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流界の魔女  作者: blazeblue
鳥籠の小鳥
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第41話 鳥籠の小鳥




 しばらくの間、耳に刺さる無音が耳に痛かった。誰もが息を呑み小さな声すらも漏らせなかったのだ。それもそのはずである。今までどれほど攻撃しても跡すら残らなかった壁に、馬鹿馬鹿しい程あっさりと穴が開いたのだから。

 ちょうど良い場所を叩いたからか相当な力を加えたためか、単純に見て3人は並んで通れる大きさが崩れ落ちている。


「うん……やっぱり、どうにかできたわ」

「えぇまぁ。確かに、壁も魔力で創られているようでしたからね……」


 複眼の召喚獣が出現した時を思い出してウィンは呟いた。あの時は召喚に合わせて壁が薄くなり、召喚が完了すると同時に壁が元に戻ったのだ。魔力の流れが分かると言う一葉だからこそウィン以上に情報を拾えていたのだろう。


 進む道が見つかったことは確かに喜ばしい。喜ばしいのだが、しかし同時に彼はどこか釈然としない感情を抱いていた。


「まぁ、結構疲れたけどね。……さて」


 サーシャに手振りをして1人で立った一葉が、存外しっかりとした足取りで壁の向こう側を覗き込んでいる。


「ふーん」


 そこは壁のこちら側とは大きく様子が異なっていた。床こそ石造りだが壁と天井は正体不明の材質が使われており、全体的につるりとした印象の空間が広がっていた。相変わらず魔力光はあるものの、一目で空気の違いが見て取れる。

 一葉と入れ替わりで覗き込んだ他の面々は眉根を寄せた。


「……イチハには悪いですが」

「はい。イチハ様には申し訳ありませんが、こうも簡単に先の通路が出現しますと……」


 眉を顰めたウィンとサーシャへ、彼らいわく“簡単”に壁を壊した一葉自身もまた頷く。


「なーんか、罠っぽい」


 そして彼女がもう一言を継ごうと息を吸い込んだところで、もうひとつの望まざる変化が訪れた。





『だいせーかい! あーあ、まさか本当に壁を壊しちゃうなんて思わなかったよ』





 クスクスと、甲高い子供の声が何の前触れも無く石の空間に響いた。何の前触れもないそれに驚いた一葉たちが身構え、ウィン以外がそれぞれの武器を向ける。ただひとり武器を手に取らなかったウィンもまた、静かに魔術の準備をしていた。


 壊した壁の向こう側、彼女たちが見つめる先へ、いつの間にか“異界渡り”の少年が姿を現しているのだ。


「……あぁ、なるほど。やっぱり見てたんだな」


 いつか考えていた一葉の予想はどうやら当たっていたようである。壁の“向こう側”を、壁の“こちら側”にいる一葉は皮肉気に笑って見せた。


「それにしても随分ユカイな恰好で現れたねぇ……」

『あれ、お姉さん。今日は噛みついてこないんだね』

「ま、あんまり大人気ない事も出来ないしね」


 一葉の言葉を無視して嘲る少年へ、眉を跳ねさせた一葉はしかし肩を竦めるだけに留める。苛々は確かに存在する。しかし原因が分かってしまえば多少の我慢が可能だと、その事実に気付けた事は彼女にとって幸運であった。


『お姉さんこそまだ“子供”じゃない。別に気にする事ないのに』

「“私”はもう大人ですー。ほっといてよ。それにどうせ噛みついたところで、本体じゃない敵をどうこう出来るとは思えないしね」

『うん。確かに、今のお姉さんたちには僕をどうにかすることは難しいね』


 楽しげに笑う“召喚士”の体は全身が透けており、誰が見ても明らかに本体ではない事が分かる。つれない態度で嘯く一葉へと彼女と同じように肩を竦めた“召喚士”は、その外見に見合った可愛らしい仕草で小首を傾げた。


『うーん、じゃぁ代わりにさ。道を見つけたお姉さんたちには“ご褒美”をあげないとねぇ?』

「ご褒美、って……」

『見てのお楽しみだよ。そのためにもまずは僕の“隠れ家”に招待しないと』


 にぃっと少年の唇が弧を描くと同時に、一葉たちの背が震える。視覚にも聴覚にも異常は無い。しかし確かに何かが歪み、撓み、大きく広がって彼女たちを飲み込もうとしていた。


「これ、何……っ!?」

『言ったでしょ? ゴホウビをあげるって。でも、大人しくしてないと――ね?』


 それは決して脅しなどではなく、一葉たちが余計な行動をとれば無事では済まないだろう。舌足らずな高い声にはそれを確信させる程の残酷さが含まれていた。

 ぐっと唇を噛み、または表情を悔しさで歪め、一葉たちは本能が訴える危険と“聴こえない音”を大人しく受け入れるのだった。





 ――それは一瞬だったのか、それとももっと長い時間だったのか。





 異常が無いにもかかわらず感覚を狂わされた一葉たちには分からない。とにかく“何か”が去った後に目に映った場所は、先ほどまでいた安全地帯でも崩落した壁の向こう側でもなかった。


「ここ、は……」

「無事ですか!?」


 ボンヤリとした誰かの声に一葉は噛みつくような声を投げかけるも、振り向いて確かめることはしなかった。今は体の向きを変える訳にいかなかったのだ。


「いらっしゃい、黒のお姉さんとそのオトモダチ。ようこそ僕の“隠れ家”へ?」


 一葉の声の向こう側からはクスクスと笑う少年の声が聞こえる。今度はきちんと聴覚で捉えたその音を追ってウィンたちが視線を巡らせれば、先ほどまでとは違う、実体としての少年がそこにいた。一葉の眉間がより深く顰められる。


「……趣味わる」


 ポツリと呟かれた一葉の言葉は、その場の感情を代弁したものだった。


 5人が移動させられた室内の広さは、ミュゼル王城の謁見の間と同じくらいだろうか。大量の兵士が戦うことは難しいが、一葉たちくらいの人数が駆けまわるには不自由しないだろう。


 そんな広い部屋のほぼ中央に少年が立っている。彼の傍らには大きな――数人が円く向かい合って腰を下ろせる程には巨大な鳥籠が鎮座している。鳥籠は曇りの無い銀色をしており、その格子のひとつひとつに細工が施されていた。

 右手で格子の1本を掴みながら少年はゆるりと笑みを浮かべる。


「そうかな? お姫様だし、こういうの用意した方がいいかなって思ったんだけど」

「どこのRPGだよ……」


 状況さえ違えれば絵になる程の美しい光景だが、だからこそ悪趣味なそれへ一葉は言葉を吐き捨てた。


 鳥籠に施された細工が素晴らしく精巧なものであり、その内側で”小鳥”を受け止めて沈む敷物は柔らかそうで居心地が良いだろうと分かる。その中で足を投げ出す様にして”小鳥”たるルクレツィアはひときわ大きなクッションに凭れかかっているのだ。以前に見た華やかな装いではなく薄く簡素な夜着で、結いあげていない長い髪は重力に従って無造作に流れ落ちている。高貴な女性としては他人に見せるべき姿ではないはずの彼女は、しかし外交用の仮面を被ったときと同じような輝きを放っていた。それは外面ではなくルクレツィア自身が放つものなのだろうと、一葉は場違いながらも納得してしまうほどの強い光である。


 外面の厳しさを保ったまま一葉は内心でうめき声を上げた。


(これは私の魔力と一緒に、知識も持って行かれたかな。日本の知識を元にした奇策は望めないかも)


 そう。一葉の知識にある童話やおとぎ話などで見る“囚われの姫”そのままなのだ。わざわざ一葉へ見せつけている時点で彼女に対してのメッセージであることは確かであり、それはそのまま彼女の知識を利用したという宣言に他ならない。一葉独自の発想による奇策も、偶然という要素を多分に取り入れなければ簡単に対応されてしまうだろう。


 一方、鳥籠の中に囚われている女性は相変わらず気の強い光を瞳に宿したまま、しかし一言も声を上げはしない。彼女の細い首や両手首、そしてチラリとのぞく両足首にある黒い模様を、一葉たちミュゼルの人間は以前にも見た事があった。それに対しても一葉は厳しい表情を崩すことができない。


「……イチハ殿」

「はい。間違いなく、アレナさんたちの時のと同じだと思います。レティさんは……あの様子だと自由に動けないかもしれませんね」

「はい。ゲオルグ卿にできたことが“召喚士”にできない筈はありませんから」


 レイラの小さく潜められた声に一葉も肯定を返す。それには何も触れずに、楽しげな少年は笑みを深めたかと思うと銀の格子から両手を離してみせた。


「さぁ、助けたいならどうぞ? お姉さんたちへのゴホウビだしね」

「ルクレツィア様!」


 その言葉を保証するかのようにフワリと後退する。それを待っていたジョシュアが彼の主へと駆け寄った。





 ――しかし。





『結界・創!』


 一葉の結界に阻まれジョシュアが足を止めるが、彼から不満の声が上がる事は無かった。なぜなら、助ける筈の相手から風の刃が大量に叩きこまれるところだったのだから。


「あれ、お兄さん。青と緑のお姉さんを助けないの? せっかく僕が離れた今が“チャンス”じゃない」

「よくも、まぁ……」


 悪意を含ませて笑う“召喚士”へ一葉は奥歯をギリリと噛みしめる。彼女の視線の先には力無く四肢を投げ出し、悔しげな表情を浮かべるルクレツィアの姿があった。

 やはり一葉たちの予想通り、ルクレツィアの体からは自由が奪われているのだろう。


「どうやってかは知らないけど、誰かが近づいたらレティさんが術を乱射するようにしたんでしょ。それでよくも、助けないの? なんて……!」

「あぁ、分かっちゃった? でもそれだけじゃないよ!」


 腹を抱えて、心底楽しそうに少年は笑う。


「その呪い、イチハお姉さんの魔力を使ってかけたんだ! どう? この仕掛け、面白いと思わない?」

「最悪。吐き気がするわ」


 そう言う間にもルクレツィアの風や水が飛来し、一葉の結界を揺らしている。


 さすが霊術の国で天才と呼ばれているルクレツィアだけはある。見えない筈の風の刃を、全く違わず一点へと集束させてくるのだ。同じ不可視の攻撃であってもルクレツィアの技術力を考えれば、ある意味ではあまり魔力に頼らなかった複眼の召喚獣よりも脅威である。一葉は思わず舌打ちを漏らしてしまった。


「このまま1点に攻撃を集中させられると、ちょっと面倒かもしれません。割れる事はありませんが、今の私では細かい調整が難しくて……何かが起こった時に対応しきれないかも」

「どうにかするためには?」

「まず召喚士をどうにかするしかないね。レティさんを助けるにも、邪魔がいるとどうにもできないし……第一アレが、レティさんを助ける間で大人しくしてるとも思えない」


 一葉の返答へウィンはひとつ頷いた。


「なるほど……やはり優先順位はそうなりますか。ではイチハ。ルクレツィア様からの防御は私たちが請け負いましょう。後ろは気にしなくて結構です」

「でも……」

「代わりに貴女とサーシャはあの“召喚士”をどうにかしてください。イチハを補うならば、今はレイラ殿よりもサーシャの方がいいでしょう。アレにはあまり近づかない方が良さそうに見えますし。レイラ殿、それからサーシャ。それで構いませんね?」

「えぇ。私は構いません」

「はい、イチハ様はお任せを」


 ウィンの提案へ何の躊躇いもなく頷いたレイラやサーシャとは逆に、むしろ一葉こそが戸惑っている。そんな彼女へウィンは片眉を跳ね上げて鋭い視線を送った。


「まさかとは思いますが、その間すら私たちが稼げないとでも?」


 それはルクレツィアと同格と言われている魔術士として、ウィンが持つプライドからの言葉だったのだろう。

 一葉はしばし何かを言いたげにしていた。しかし視界の隅に強い表情のレイラとジョシュアの姿が見え、やがて諦めと共に彼女は深く息を吐き出す。


「……うん。わかった。皆、気をつけて」

「貴女こそ気を付けてくださいよ。貴女は慎重に見えて、妙に抜けているところがありますからね」

「ちょっと、一言多いよ!」

「では、後で」


 義兄の言葉へ苦笑しか返せなかった焦げ茶の髪の魔術師はそれを誤魔化すかのように息を吸い、その息を吐き出すと同時に魔術を解除したのだった。


「あぁ、相談終わったんだ」

「まぁね……っ!」


 走り出した一葉は手元で創り出した銀の矢を少年へ撃ち込む。しかし少年は顔色を全く変えずに、銀の矢に紛れさせたサーシャの氷もろとも銀の矢を消し去った。


「ほらほら、お姉さんたち。背中が留守なんじゃない?」


 そんな彼女たちの無防備な背中へ、ルクレツィアの風が迫る。


「ふ……っ!」

「ちぇー、残念」


 2人の背を切り裂くと思われた時。レイラが一呼吸で生成した土の壁に当たったことで、ルクレツィアの風は土の壁と共に消滅した。それとほぼ同時に金属と金属がぶつかる甲高い音が広間に響く。

 その音は聞こえていたのだが、一葉とサーシャは背後をチラリとも振り返らずに“召喚士”へと向かって行くのだった。


「おや……」


 その一方。


 鳥籠の脇を駆け抜ける一葉たちを見送りながら眼鏡を押し上げ、ウィンが不快気な声を漏らした。


「檻の傷が」

「塞がりましたね」


 ジョシュアへ頷いたウィンは、再び銀の鳥籠へ攻撃をしようとした彼を手で止めた。普段よりも強い魔力を瞬間的に使ったレイラは大きく息を吐いてから、剣を構えたままウィンの言葉を待っている。


「魔力の流れが異常です。これもまた妙な術の影響でしょうか……ルクレツィア様から檻へ、檻からルクレツィア様へと2つの流れがあるのです」

「つまり?」


 ジョシュアの視線の先には顔色の優れないルクレツィアがいた。ウィンへと迫る水弾を剣先で払って落とした彼の瞳には、不安と焦りの色が濃く浮かんでいる。


「恐らく、ルクレツィア様の魔力を使って檻を修復しているのでしょう。その流れを制御するために檻からもルクレツィア様へと魔力を流している。私たちが近づくとその量が増えるようですね」

「それは、危険な事では……」

「はい。イチハに以前聞いた話では、他人の魔力を何の調整も無く体に流すことはあまり良くない事らしいのです。私たちには手段もありませんし、そのような経験はありませんが。何でも最悪の場合は体内魔力の流れを破壊するとか……医療魔術とは真逆の作用なのでしょう。

 何にしても、この状態では迂闊に近づく訳にはいきません」

「――っ!」


 レイラが再び土の壁を生む。風の刃を正面から受けた土壁は先ほどと同じように、ぶつかってきた風と共に崩れ落ちて消滅した。その光景へウィンは何かを考えたが、その思考時間はほんの一呼吸分で終わる。

 懐へ手を差し込むと、ウィンは紅い石を2つ、3つ取り出して床へ放り投げた。


「私たちが攻撃をしないとしても、ルクレツィア様本人の霊術で檻を壊してしまうようですし。無理やり使わされている術なのでその辺りを考えはしないのでしょう。壊れたらまた修復すればいい、と。

 本人の魔力残量も気になります。本能を無視して使い切らしたとしたら、命に関わる事もあるでしょう」


 魔術を使う者はどこかで線引きをするか、最悪は意識を失う事で魔力の流出を最低限ではあるが防ぐ事ができる。しかし今のルクレツィアには“召喚士”の手が入っているのだ。自力での制御を期待することはできないだろう。


「それに土壁を使える貴方とレイラ殿の力では、全力を出してくるルクレツィア様の術の力とはどう見積もってもつり合いません。貴方がたが倒れた場合、私の属性では攻撃一辺倒ですから……風はどうにか出来ますが、水弾はお手上げです。

 そのような条件にも関わらず何の手も打たないで防戦に徹すれば、間違い無くこちらが先に倒れてしまうでしょうね。……ですから、奥の手を使います」


 ウィンが床の上の石を指差して何事かを呟くと、間隔を取りつつも無造作に転がった紅い石が淡い光を放った。それはそれぞれ成人男性1人分の半径で球を成したかと思うとすぐに光を失ってしまう。


「これは……」

「私が開発した紋章魔術……の、試作品です。これくらいならばと思い持ち込んでいましたが、魔力を吸い取るという効果があります。逆に言えば、暴走の危険性を下げるためにその効果しか無いのですが」


 一葉が巻き込まれてきた様々な騒動を思い出してレイラの眉がピクリと動いたが、それがほんの微かな変化だったためにジョシュアは気付かない。そしてしっかりと気付いているウィンは何も言わずにその反応を黙殺した。


「効果範囲を通る限りであれば、ルクレツィア様の魔力を幾分は減衰させることができるかと」


 眼鏡を押し上げた研究者の言葉の通り、ルクレツィアから放たれた水弾はただ速度の速い水しぶきへ。水弾に破壊されたまま襲い来る鋭い銀の破片は、魔力を吸収されたことで虚空へ消滅した。


「よく、そこまで……」

「魔力鈴を参考にしました。とは言え、まだまだ実際に実用できる代物ではありませんが……今回はこれに賭けるしか無いでしょう」


 呆れたようなレイラへウィンはシレっと返答する。そんな2人を気にせず、ジョシュアが喜色を浮かべた。


「――! これならば、どうにか!」

「ウィン殿、石に……! 少しずつヒビが入っています!」


 しかしジョシュアと同時に、結界を通過した風刃を捌きながらレイラが一転して悲鳴じみた声を上げる。少々の破損でも暴走の危険があることを、彼女は嫌という程に知っていたのだ。

 レイラの声を受けて、ウィンがどこからか取り出したナイフを投げて石を破壊した。紋章の効果は消滅してしまうが、このままため続けた力に石が耐え切れず大爆発を起こしてしまうよりはマシだと考えたためである。サーシャと共に育った彼にとっては、今回のように自分から10歩や20歩の距離で止まっている物体へナイフを命中させる事など造作も無い。


 粉々に割れた石を確認してからウィンはそっと溜息を吐きだした。


「やはりナイフを持ってきて正解でしたね」

「なるほど。ナイフと紋章魔術の触媒、ですか。それでは堂々と言わない筈ですね。こういう事態でもない限り……失礼ですが、無駄な荷物です」

「そうは言いますが備えあれば、ですよ。剣よりもナイフの方が便利な時もありますから。今など、ジョシュア殿とレイラ殿が剣を持っているのです。私まで長剣を振り回しては邪魔でしょう」


 ウィンが隠し持っていた道具へレイラが呆れたような感心したような複雑な表情を向けている。そんな視線をすっきりと無視したウィンは、目の前にある魔力の流れをじっと見つめた。

 石という紋章の要が破壊されたことで、普段であればそこに溜まった魔力は散り散りになった事だろう。しかし魔力に親しんだウィンの目にはその魔力が空間を通して鳥籠へと流れ、鳥籠を通じてルクレツィアへ戻ったことが見えた。


「……ルクレツィア様の魔力に関しては問題がなさそうですね」

「それは?」

「ヴァル殿、ルクレツィア様に何が!?」


 訝しげなレイラと張りつめた様子のジョシュアを横目でチラリと見る。そしてウィンは珍しく、何の含みも無い笑顔を見せた。


「その紋章……石に溜まった魔力は、全てではありませんがルクレツィア様に戻るようですよ。それはあの“召喚士”の魔力と混じってこそで、あの妙な模様があってこその循環なのでしょうが。むしろ私たちの魔力残量を気にしながら戦った方が良い状況に変わりました。それを模様のおかげ、と言っていいのやら分かりませんが」


 ウィンは風刃を雷の圧力で逸らし、足元を砕かせる。どうしてそうなるのかは彼にも分からないがとにかくできる事であるし、できると知っているのだ。一葉と知り合ってから抱き始めた魔術に対する疑問を今だけは抑え込み、彼は大きく息を吸い込む。


「石が無くなったところでまだ宝貨がありますし、その気になれば地面に紋章を刻む事もどうにか可能です。イチハたちが戻ってくるまではひたすら時間稼ぎですよ。気にすることが多いので決して楽な仕事ではありませんが……2人とも、できますね?」


 その確認へ、生真面目な顔をしたミュゼルの騎士とアーシアの護衛兵が、そろって重々しく頷く。

 もう1本のナイフを取り出したウィンもまた頷き、不敵な笑みを浮かべるのだった。




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