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流界の魔女  作者: blazeblue
傷だらけの召喚獣
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第5話 水華輝く黒の理




「さてどう説明してくださいますかの」



 アリエラをにこやかに見るゼスト。彼もアリエラの望みを知ってはいるが、未だ一葉を見定めてはいなかった。もし危険な人物だとしたらミュゼルに害をなす前に、残酷ではあるが処分しなければならない。

 



(もしそうなったらアリエラ様は泣くじゃろうな)



 危険人物であるかもしれない。

 危険人物であってほしくない。



 判断に邪魔である願いの存在に、彼は早々気付いている。しかし今はそれに蓋をしてするべき仕事に専念するのだ。ニコニコとアリエラ王女とイチハを見つめるゼストからは内面の葛藤など露ほども見られなかった。



 一葉もまた、アリエラとはまた違った意味で気合が入っていた。

 彼女は前の世界に存在した魔術を使えなかった。しかし今の世界の魔術は使えるかもしれない。『コトダマ』を使う一葉ではあるが、『コトダマ』と魔術はどうやら違うらしいと知っている。魔術や不思議な力に対しての憧れを未だに持っているのだ。



(そのうち聞きたいと思ってたけど思わぬところからチャンスが!)



 タイミングを間違えれば即危険人物のレッテルを張られ牢屋に直行だろう。当然だ。全ての技術とは、使い方次第で毒にも薬にもなるのだから。さすがに興味のために牢屋に入る覚悟を一葉は持ち合わせていない。しかしそれが今まさに聞ける。好奇心を満たせるのだ。

 魔術について学んでいるというアリエラにとって、『魔術について』の概要など既に遠い過去で習った話だろう。今ここで改めて復習するレベルの話ではない。明らかに浮ついているアリエラに対する、ゼストの気遣いだと一葉は踏んでいる。今の彼女では勉強に身など入らないだろうから。



 そしてそんな諸々の事情から、ゼストの優しさは今の一葉にとってもありがたいのだった。



「ではイチハ、私から魔術について説明しますね。

 私たちの魔術は最初から持って生まれてくる技術です。大抵は1人1つの属性しか使う事ができません。そしてその属性は例外なく瞳の色にあらわれているのです。まぁ2つの属性を持つ方や、本当に稀ですが確率で3つの属性を持つ方もいますね」



 例えば、とアリエラはゼストを指す。



「ゼストの場合は氷。薄氷色……淡い水色でしょう。また、ウィンの瞳は紫です。彼の属性は雷ということになりますね。私であれば」



 伸ばした指の先に渦巻く風の塊。



「このように風を操ることができます。代表的なものは風、水、氷、炎、土、雷、光でしょうか。もしかしたら探せば他にもいるのかもしれませんが、この代表的な属性が殆どなのである程度は見分けがつきやすいですね。

 そしてそれぞれが使う技は千差万別です。必ずしも同じ属性だからと言って同じ技を使うとは限りません。その人の術が何を使って為されるのか、もしくは何を付与するのか。その術の材料によって大まかに分けたに過ぎないということでしょう」



 一葉はアリエラの説明に、感心したように頷いた。



「ふーん、付与もできるんだ」

「そうですね。もっとも物に対する魔術の付与は持続時間であったり有効回数であったり効果であったりと、それぞれの術者で様々な制限があるようです」



 一葉にとってはそれも頷ける話である。よほど上手く術をかけなくては、流れ出す魔力をせき止めることは難しい。『属性』というしがらみがある以上術式にも制限があるのだろう。



「じゃ、次。術はひとそれぞれって言ってたけど。違う属性を持ってる人たちでも同じことができたりする?」



 アリエラは大きく頷く。



「そうですね。そういう事もあります。雷の使い手は炎の使い手と同じように、物を焼くことができます」



 一葉のいた地球に魔術や魔法は存在しなかった。存在しなかったゆえに想像は膨らみ、身近に存在するこの世界の人間よりも属性についての感覚が厳密なのかもしれない。

 要するに『水属性で回復できたりしないのか』『もし結界を作るなら風と光などで全く同じものが作れたりするのか』などという魔術の範囲としての結果が聞きたいのだが、色々と頭がパンクしそうなので今回はやめておくことにした。



 軽く頷いて続きを促す。



「魔力を持った子たちは習得年齢にも個人差がありますが、それぞれの方法で魔術を習得します。いわば歩き方を覚えるのと同じこと。それから……使えない術を習得することは努力次第で可能だそうですが、1度生まれ持った属性を違えることは不可能です」

「なるほど。前の世界では術に見合った魔力を持ってる人が呪文を唱えたら発動してたから、一人ひとり使える術が違うのは不思議かも」



 やはり世界が違うと理も違うものなのだろう。それならば世界の理とは一体どういうものなのだろうか。いつか考えてみても面白いかもしれない、と一葉は頭の片隅で思った。



「あ……魔術、魔術って言ってたし私にも違和感ないんだけど、ここには魔法っていう言葉はある?」

「魔法ですか」



 魔術の根底。それは世界によって違う。

 一葉が前にいた世界では厳密に分かれていたが、地球ではあまり細かく分かたれてはいなかった。もし大きく違うのならばその意味を知らなくては、この先生きていくのに不都合があるだろうと一葉は考えている。



「魔術とは魔力を操る術、魔法とは魔術が存在する法則を指します。私たちは魔力を使い色々な現象を起こせますが……法則を書き換えることは、人間にはできません」

「ん……わかった」



 やはりこの世界でも魔術と魔法が分かれているらしい。

 うっかりと『コトダマ』のことを『魔法』などと言わないようにしなければならないだろう。どの世界にもうるさい研究者がいるものだ。



「さて、魔術についての概要はこんなところでしょうか」

「ありがとう、分かりやすかった」



 一葉の礼に対し、嬉しげに微笑むアリエラ。彼女に対してゼストがやはり微笑みながら頷いたのも、嬉しさの理由だろう。彼は学問に関してかなり厳しそうである。



「それで、私の興味に繋がるのですが。私たちにとって一葉の黒瞳はとても驚くべき色なのですよ」



 宝物を見つけた子供のように、ニコニコと笑うアリエラ。一葉も彼女につられてドキドキ、そわそわとしていた。



(謁見の間で見た感じ、はっきりとは言えないけど黒い瞳って少なそうだったし……もしかして珍しい色なのかな? この色で光属性ってことは無いだろうけど。ラノベのテンプレなら闇かなぁ……うわぁ、どうしよう。いい年して胸が高鳴るー)



 もしかしたら初めて『魔術』らしい魔術を使えるかもしれない。いつになっても出来ないことが出来るようになるのは楽しいものである。

 しかし、これからを考えるのであればそれらを言葉に出さなくて正解だったのだろう。



「この世界では、術を具現化する魔力を持たない子は黒の瞳をもって生まれてくるのです」



 意味深な笑顔を浮かべるアリエラ。ぱちぱちと瞬く一葉。



 くろは、まりょくを、はっきできないいろ。

 くろは、まじゅつを、つかえないいろ。



 一葉の心は凍りついた。期待した分だけ落胆が大きすぎたのだ。そして数秒前までの浮かれた自分が無性に恥ずかしかった。

 既に『コトダマ』が使えるのに。力を得て喜ばしかったことなど今までの経験には小指の先ほども無かったのに。それでもなおファンタジーに対する憧れを捨てられなかった自分に、一葉は心の底から残念な思いで一杯だった。

 しかしそんな一葉に気づかないアリエラは、その彼女の黒い瞳を覗き込み説明を続ける。



「イチハは黒なのに魔力をもち魔術を使えます。それからお隣のアーシア霊国の術には呪文も存在しますが、イチハのそれはまた違うモノでしょう? ね、イチハは非常に不思議で、興味深いと思いませんか?」



 一葉には全くと言っていいほど興味が無い。彼女にとってはこれが普通なのだから。ただ単に日本語で『命令』しているだけなのだ。

 黒い瞳は魔力を持たない。だから日本人は魔法が使えなかったのだろうか。それならば自分は突然変異か。本当に、なぜ自分がここにいるのだろうか。



 一葉は瞬間的にふて腐れた。何より。



(5分前の私の期待を返してほしい……)



 本当に、5分前の自分が恥ずかしすぎる。自意識過剰で夢見がちな時期などとうに過ぎたと思っていたのに。もう頼むから、1人にしてください。

 そうは思えど相手は王女様と侯爵様。庶民かつ不審者の一葉がそのようなお願いなどできよう筈もない。

 一葉は下がりきったテンションで、気になる項目を質問することにした。



「……それで、みんなが魔術を使えるなら宮廷魔術士の意味は? みんなが魔術士なら普通の騎士やら兵士も同じでしょ。わざわざ一纏めにする意味なんて無くない?」

「いい質問です。宮廷魔術士の存在理由ですね。恥ずかしながら私たち王族を含めて、大概の人があっても無くても同じような魔力しかありませんから。実戦で有用な術を使えるほどの魔術士は、有事のためにも必要なのですよ」



 魔術を本格的に学ぶ人にとっての憧れですね、とアリエラは締め括った。

 重い扉をぶち破るほどの術について、あっても無くても同じと言っていいのだろうか。一葉はそう思ったが、心にそっとしまうことにした。



「良く学ばれていますな。よろしいじゃろう」

「ありがとうございます」



 笑顔は見たものの、やはり緊張はしていたのだろう。ゼストの言葉にようやく息をつき、ホッとした表情を浮かべたのだった。

 そんなアリエラを微笑ましく見やった後、ゼストは一葉へと視線を移した。



「さて、イチハ殿」

「……何か?」

「私も興味がありましてな。もしよければ簡単なもので良いので、改めて何か術を見せてはくださらんか?」

「はい、いいですよ」



 即座に了承した一葉に、ゼストはむしろ驚いた。しかし彼も国の重鎮として過ごしてきた身。瞬間的にその表情を隠したため、年若い2人に気付かれることは無かった。



(さて、何がいいか。どうせなら見える術がいいだろうな。まず火と雷は却下。今牢屋行きは辛い)



 一葉は部屋を見回しながら考えを進める。



(うん、土も却下。綺麗な部屋を汚すのは辛い。あとはアリアがいるから風もダメか。後は……あ、属性ふたつって珍しいんだっけ)



 一葉にとって属性などという考え方は関係ないものではあるが、いくつかの打算もある。



(手札は隠しておくべきだけど、持ってるっていうアピールはしておいた方が良いな。大被害の出る爆弾か、役に立つ薬か分からないうちは下手に手出しはされないだろうし)



 この世界では未知の術である『コトダマ』は、隠しておくのが普通の選択肢である。しかし一葉は逆を考えた。アリエラだけでなくゼストもいる現状なら、むしろ進んで伝えた方が良いのだろうと。



(ここで話したことは直で王様まで上がる。小娘の下手な隠し事なんか、政治をずっと見てきた人にはすぐバレるだろうしね。悪い印象が残ったらどう判断されるか)



 一葉が情報を閉じて相手に警戒されてしまえば、これからの生活にも影響する。今すぐ放り出されたり、不審者として牢屋に詰め込まれるのは現状では体が耐え切れないだろう。



(なら、簡単な術くらい見せておいた方が上策)



 何かを一つ間違えるだけで牢屋行き、悪くすれば命がかかるという緊張感。考えすぎだと思う反面、考えずに行動して自分の首を絞めたらと思うと一葉は考えることをやめられない。



(よし、これでいこう。

 ……聞いて驚け見て騒げ、ってね)



 一葉は自らの魔力を感じつつ『コトダマ』を発動する。

 指を鳴らして術を発動するのは確かに恰好こそいいが、体調が万全ではない今、失敗の危険性も上がっている。それに加え、一葉はまだ周囲の人間を信用しているわけではない。



(隠し玉は隠し玉で、取っておかなきゃね)



 アリエラに騙されていたらと考えると少しだけどこかが痛んだが、一葉は気付かない振りをして術に集中した。



『踊れ、踊れ、小さな雫』



 水差しの水が部屋を舞う。



『水華輝く黒の理』



 一葉の命令に沿って、割と大量の水滴が輝きながら複雑な軌跡を乱れ飛ぶ。



「わ……」

「むぅ、これは……」



 アリエラの頬を掠めるように光が飛び、ゼストの伸ばした指先をからかうように水が逃れ、自由に、煌びやかに光と水が舞う。



 アリエラは部屋中を駆け、ゼストは興味深そうに目を細めながら食い入るように見つめている。



 そしてしばしの後に一葉の呪文と共に水の輝きは消え、元から何事も無かったかのように水差しへと戻るのだった。



 驚くほど幻想的な光景。それは既に跡形もないのだが、夢幻でないことはゼストもアリエラもお互いの表情から確信していた。

 そんな彼らへ向けて一葉はそっと唇を開く。



「これが、私の『コトダマ』です」

「……すごい、です」

「見事なものじゃのぅ」



 アリエラだけではなくゼストからも本心の褒め言葉が出る。一葉は微かに照れくさそうに、そして照れくささを誤魔化すようにして『コトダマ』の説明を始めた。



「『コトダマ』に使った呪文は、私が生まれた国の言葉。そもそも『コトダマ』って、私の国では言葉に宿る魂って意味でね。言葉は言の葉、積み重なることで力を増して、集まった力が魂を成す――っと、これは私の解釈だけど。

 だから、私の国では特に言葉を大事にするんだ」

「そう……ですか。言の葉……コトダマ、ですか」



 満面の笑みを浮かべ、すごいすごい、と手を叩いて喜ぶアリエラ。そして彼女に対して柔らかく微笑んでいる一葉。



 そんな2人を見ながらゼストは考えた。



(今のところ悪意や敵意は感じられんの。アリエラ様にも妙な考えは起こしとらんようじゃしの……。今のところ、という注意付きで報告しておこうかの)



 突然謁見の間に召喚獣として現れたイチハ=キサラギについては、王をはじめとした貴族院議員の全員が処遇を悩んでいた。

 一葉は確かに謁見の間での事件で一番迅速に行動した。しかしあそこまで鮮やかとは言わずとも、近衛騎士たちだけでも事態は収拾できただろうとゼストは思っている。そのための騎士でもあるのだから。



 さらに言えば、危険から王族を守ったということで客人としての待遇は与えたが、それだけでは済まないのが国を動かしていくゼストたちの仕事である。



(まぁ、ともあれ。イチハ殿を牢屋に入れてアリエラ様が悲しむよりは良かったかの)



 ゼストは孫娘を見るような目で、はしゃぐアリエラを見る。

 あふれ出る好奇心に余計火がついたアリエラ。彼女を何とかして諦めさせたい一葉はそんなゼストに視線を送っていたが、ゼストは我関せずとニコニコしたままである。



 普段から同年代の人間とあまり無邪気に触れ合う事ができないアリエラに好きにさせてやりたいと思っているため、一葉の意思など二の次なのだ。このあたりの腹黒さなどやはりウィンの父親だと誰もが納得するものである。

 一葉にとっては知らぬが仏ではあるのだが。



 その時、重厚な扉から軽やかなノックの音が2回部屋に響いた。



「失礼いたします、こちらにアリエラ様はいらっしゃいますか?」

「どうぞ。ここにいらっしゃいますよ」



 ノックの音と同時に落ち着いた女性の声がし、苦い表情のアリアがドアを振り返る。訪いを許可した一葉も、その人物を見るともなしに見た。



 少し灰がかった金髪を耳の高さでポニーテールにしたその人物は、まっすぐとこちらへ視線を向ける。その瞳は茶色。暫定的な部屋の主である一葉には特に感慨もなく目礼をし、ゼストへは少々深めに頭を下げた。



 白を基調とした胸当て、首あてのみという軽装の彼女。その腰には細い剣を下げている。謁見の間でアリエラの背後にいた女性であった。



「よくここが分かったのぅ、レイラ殿」

「慌てふためいている衛士たちを追いながら、ゼスト殿の向かう先も聞いて回りました」

「なるほど」



 にこやかに頷くゼスト。どうやら非常に有能な女性であるようだ。

 そして彼女はアリエラへと視線を移す。



「アリエラ様、侍女が探しておりました。勝手に出歩かれては彼女たちも仕事をする上で困ってしまいます」

「ごめんなさい、レイラ。後で謝っておきます」



 生真面目な顔をした騎士へ申し訳なさ気に謝り、アリエラはそのまま一葉へ向き直った。



「イチハ、この人は私の護衛をしてくれているレイラです」

「レイラ=ルーナ=アーレシアです。アリエラ様の専属警護をしております。何かと顔を合わせる機会もあるかと思いますのでよろしくお願いいたします」

「一葉=如月です。よろしく」



 専属警護ということだと、彼女は近衛騎士なのだろう。

 とくに好意もない騎士の視線に一葉も軽く頭を下げたのみ。一葉も他人を言える筋合いなど無いのだが、その無表情から嫌われているのかそうでもないのかを判断することは難しかった。



(愛想が無いのか、それとも好かれてないのか……)



 悩む一葉の一方でアリエラが彼女の騎士に小首を傾げている。



「レイラ1人ですか?」

「はい。もう1人は本日アーサー王が衛士たちの訓練をご見学されるということで、本来の組へと戻り謁見の間の警備に。ノーラ殿はオラトリオ様の護衛に戻られております」

「そうですか……早くもう1人騎士が増えればよいのですが」

「それは仕方がありません。実力があるものを引き抜けないのが現状だと聞いております」



 アリエラにそう言い、ドア際の壁へと控えるレイラ。



 一葉はゼストへ質問した。



「2人ひと組の相手が固定なんですね」

「然様。我が国の近衛騎士は基本的に2人で1組じゃ。そのため今相手がいないレイラ殿は、他組の女性騎士と臨時で組んでおる。王女やアイリアナ王妃を護衛するにはやはり騎士も女性の方が何かと便利での。

 まぁ、その人数不足のせいでアリエラ様の出歩く隙が出来てしまってのぅ」



(とは言え、今回はわざわざその隙を作ったのじゃがな)



 それはアリエラはおろか、実はレイラですら知らないこと。



 王女が一葉へ興味を持っている。それを知ったアーサー王や宰相などが話し合い、騎士たちにも告げずに行動を起こしたのだ。いつ行動を起こすか分からない王女を護衛しつつ一葉を探るよりも、手を打った状態で近づいてもらって当面の危険を探った方がマシである。

 実際に悪意を持っているならば、アリエラだけが部屋にいた時に、その身を拘束して人質にできるだけの舞台を用意して。



 さすがに娘を囮にするため渋りに渋ったものの、断腸の思いでアーサー王が判断を下したのだ。アリエラにとって酷ではあるが、次期国王が彼女ではないからこその判断である。

 突然できた視察という用事にはそんな理由があった。これが、ゼストやアーサー王が取った一葉に対する『対処』の内容である。



 ――国を取るか、1人を取るか



(この老いぼれたちではなく、アリエラ様を危険にさらさねば判断すら出来ないとはの。情けない限りじゃが……)



 それでも、せめてもの防御手段として。1度だけ魔術を跳ね返すよう、宮廷魔術士がアリエラのドレスに細工をした。一葉の短剣を取り上げ部屋の中の武器となるようなものも全て排除もした。

 そして、一葉の体調管理を任されたトレスへは出来るだけ一葉の回復へ時間をかけるよう指示も出している。全てはイチハ=キサラギが魔術を選ぶ確率を少しでも上げるために。

 一度だけでも攻撃を防いだならば、その瞬間に自分や後から来るはずの騎士、廊下の衛士が取り押さえればよいこと。もしものために国王の権限で魔力封じの道具も用意していた。



 ゼストはそんな考えをそっと心に仕舞い込み、何食わぬ顔でアリエラを促した。



「さてアリエラ様。イチハ殿ももう少し休むべきで、アリエラ様は侍女の仕事を済ませるべきじゃ」

「そうですね、わかりました……イチハ、また来ますね。その時にはもっと色々教えてください」

「わかった。またね」



 嬉しそうに頷いたアリエラはゼストと共に部屋を出て行った。王女に対して敬語を使わないイチハを驚いたようにしばし見つめた後、何も言わず頭を下げたレイラもまたアリエラの後を追う。



 再び薄く開いた状態に戻された扉。静まり返った客室は、なぜだかアリエラが来る前よりも広く感じた。しかし一葉には広い部屋が暖かく感じる。

 それはつい先ほどまでの騒がしい空気の影響か、それとも別の理由があるためか。



「さて、早く体調回復させねば」



 胸に湧いた何かの気持ちを照れくさく感じた一葉は、それから目をそらすように。もしくは誤魔化すように、目を閉じた。



 彼女の寝息が聞こえてくるまで、そう時間はかからなかった。




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