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流界の魔女  作者: blazeblue
鳥籠の小鳥
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第37話 つかの間の平穏




 黒の瞳が見つめる先では最後の巨鳥が墜とされた。群れているだけの脆弱な存在を狙ってきた3匹は、餌であるはずの“ニンゲン”により返り討ちに遭ったのだ。

 別段大きな問題も発生せず、戦闘時間は一葉の体感で5分ほどだろうか。召喚獣騒動にこそ慣れていないものの通常の魔獣であれば対処法も手慣れているため、対応にあたった衛士たちは手早く処理に取りかかっていた。


(おー、さっすが。隊でかかれば魔獣も野盗もオーバーキルってか)


 最前線からかなり後方。右の人差し指でさらりと瞼を撫でて術を切り、一葉は改めて自分の近くをぐるりと見回す。


(……お?)


 一葉から見て左後方に見知った顔を見つけ、彼女はパチリと瞬いた。相手も気付いたのだろう。彼らは笑いながら会釈をし、さっと視線を前へ戻した。


(やっぱり強かったんだ。そっか)


 それは以前、怪我で動けない一葉の部屋を護衛していた2人の衛士である。一葉がヴァル家に庇護されてからは直接の縁が切れてしまったが、同じ職場に勤めていることもあり会釈をする程度には縁が続いている。

 今回の任務はかなりの倍率だったと聞いていた。それにも関らず彼らがこの場所にいることが、いることを許されていることが一葉には嬉しいのだ。


(さて、解体も終わったみたい……かな?)


 前方では先ほど倒した巨鳥の処理が終了したようで、ミュゼルの旗が改めて高くたなびいている。それが前進再開の合図であった。そしてこの時がある意味では一番気の緩みを生むため、一葉はしっかりと周囲の魔力を――正しくは、異常な量と質の魔力を――探る。


(んー……今のところ敵の気配は無し、か)


 ザッと確認した一葉は索敵を終わらせ、自分が跨っている馬へと意識を戻す。大人しい気質の“彼女”のおかげで意識が他にあっても無事に進めているのだ。礼を伝えるように鬣を撫でると、まるで構わないと言うかのように“彼女”は軽く首を振った。


(普通の面倒も無いし、何事もなくアーシアに着けるかな)


 向かう先――だけではなく、見渡す限りで7割は草原が続いている。2割が僅かばかりの丘陵で残りが小さな森である。その中を馬と衛士と馬車がゆっくりと進んでいた。一葉は長く続く隊列の中心より少し前方におり、レイラもまた彼女のすぐ前で馬に揺られている。


 一葉の内心はともかく、見た目だけであればピクニックでも出来るくらい平和な光景であった。


(魔物も野盗もこの人数相手じゃそうそう襲ってこないし。襲ってきたところで……ねぇ。衛士さんたちの装備とか見ればまぁ、普通はカモじゃないって分かるしねぇ。

 あれ、そういや今回は全部で何人だっけ……あー、アリア付きじゃないからって聞き忘れてたなぁ。ダメだ、気が緩んでるかも)


 今回アーシアへ向かっているのはもちろんアリエラだけではない。彼女の教育係であるゼストを始め外交を得意とする貴族や文官、ウィンを含めた魔術や文化の研究者などのほか、さらにその助手や世話役である侍女、護衛も同行しているため、かなりの大人数となっていた。その規模は先日ミュゼルを訪れたルクレツィアの比ではない。


『キサラギ殿』


 魔術で編まれた風がふわりと届く。それは一葉の前髪を微かに揺らしながら小さな声を届けた。


『状況は』


 術の主はアリエラの傍に仕えている騎士である。彼もまたゲンツァやアイリアナの遠縁にあたると一葉は聞いていた。適性や魔力の量の問題で簡単な会話しかできないというが、それでも狙った相手にしか声を届けていないところに優れた制御力がよく表れている。


「あぁ……『大丈夫ですよ』っと」


 ごく簡素な返事をして一葉は空を見上げた。





 ――移動はどうします? 一応私、空を飛んで行くこともできますが。





 出発前の打ち合わせを一葉はぼんやりと思い出す。国が落ち着いていない現状では1頭でも自由に使えた方がいいと考えたのだが。





 ――目立つ上に曲がりなりにも病み上がりだろう。却下だ。無駄遣いせず敵にだけ集中しろ。





 一葉の発言へ周囲は呆れたような、何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。アーサー王が直球で切り捨てたのも無理はない。この世界の中で空を渡る魔術士がいないとは言わないが、ミュゼルからアーシアまで飛び続けることができるわけではないのだ。

 ましてや色々な問題を抱える一葉がそんなことをすれば、悪目立ちするだけである。悪目立ちをすればそれだけ余計な危険性を生むことは想像に難くない。





 ――大体、今回は外交用の文官や貴族連中も同行するのだ。そうすれば侍女や護衛も増える。全員が馬という訳にはいかないが、お前たちが乗る馬の1頭や2頭が増えたところで今さらだ。

 ――あぁ、確かに……。そうですね、わかりました。





 一葉もまたひとつの提案として言ってみただけであり、あっさりと頷いたのみで意見を引き下げた。苦労せずとも馬で長距離の移動をする程度は問題がないため、彼女にしてもそれほど移動手段に拘る必要が無いのだ。


 どこかぼんやりとした頭を振り、一葉は目先の景色へと意識を戻した。


(あー……結局、魔力の調整間に合わなかったなぁ。敵とか危険性とか、取り越し苦労だと一番うれしいんだけど)


 魔力の流れが通常と違うということは、魔力で維持をしていると言ってもいい体の感覚もまた正常ではないということになる。野盗程度ならば問題にもならないだろうが“召喚士”と対するならば大分心もとなかった。

 まとまらない体内の感覚へ一葉が息をついていると、彼女よりも少し前にいたレイラが馬の歩速を落とす。当然と言えば当然か、レイラもまた一葉以上に手慣れた様子で馬を操っていた。


「イチハ殿」

「はい」


 馬だけではなく、ぼんやりとしていた一葉を驚かせないためだろう。そっと声をかけてきたレイラへ一葉は頷きを返す。


「もうしばらくすれば国境……コズモの街が見えてきます。周囲の状況はどうなっていますか?」


 コズモはミュゼルとアーシアの国境を挟んで成立した街である。街の半分はミュゼル――レイラの実家であるアーレシア領のものであり、残りの半分はアーシアの領土と決められている。

 陸続きで国境を管理するのであればコズモのような方法を取る方が安全なのかもしれないと、島国出身の一葉は自らを無理やりに納得させた。


「異常ありません。ですが……油断はできません」


 一葉は低く落とした声を、衛士たちの装備品が上げる音、馬車のきしむ音、人や馬の足音など、さまざまな音に紛れさせる。聞かれて困る話ではないため下手な魔術で目立ちたくはないが、それでも堂々と話す話題ではないのだ。それを理解しているレイラは頷くだけで先を促した。


「馬鹿じゃないけど、愉快犯でもない。アイツにとって私たちは餌なので、今は平和でもいつ気まぐれを起こして襲撃してくるかは分かりません。目の前にあるたくさんの食材の内のひとつをいつ私たちが食べるかなんて、愛玩用の動物を自分がいつ可愛がる気になるかよりも分からないでしょう?」

「……はい」


 まぁ、と一葉は再び空を見上げた。


「別に友達とかじゃないんで詳しくは知りたくないし分かりもしませんけどね。私とかサーシャさんとかに関しては色々ありましたから意趣返しもしたいだろうし、こんな私たちの弱みが少なそうな場所では仕掛けてこないと思うんです。思うん、ですよ……多分……。

 あー……仕掛けてこないといいなー……こんな何も無いところで事件があるとちょっとなぁ……でも住宅街で騒ぎを起こされるよりはなぁ……」


 ボソリと付け足された言葉へ笑ったものか困った末、レイラは苦く笑うのみで留めた。そして同じように空を見上げて唇を開く。


「私は直接見たわけではありませんが、そう遠くないうちに何がしかの事件がある気は……しています」

「へぇ……どうしてですか?」


 曖昧な言葉を好まないレイラによる珍しい物言いで、思わず空から相棒へ視線を移した一葉はパチリと瞬いた。


「イチハ殿で言う“嫌な予感”でしょうか。こう、何かがピリピリとするような感覚があるのです。私自身は“召喚士”を直接見たことがありませんが、今までの経験からその感覚は間違い無い、と。ならば身構えず、心の準備をするのみですよ」

「今までの経験って……」

「今までの、色々な経験です」


 一葉は、視線を合わせて誤魔化すことなくキッパリと言い切るレイラへつい笑ってしまう。


(そうだなぁ。ガチガチになっても意味ないし)


 ふむふむ、とひとり頷く一葉へレイラがなんとなく零した。


「こうしていると……衛士だった時を思い出します」

「え。あれ、レイラさんってもともと衛士だったんです?」

「えぇ。父に放り込まれました」

「ず、ずいぶんアグレッシブな……」


 アーシアへ向かうにはどうしてもアーレシア領を通ることになり、昨日は挨拶がてら1泊したのだ。一葉はその際に挨拶をした、レイラの父親を思い出す。

 レイラの父たるアーレシア伯を一言で表すならば、豪傑。そんな言葉がよく似合う彼なら可愛い娘を自宅から遠く離れた王宮の、しかも男の方が多い荒くれた職場へ放り込んでも不思議ではない。


 以前レイラが酒に任せて王宮を破壊しそうになったことがあるのだが、確かにあの父親ならば娘のそんな行動を許してしまいそうだと一葉は思ったものである。それは娘可愛さではなく、王宮を破壊できるほどの攻撃力を持つという誇らしさゆえで。

 要するに娘というより、半ば息子扱いなのだ。


(“可愛い”とか“可愛がる”の意味が、少なくともうちの父さんとは違いそうだわ)


 げんなりするやら感心するやら驚くやら、そんな一葉の反応を面白がるようにレイラは笑う。この年下の飄々とした相棒の感情を少しでも理解できるようになった嬉しさも、その透明な笑顔には含まれていた。


「私は……というより、実務に当たれる騎士はほとんどが衛士を経験していますよ。そこで何かしらの功績を上げるか訓練を積むことで実力をつけて、それで入団試験に臨んでいるのです」

「ほぁー……それは予想外でした。こう言うと気分悪いかもしれませんが、レイラさんだけじゃなくてノーラさんとか、他にも貴族の人がいるでしょう。身分とかあるし最初から騎士だったのかと」

「あぁ……騎士という名誉職に就く者や衛士の指揮を請け負う者はそれも多いですが、私たちのように実際戦闘を行うならば基本的には衛士を経験しますよ。そこに贔屓はありません。下手な者を配属して命を落とせば皆の職務に影響しますので」


 何事もないように微笑めば、レイラの相棒は“へぇ”と頷いた。


「じゃぁレイラさんも無理やり訓練場を走らされたりしてたんですねぇ」

「えぇ。できれば思い出したくもありません」


 あのレイラが放つキッパリとした拒否から、相当キツい訓練だったのだと一葉はくみ取る。想像しただけでどことなく嫌そうな一葉へ、今度はレイラが問いを投げた。


「そういえばサーシャ殿は? 初日にチラリとお会いしましたが、それ以外では全く姿をお見かけしなくて……。どこかお体の具合でも?」

「あぁ……いえ、大丈夫です。体調不良とかじゃないです。何というか、必要な時以外は姿も見せないのが侍女の嗜みとか、ミョーな遊び心を出しちゃったみたいで」


 夕方から翌日の朝までの休憩時間に、サーシャはそう言っていつの間にか一葉の世話を済ませているのだ。ゼストやウィンの世話はほかに存在しており、実質サーシャは一葉のためだけの侍女ということになる。

 だが翌日の打ち合わせなどで夜間にレイラが一葉の部屋を訪ねても、そこにサーシャの姿は無かったのだ。


 傍目から見れば常に主の傍へ従う性質のサーシャである。そんな彼女が一葉の傍にいないという事実が、レイラの心にどうにも引っかかりを残していた。なにしろ普通に動き回っているように見えても、今の一葉は騎士としても魔術士としても決して万全ではないと知っているのだから。


「昨日もいつの間にかお茶が出てたでしょう? あれ、私じゃなくてサーシャさんが淹れて出してたんですよ。それが実行できるのがまた単純にスゴイというか、怖いというか、微妙なんですけど……」

「イチハ殿ではなかったのですね……」


 一葉の言葉の通り、昨夜の打ち合わせでもきちんとレイラが席に着いてからお茶が出され、茶菓子も用意された。レイラにしてみれば部屋の主である一葉がいつの間にか用意したのだと思っていたのだが、どうやら違っていたらしい。

 全く気配に気付けなかった驚きで声も無いレイラへと苦笑を零し、一葉は馬車のひとつへ視線をちらりと流す。


「私たちが“研究者”であるウィンの護衛として同行するように、サーシャさんはウィンと私の専属侍女として付いてきました。確かに私はまだ魔力の調整は終わってませんけど、それをサーシャさんに心配させちゃってますけど。それでもずっと私と一緒にいると目立つでしょ? だから今は普通に、アリアの侍女さんたちと一緒にいますよ。

 ……まぁ、おかげで色々と苦労してるみたいですけど。自分で仕事を取りに行った私たちとは真逆ですよね」


 一葉たちの役目はアリエラの安全にかかわらない範囲で“召喚士”に関する自由な行動であるが、誰かの下や誰かの護衛に配属されてはそれもままならない。そのため研究者としてウィンがアリエラに同行し、一葉たちはその護衛という立場を取ったのだ。表向きの立場が立場であるために、ウィンは一葉たちとは違い、他の研究者たちとともに馬車に乗っている。


 同僚の騎士や衛士たちが全体の護衛という仕事をしているにも関わらず、自分たちだけ自分の身を守れば良い状況は落ち着かない。そのため一葉もレイラも、自分にできる範囲で策敵や警備などを自主的に請け負っているのが現状であった。


 もっとも、周囲の衛士たちが優秀であるために出番は未だ回ってきてはいないのだが。


「あぁ、なるほど……それでは移動中は姿を見られませんね。何しろ、外からは誰がどこに乗っているのか分かりませんから。しかしサーシャ殿ならば確かに大変でしょう。それでなくても、かなり仕事量が多いと聞いたことがありますし……」


 レイラもまた苦笑を浮かべた。


 今回外交用の貴族として同行している者は数人いるが、彼らは自分や侍女たちの移動手段として各自の馬車を用意している。しかし文官や研究者として同行している者は専任の貴族と立場の違いをつけるため、それが例え大貴族であっても王宮が用意した馬車に分乗しているのだ。窮屈ではあるが、それを我慢できる者が選ばれているために今のところ問題は起ききていない。そのため彼ら専属の侍女たちは、移動時間のみアリエラの侍女に混じり全体の雑用を分担していた。

 それは表向きにはアリエラのサポート役として同行しているゼストや、ヴァル家3人のための侍女として同行しているサーシャも同じである。そんなゼストはアリエラの馬車へ同乗し、サーシャはアリエラの侍女たちと共に移動していた。


「ありがたいことにサーシャさんも10人くらいの纏め役に選ばれちゃったみたいです。しかも今回、経験のために新人さんも結構いるみたいで……」

「あぁ、特に腕の良い人材の下に優先的に回すと聞きます。それは確かに、サーシャ殿ならば色々と余計な苦労をされているでしょうね」


 少ない人数で主を不足なく世話をしなければいけないため、こういった際に選ばれる各家の侍女たちは総じて高い能力を誇る。ゆえに面倒な役割に選ばれてしまう事例が多いと一葉はサーシャ本人から直接聞き、レイラもまた過去に実例を見知っていたのだ。


「まぁそれも移動中だけで、夜間の仕事は解放されるからまだマシだって言ってましたけどね」


 王宮に努めている以上、侍女とは言え貴族の娘が大半である。数年も働けばその忙しさに無駄なプライドがへし折られていくのだが、新人の内は何かとお嬢様感覚が抜けていない者が多い。そんな彼女たちに指示を受け入れさせるには上に立つ者が純粋に本人より格上の家出身であるか、もしくはサーシャのように、どのような問題であっても“どうにか”できる人材であるかのどちらかしか無いのだった。


「さっきちらっと見てみたらその新人さんもボッキリ折られて、今じゃーとってもスナオになってるみたいでしたけどね……」

「それは、また……」


 どうにも心配になった一葉はこっそり『コトダマ』を使って観察したのだが、そこには普段とは違うにこやかさで指示を出すサーシャと、その指示へ即座に従う新人侍女の姿があった。他の侍女たちは苦笑いをしていることから、サーシャが“何らか”の手段を以て教育したことは間違いがない。

 その後、一体自分がどちらの心配をしていたのか分からなくなった時点で馬車の壁越しに視線が合い、一葉は慌てて『コトダマ』を切ったのだった。


 どのように“折った”のかとても気になるところではあるが、まだまだ暑いにも関わらず背筋がうすら寒くなったために2人はそれ以上考えることを放棄した。









 行列の先には、背後に森を背負った街が見えた。ミュゼル最後の街・コズモであり、アーシア最初の街・コズモである。


(んっと、出迎え……? が、たくさん)


 前進を馬に任せた一葉は再び『コトダマ』で視力を補助し、豆粒ほどの大きさでしかない“出迎え”を観察した。夕暮れになびくたくさんの旗には剣を持つ女神と蔦の模様があり、それが正しくアーシア側からの出迎えであることが分かる。


(レティさんのことだから、アリアに義理立てして自分から来てくれてたりして。キツい性格のフリして変に義理堅いしなー)


 そんなルクレツィアがアリエラに対して出来る限り“姉”であろうとしているところが一葉にとっては可愛らしく見えるのだ。だからこそキツい言葉を投げつけられたり困らされりしたところで、嫌うどころか苦手にすらなれないのだろう。

 またレティの性格が大切な悪友にどことなく似ている事も、苦手になれない理由に含まれていると一葉は自覚している。


(レティさんに会った時、ホームシックだったのかねぇ)


 分かりやすい自分へ苦笑いをしながら観察を続けるうち、一葉は視界の隅へ引っかかりを覚えた。さらりと流し見ただけではそれが何であるかを判断できなかったのだが、よくよく見るうちにその“違和感”に気付く。


「あれ」

「どうしましたか?」


 すぐ傍らにいたレイラが異変を察知して声をかければ、戸惑ったような声が返された。


「レイラさんは覚えてます? レティさんの護衛だった男の人」

「あぁ……確かジョシュア殿、と」


 それが何か? と視線で問われ、一葉は微かに眉を寄せる。よくよく見まわしたところで目的の人物はそこにいない。


「そのジョシュアさんがいるんです」

「何か不審な点でも?」

「レティさんがいないんです」

「……それは」


 こくりと一葉は頷いた。目立つリスクよりも内容を聞かれてしまうリスクを重視したため、彼女は『コトダマ』により声を飛ばす。


『あのレティさんなら言っちゃアレですけど……“お出迎え”くらいの行事でお気に入りを自分から離さないでしょう。街の中にいるのかな? とも思いましたけどレティさんなら……』


 ひとつ、レイラは何気なさを装い頷いた。


『アリアが見送ったのに自分は迎えに出ないなんて、もしもレティさんがコズモにいるなら絶対に無いです。少なくとも……短い期間でしたが、私から見たレティさんなら。なにかあったかもしれません。気持ちの準備だけは』


 レイラはもう一度頷き、僅かに居住まいを正す。





 ――何かがある。





 冗談めかしていたその言葉が今になって確かな形をとり、一葉たちに重く圧し掛かっていた。





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