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流界の魔女  作者: blazeblue
Extra Stage -encore-
58/61

Ex01 あたらしいとし




『最近はどう?』

「よーやっと手続きとか終わったところ。母さんたちが早めにどうにか始めてくれてたんだけど、やっぱり本人がいないとどうにもならない手続きもあるしねぇ」

『まぁそうでしょうね』


 少し離れているうちに広く普及していた”スマホ”を耳に当て、一葉は深いため息を吐き出した。


 如月一葉はつい1月前まで”行方不明”だった人間である。それは犯罪被害など問題のある行方不明ではなかったものの、かと言って広く世間へ主張できる理由でもない。結局は”失恋した末に家族にも告げず家出をしたお騒がせ大学生”という扱いを受けていた。

 それは電話の相手である悪友・長月亜希子にとっても同じである。信じられない話かもしれないけれど、と前置きしつつ一葉の母が語った内容は、いくら如月家を信頼している長月であっても容易には信じることができなかった。


『私だっておばさまから聞いた時には正気か確認したもの。私ですらそれなのに相手は何事も証明第一の役所でしょう。そう簡単に届け出を取り下げさせてくれるとは思えないわ』

「あはは……ごもっともです」


 旗色が悪いと悟った一葉は”ところで”と話を変える。


「年末、どうする? 未だに年越しとかいってるの?」

『アンタね。仲間内に行方不明者がいる状態でのんきに年越し詣りなんてできるとでも?』

「あーうー」


 そっと踏んだ氷は薄く、しかも自分が考えているよりも思い切り踏み抜いたらしい。もごもごと口ごもる一葉へ呆れていたような長月だがふと考えを巡らせた。


『ん……まぁ、でも……今年は行くのもいいかもしれないわね』

「え?」

『だって、神様はきちんと約束を守ってくれたもの。私だけ知らんぷりなんてフェアじゃないわ』


 いかにも長月らしい上から目線に苦笑を浮かべようとして、一葉の頬が真っ赤に染まる。それはつまり。


「お参り、してくれてたんだ……?」


 言ってしまってから”マズい”と気づいたところで遅すぎる。笑いを含んで艶めいた、しかし低い低い声に背筋が凍った。美人な長月は声も良い。しかし今はその美声に聞き惚れる余裕などない。

 電話相手が見えるはずもないのに、なぜか一葉の脳裏には夜叉の面が過った。


『お参りしてくれてたんだ、ですって?』

「わー、ごめんごめんごめん、私が悪かった! 全面的に私が悪かったですっ!」


 戯れているような声に見せかけた本気の謝罪に長月の怒りも静まったようで、小さく息を吐く音が一葉の耳に届く。


『大晦日』

「え?」

『大晦日の夜23:00に迎えに行くから。それなら外を歩けるでしょう。秋山も一緒に年越し詣りするわよ』

「ん、了解」


 一葉は夜に待ち合わせをできない。弟に連れられたなら待ち合わせも可能だがそれもお互いに負担だろう。それを考慮した長月が素直ではない誘いを言葉にして一葉が了承した。彼女たちの部活・ゼミ仲間であり一葉の事情を共有している秋山隆幸の了承はないが、何だかんだと付き合いの良い彼ならば文句を言いつつ付き合ってくれるだろう。


「それにしても……なんかなー。”むこう”では新年を過ぎたのにこっちでは1月先が年末とか調子狂うわ」

『そうなの? 聞いた話じゃ年始どころの騒ぎじゃなかったみたいだけど』

「んー、それでも一応は挨拶回りとか前以てしてたし。新年飾りとかは微妙にあったよ」

『へぇ』


 決めることを決めてしまえば会話は次第に雑談へ移行していく。しばらく取り留めのない話をして通話が切られたが、一葉の唇はしばらくの間、柔らかく綻んだままであった。









 ——12月31日、時刻は23:50。



「遅いわねぇ秋山。どこで道草食ってるのかしら」

「まぁ、こっちまで来させちゃったしね。年末で増えたところで元々が電車の本数あんまり無いから仕方ないよ」


 如月宅付近の神社前で一葉と長月は人混みを眺めている。大学付近よりも大きな神社へ詣でることが目的ではあるが、その裏に自分の状態への気遣いがあることを一葉は知っていた。知った上で、彼女からは何も言ってはいない。


「ねぇ如月」

「ん?」

「……なんでもないわ」


 何かを問いかける途中で長月は言葉を切る。何だろうと思いつつ視線を移したところで、一葉は僅かに息を止めた。


(まぁ、その確率はゼロじゃなかったね)


 マフラーをぐるぐるに巻いた可愛らしい女性を、守るように大切に手を引く男性は——2年と少し前に一葉が逃げ出した相手である鈴木亮。彼と今の彼女との付き合いは2年強で、彼らはそのうち結婚でもするのではないかと噂されている。

 鈴木の実家もまた一葉と同じくこの近所にある。この日この場所で会う確率は確かに高かったが、しかし今の今までその事実が一葉の頭から抜け落ちていた。


(あ)


 長月は気づいていない。しかし人は自分へ届く視線へ思うよりも敏感で、鈴木亮本人はすぐに一葉へ気づいた。


(そっか。そ……っか)


 鈴木もまた一葉と同じように一瞬だけ動きを止め、直後に少しだけ頭を下げた。訝しげな様子の彼女を促すと境内へ進み一葉の視界から消える。


 その顔や目に少しでも後悔や笑いが含まれていたとしたら、一葉はすぐにでも歩み寄っただろう。歩み寄って悪態をつき、もしかしたら決定的な亀裂を入れた挙句に高みの見物をしたのかもしれない。吹っ切れたと思っていたが、そうする予想を立てる程には鈴木への気持ちが残っていることを一葉は自覚していた。

 しかし今の鈴木にその色は無かった。事情を知らないその目にあったのは、傷つけてしまった一葉への謝罪と、傍らの女性への気遣いのみだった。


(これでやっと進める)


 例え別れたとしても鈴木は今度こそ彼女を大切にするだろう。一葉もようやく、すっきりと忘れ去ることができそうだった。


「如月?」

「ん?」

「どうしたの、ボーッとして。人混みに酔った?」


 ほんの一瞬のやりとりに気づかなかった長月が一葉を覗き込んできた。そっと頭を振ると一葉は空を見上げる。彼女の”転換”にふさわしく、とても綺麗な星空だった。


「何。ずいぶん嬉しそうじゃない」

「まぁね。うん。来年もいい年になりそうだなぁとね」


 ご機嫌な一葉をそれ以上問い詰めることもせず、ぐるりと見回した長月は小さく声を上げた。長月の視線の先をどうにか人の間を縫うように見れば、秋山が人に邪魔されながら小走りで近づいてくる。


「よっす。わり、遅くなった」

「別に。じゃあ行きましょうか」


 秋山が上がった息を整えると、長月はくるりと背を向けた。鳥居をくぐれば広い参道の両側に屋台があるため、参道には止まる者と進む者と戻る者が入り乱れている。長身の長月や秋山はともかく小柄な一葉ではこのまま進めば確実にはぐれるだろう。


「ん」

「お?」


 差し出された左手をまじまじと見て、一葉は次に視線を上へ上げる。そこには何とも気まずそうで照れ臭そうな秋山の顔があった。


「長月ははぐれてもいいだろうが、お前はダメだろ。一人歩きできないなら仕方ねぇ。まぁ……どうしても無理ならコートの裾でも掴んでればいいんじゃねえ?」

「や、うん……お言葉に甘えよう、かな」

「お……おぉ」


 何とも間抜けなやり取りで手をつなぐと2人は幾分ぎくしゃくと歩き出す。幸いなことに、ただ1人を除いて彼らを気にする者はいない。



 ——ゴゥゥゥゥゥン……



 近くの寺から鐘の音が聞こえる。のんびりとしているうちに、本殿に着く前に年が明けてしまったらしかった。



(あーあ、3人組でカップルできるとめんどくさいのよねぇ……。まぁ、まだカップル未満でしかないから邪魔するけど。面白いし)


 先をすすむ長月は胸の内で呟くとニヤリと笑み、勢い良く振り返った。


「明けましておめでとう!!」




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