譲れない理由があったところで明らかにやりすぎだったような気がしてくるから不思議である。
分が悪いと踏んだ一葉は話の方向を変えることにした。
「……私、ウィンと婚約した覚えないんだけど」
「私にも身に覚えはないですねぇ。いくら何でも7つも年下の少女に手を出すほど相手に困ってはいません」
「だったら辺り一帯に決まった人を自慢して回りなよー。そしたら噂でも私が相手になることないんだからさぁ……」
「相手に困っていないからこそ決められないのですよ。私の一存だけで婚約できるような立場ではないのです」
自慢と苦労が入り混じった裏話に一葉は肩を落とした。
「もういっそツンデレ幼馴染とか存在しちゃって、しかも上手くいけばいいのに……」
「ツンデレというのが何を示すのかはわかりませんが、幼馴染はいますよ」
黒の瞳が興味深げに輝いたことを感じたが、ウィンの姿勢は正反対である。
「しかし彼女と婚約なんてことにはなりませんね……。我が一門はあまり身分に拘らない家系でして、分家の彼女とも割と近い関係にあったのですが……。友人にするならば頼もしく、女性としては恐ろしい存在なのですよ」
彼女と噂になるくらいならば7歳下の未成年と噂が立った方がマシだとウィンは言い切った。ウィンの幼馴染は気になれど、彼の年齢を瞬時に逆算した一葉はそれよりも気になることを指摘することにした。
「あー……そんな微妙な天秤だったか。でもごめん。私、ホントは17歳じゃないんだけど」
(後から実年齢が分かった方が、引くに引けなくなりそうな気がするんだよな。何よりウィンと結婚なんてあり得ん。噂だけでもあり得ん。子供だと思ってるからの対応だろうしここは1つ言っとこう)
大半の打算とごく僅かの気遣いから何とか年齢を訂正しようとした一葉。しかし彼女の思惑とは別の方向へと話は転がっていく。
「もしかして16歳でしたか? 女性に対してそれは失礼しましたね。なにせアリエラ様がイチハは17歳らしい、とそこら中で言いまわっていたので。私たちもそうだと思い込んでいました」
僅かな期待感で実年齢を言わなかった22歳の一葉は、その無表情をウィンへ向ける。2人の差は2歳しか無い筈なのだが。もはや童顔もここに極まれり。
(アリアに肯定した覚えなんか無いんだけど! それでも信じられてるってことは疑われない外見ってことか……!! やってられんわ!!)
何もかもに文句をつけたいがそれも出来ない彼女、その釈然としない感情から無意識に髪の毛をかき回した。年齢を若く言えばそれに付随する不利益と、立ち回りにより大きな利益が生まれる。
(とりあえずはそのままでもいいか。どうせ今は何て言っても信じてもらえないのは体験済みだし)
ただ、呆れたような表情のウィンを、これだけは問いただしてやろうと一葉は睨みつけた。
「ウィン=ヴァル=フォレイン。この国には機密を守る意識が無いのか」
「何と言えば良いか……そこは反論しづらいですねぇ……。確かに、閉ざされた謁見の間であったことがここまで噂になっているのは、決して褒められたことではありませんから……」
さすがのウィンにもこれには言い訳が不可能らしく、ただただ苦笑いを浮かべるのみであった。
謁見の間のすぐ前で、今聞いた情報について一葉は目の前の男へと食って掛かっていた。
「何で、貴族も集まったような気合入った謁見なの!?」
「むしろなぜ国王と殆ど1対1で会うと思っていたのかが不思議ですが。それから光栄なことに今日の謁見は貴女が最後です。とはいえアーサー王の時間がもったいないので早く覚悟を決めてください」
「ぅ……っ……!! それでも! 先に言っておいてくれても罰は当たらないのに……」
ウィンの言葉にぐっと詰まる一葉。確かに正式に拝謁もしていない自分が国王とサシで話すことなど無いだろうとは、冷静に考えれば分かることではあるのだが。
謁見の間の前についたと言うのにグダグダしている一葉を捨て置き、ウィンは注意事項を言い渡す。
「さて、謁見の間に入ったらとにかく礼儀正しくしてくださいね。無駄に粗探しをするような中身のない者も中にはいますから」
「まぁ、自分で言うのも何だけど私は不審者だからねぇ……貴族が貴族に対するよりも当たりは強いだろうけど」
ガックリと肩を落としつつもまるで自分の立場をすべて理解しているかのような一葉に、おや、というような視線を送ったウィン。一葉のほうもウィンのその視線に気づいていた。
「ま、それくらいはね。理解してるよ。……しかし仮にも貴族相手に、いくら自分も貴族とはいえそんなにはっきり言ってもいいものなの?」
「私の忠誠はアーサー王をはじめとした王家の方々に捧げているので、その他有象無象に何と思われようと痛くも痒くもありませんね。
もっとも、相手の意見の有用性を認めず敵意を持つことしか出来ない相手など。いないものと同じではありませんか?」
呆れる一葉にサラリと言い放つフォレイン伯爵。分かったような分からないような複雑な表情を一葉は浮かべた。ウィンはそんな一葉を放置し扉を守る騎士たちへ向け、謁見の間の扉をあけるようにと指示を出した。
「ウィン=ヴァル=フォレイン伯爵並びにイチハ=キサラギ殿、ご入室です」
謁見の間に響きわたる扉脇の騎士の声。どうやら風の魔術で拡声しているようだ。
一葉は落ちたテンションを戻す。今このときから剣を持たず魔術も放たない戦いなのである。居並ぶ貴族たちにナメられたら負けで、そのツケは何で支払うかも分からない。一葉は凛として前だけを睨み付けた。
背筋を伸ばし顎を引いて優雅に歩く姿は、貴族の家の子女と言われても頷ける程場馴れして堂々たるものだった。ウィンですら直前までのグダグダした態度を忘れそうになったほどである。もっとも、内心ではメンチを切っている気満々の一葉はそんな彼の評価に気付いていなかったのだが。
2人は王家の3人が並んで座っている玉座の前に立ち止まり、その場で深く一礼をした。
「ウィン=ヴァル=フォレイン、イチハ=キサラギ殿を連れてまいりました」
「御苦労であった」
「はい」
返事をしたウィンはもう一度深々と頭を下げてから、普段自分がいる定位置へと下がっていった。その場に残ったのは一葉のみ。あれほど言いたい放題の男ではあるが、隣にいるといないでは大違いである。
周りに分からないようにそっと息を吸い、そしてゆっくりと大きく吐く。そうすることで相手のペースに巻き込まれそうな精神を普段の自分のものへと戻した。
自分を探るような余り居心地の良くない視線を感じつつ、彼女はまっすぐにアーサー王へと視線を向ける。数少ない好意的な視線の最たるものはアリエラ王女殿下だが、その方向はわざと見ないようにした。
優しい気持ちは今の一葉にとって弱みにつながってしまうから。
一葉は自分の脆さを嫌と言うほど知っているのだ。
「さてイチハ。この度呼び出したのは先日の礼を申すためでな。ロットリア卿捕縛に際しての助力と我ら王家に対する危険を未然に防いでくれたことに感謝する」
「誰とも知れない私に対して、もったいないお言葉です。何より、アーサー王並びに王家の方々に何事もなく安心いたしました」
一葉の困った顔や微かに微笑んだ表情を知っているアリエラは、この場に立った一葉に驚いていた。今の一葉からは部屋で話しているときとは違い、周りに対しての警戒と厚い壁をはっきりと感じる。その表情はまるで仮面を被っているかのようなもの。
「そう申してくれるならば良いのだが。そうだイチハ。そなたに褒美を取らせようと思うのだが、何か欲しいものは無いだろうか」
「ありがとう、ございます……」
きた、と思った。
一葉はよくよく考える。果たして、自分の望みを言ってみてもいいものだろうか。考えることを怠ってはならない。今この場にいる人物はほぼ全員、本当の意味での味方ではないのだから――