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流界の魔女  作者: blazeblue
濃紺と深緑の狂詩曲
30/61

第25話 嵐の裏側




 紅の節黒の月、13日。

 相変わらず艶やかな出で立ちのルクレツィアはアリエラを伴い、王城の外にある魔術士の訓練場へと下りてきていた。滞在4日目にしてようやく本題である宮廷魔術士の視察が叶ったのだった。



 小休憩とはいえ、国の名で視察へ来たルクレツィアに本当の意味での休み時間など無い。アーサー王や宰相であるゲンツァと何やら話しており、その後ろではコンラットが真面目な顔で警備にあたっている。



(真面目な顔をすれば、ホントに立派な王女様なんだけどねぇ……。会ったばっかりの私にまで『残念』って思われるような性格には見えないわ)



 彼女をチラリと確認して失礼なことを考えている一葉は、アリエラの護衛としてルクレツィアたちからは少々離れた場所にいた。訓練場の入り口で控えている部屋付きの騎士や衛士、ルクレツィアの侍女たち、そしてアーサー王の後ろにいる、先ほどまで術を行使していた5人の魔術士たちも一葉の視界に入っている。



(で、護衛が1人と……補佐官? 補佐官っぽい人は魔術士か、本職の研究者とかかな。あの感じじゃ間違っても盾には向いてなさそうだし。逆に護衛の人は体格いいなー。レティさんも金髪の人は信用してそうだったっけ。本人はちょっとイヤそうな顔してたけど。

 ……あ、目が合った。アレナさんたちといい、気配を読むって割と普通なのかなー)



 ルクレツィアの護衛らしく体格の良い金髪の青年と、細身で明らかに研究者や文官と見られる赤髪の青年を何気なく観察していた一葉。ここ何日かの様子を思い出していると、観察していた気配を感じたのか青年の視線が一葉へと移り、重なった。しばしの後に目礼を送ってきた金髪の青年へ、彼女は目礼を返しつつ観察を続ける。



(んー、ホントにいいのかなぁ……王族がいる割には護衛の人が少なすぎる気がするけど……まぁ、いいのかな。それに何で説明担当がウィン? 普通なら一番上の人間が対応するモノなんじゃないのかなー)



 ルクレツィアがアーサー王と話をしているため、手持無沙汰になっていたウィン。そんな彼を一葉は何気なく呼び寄せ小声で尋ねた。



「あのさ、普通一番偉い人が説明に当たったりしない?」

「やけに唐突ですね。まぁ……私もそう思いますが。上司より私の方が家の位が高いので、責任者として私が顔を出した方が良かろうとのことです。所詮は私も宮仕えですから」



 上司たちには逆らえないのだとウィンは魔術士の集団を示した。一葉には分からなかったが、その中に彼の上司が含まれているようだった。ウィンは宮廷魔術士の副士長補。少なくとも魔術士長、副士長と2人は上司がいる筈だった。



(あー、両方ともあの中にいるんだー……カワイソ)



 何とも言えない空気を振り払うように、ウィンは丁度話が終わったルクレツィアへと近寄っていく。



「そろそろ演習を再開しましょう。改めまして、次は私の術をお見せしたいと思います。その後に今度はルクレツィア様にも実演していただきます」

「ミュゼルのフォレイン伯爵はアーシアにおいても実力者として名が届いておりまする。ウィン殿の術が見られるのを楽しみにしておりました」

「ありがとうございます」



 その時ルクレツィアはふと視線を動かした。



「あぁ、ウィン殿。1つよろしいかや?」

「はい、何でしょうか」

「イチハと申すあの者じゃが」



 手にしていた扇を動かし、その麗人は一葉を指した。



「霊術士……いや、魔術士かと見えまするが」

「流石に分かってしまいましたか」



 一葉を気にしたルクレツィア。彼女へと警戒心をあらわにするアリエラ。そしてさらに、そんなアリエラに対して優越感すら感じさせるルクレツィア。

 王女2人の様子に笑いながらウィンは一葉へ視線を移した。一方の一葉は、自分を見る、深い色をしたルクレツィアの瞳を見返している。



「我が義妹は確かに魔術士でもありますが、一般的なミュゼルの魔術士とは少々毛色の違う術を使うのです。今回は宮廷魔術士の視察ということですし、ミュゼルの一般的な『魔術』をお見せしようと思っておりますので、彼女は『ミュゼルの魔術士』という括りから除外していただきたい。

 しかし、そうですね……近いうちに彼女の術を見ることもありましょう」



 ウィンの言葉を聞いたルクレツィアは、納得したように2、3度と頷いた。



「なるほど。心得ました」

「それでは的について、改めてご説明しましょう」



 ウィンが示した的は10体あり、一葉の感覚では50メートルほど先にあった。それは綺麗な黒色をした高さ1メートルと少しの円柱である。その太さは、小柄な一葉では僅かに抱えきれない程のものだった。



「あの的に術が当たれば変色するようになっております。弱いものが黒、宝貨に準じた色で強くなっていきます」



 先ほどまでは碧か紅、場合によっては金や白金に変色していたが今は黒に戻っている。どうやらあまり魔力を溜めこまない性質であることが見て取れた。



「ふむ、承知しました」

「それでは私から失礼いたします」



 ウィンはルクレツィアとアーサー王へ一礼し、右手を的へと向けた。一瞬の後に彼の掌から生まれた紫電が空間を奔り端の的から命中していく。正確に10体すべてを変色させたウィンは、ひとつ頷いてからルクレツィアへと振り返った。

 黒の石柱は、すべてが白金へと変化している。



「ご存知の通りミュゼルの術はこのように使います。基本的には詠唱など無く『魔術への意志』のみが必要なため資質により威力は変動しますが、その分術の幅は非常に広いものになっております。

 また最近では魔力の伝導率を上げ魔力を集めやすくするなど、補助魔術を得意とする者も多くなっています。彼らの補助を最も効果的に活かすにはどうすればいいかが今のところの研究課題ですね」

「なるほど。如何に補助があろうとも、効果を無駄にしては意味が無くなりますからのぅ」

「そうですね」



 そして的が黒に戻ったことを確認したウィンは、ルクレツィアへ立ち位置を譲った。



「さて、的が黒に戻ったようです。ルクレツィア様、お願いできますか?」

「ご期待に沿えるよう頑張りましょうや」



 訓練場の地面を踏みしめたルクレツィアは目を細めて的を見やり、両腕を広げた。



「さぁ、見せつけてやろうかや? 風よ、疾く来たりて斬り裂け! 水よ、激して圧せよ!」



 呪文により左手に集まった風と右手に集まった水が、並ぶ的へと襲い掛かる。ルクレツィアの力に負けたすべての的が呆気なく砕け散った。

 破片はルクレツィアの魔力に反応して白金へと変化しているが、砕けてしまった以上使い物にはならないだろう。



「我がアーシアの霊術は詠唱が発動の条件になりまする。みな同じ詠唱ゆえ事前にどのような術なのか分かってしまうことが難点ですが、術を修める者はある程度修練しやすいという利点もありまするな。

 ……しかし、少々やりすぎたかの。ウィン殿より出力はあるようじゃが、妾は精密な制御を不得手としておりまする。アーシアの問題点は未だ克服しきれませなんだ」



 他国の備品を壊してしまうのは如何なものか、と渋い表情をして呟いたルクレツィアに、ウィンは笑って否定した。



「流石は霊術の国の王女殿下ですね。精密制御が苦手と仰いますが、2属性を同時に扱ったにもかかわらず暴走しないと言う制御力は、この国の術士ではあまり見られません。それぞれを片方ずつ使う人間の方が圧倒的に多いのですよ」

「ふふっ……褒められれば悪い気はしませぬがの。ウィン殿とて我が国の霊術士たちに比べても強い力をお持ちでしょうや?」



 冗談めかした口調で『ぜひアーシアへ』というルクレツィア。彼女に対してウィンは同じように微笑んだ。



「ありがとうございます。しかし私などまだまだですから」

「ウィン殿であればアーシアの狸ジジイどもと上手くやっていけそうではあるがの。しかしミュゼルにとっても次期侯爵という立場以上にウィン殿は貴重な人材でありましょう。残念ですが、引き抜きは諦めまする」



 小声だったために上手く会話を聞き取れていないアリエラだが、しかし少し離れた位置からも眉を顰めている。不穏な空気を感じ取ったのだろうか。

 その視線に、ルクレツィアは再びニヤリと笑いかけたのだった。








 ミュゼルとアーシアの術の違いを確認し、現在の研究状況を軽く交換し合う。ルクレツィアがウィンと情報を交換し、それを傍らにいるルクレツィアの補佐官がメモするという時間が続いた。

 またその合間には国による魔術の利用法をアーサー王やゲンツァに尋ねるなど、ルクレツィアは精力的に情報収集をしていた。ルクレツィアは王女であるだけでなく優れた霊術士でもある。そのためにルクレツィは彼女自身の知識を使い、他国の術士たちとの交流をすることが可能なのだ。



「あぁ、皆様。あれを」



 ウィンが腕で示した先には空高く舞う鳥が1羽、円を描いて羽ばたいていた。

 そして。



『結界・創』



 一葉のごく小さな声から僅かに遅れて、甲高い音が響き渡ったのだった。

 空気は唐突に動き出す。



「アーサー王、こちらへ! ゲンツァ殿も!」



 護衛たちのもとへと戻されるアーサー王と宰相。



「えっ」



 突然走り出た一葉の行動を驚くアリエラとは対照的に、ルクレツィアは表情も変えずに目の前を眺めている。彼女の視線の先では幾筋もの風の刃が透明な盾に阻まれて霧散していた。

 突然の事にもアーシアの王女の足は一歩たりとも動いていない。補佐官を後ろに下げ、歩み出た自らの護衛を視界の隅に収めて不敵な笑みを浮かべていた。



(ふむ、盾か。しかもこの強度となると、かなりの術者じゃの。やはり妾の見間違いなどではなかったか)



 ルクレツィアはチラリと辺りを確認する。レイラはルクレツィアたちと襲撃者の間に陣取っており、少し離れた位置には術により盾を張った一葉と彼女に護られているアリエラがいる。そしてその近くでは表面が少々抉れた土の盾が展開されており、その向こう側にはアーサー王やゲンツァたちがいる筈だった。ルクレツィア側からは確認が出来ないが、『ウィンの上司』たる術士やコンラットを始めとした騎士たちに護られているのだろう。



(ふむ、混乱も動揺も感じられぬ。とりあえずは安心じゃな)



 ルクレツィアに怪我があっても大問題ではあるが、同じようにミュゼルの国王に大事が合ってもいけない。しかしそれは彼女が心配することでもないだろう。ルクレツィアが先に手を打った以上、何かがあればそれはミュゼル側の準備不足のせいでもある。

 副士長補でしかないウィンがルクレツィアへの説明役にあたっていたのもその為か、と彼女は納得した。



「ようやく餌に喰いつきましたか。結局力づくでしたが」



 すぐそばで大きくため息を吐いたウィン。彼とルクレツィアは同じ方向を眺めていた。ルクレツィアの護衛である金髪の青年は敵の術を警戒して主のすぐ前に立っている。補佐官の青年は戦闘の経験が無いのか、すぐそばでガタガタと震えていた。



「……待ちわびたわ」

「少々時間がかかりましたが、これで事は動きます」



 ルクレツィアはウィンへと軽く肩をそびやかす。



「これで動かぬようなら、どうしてくれようかと思うておりました」

「それはそれは……私たちと相手、両方にとって良い結果になったかもしれませんね」



 呆れたような表情のウィン。何事も無いように話している2人の眼前には8人の襲撃者が両手に小ぶりなナイフを持ち、いつでも襲い掛かれる体勢になっていた。奇襲が成功せず計画を変更せざるを得なかったのか、その武器は護身用程度の物に見える。

 襲撃者たちは全員の視線や意識が空へ向いている隙に距離を詰めようと思っていたのだろう。しかしその進路上にレイラが立ちはだかったため、足を止めざるを得なかったのだ。



 それは揃いの服を着た、ルクレツィアの侍女たちである。彼女たちの残りの同僚は意識を刈り取られ、地面へと崩れ落ちていた。



「い……イチハ……どうしましょう……」



 盾を創りつつも後ろへアリエラを庇う一葉。護られているアリエラは一葉の腕を震える手で掴み、最前列で剣を構えているレイラを心配そうに見ている。

 ロットリア卿の事件が与えた恐怖は未だに癒えず、アリエラの中には未だに一葉やレイラが傷つくことの恐怖が残っているのだった。



「大丈夫、大丈夫。私たちは結構強いんだから、ね?」

「そう、ですね……」



 一葉はアリエラへと優しげに声をかけつつも、視線は前から動かさなかった。敵の内2人は強力な術による衛士たちへのけん制。そのお蔭で当分は衛士やアーシアの警備職が入ってくることはないだろう。それほどまでに術士というものは脅威となる。ましてや、襲撃者たちの目的はアーサー王やルクレツィア。彼らが無理矢理突破することは出来なかった。

 別の2人はやはり術によるアーサー王たちへ攻撃を仕掛けている。そして残りの4人がこちら――ルクレツィア王女とウィンへ体を向けていた。術の大家である彼らがいるからこその警戒なのだろう。



 逆を言えば4人で対処できるつもりであり、それ以外の人間はあまり眼中にないということである。ウィンは愉しげに笑った。



「ルクレツィア様とアーサー王、そしてアリエラ様が揃っているところで襲撃すれば警備が混乱し、少なくとも1人には危害を加えられると思われたのでしょうが……全く、舐められたものです」



 ウィンはやれやれと頭を振る。



(まぁ、普段ならばもしかしたら成功したかもしれませんが。こちらに偶然『反則的な護り手』がいたのが運の尽きですね)



 ウィンは場違いながら、襲撃者たちへと憐れみを覚えた。恐らく襲撃者たちは満足な情報もなく指示だけを与えられたのだろう。隠している『奥の手』は一葉だけではない。



(レイラ殿も確か奥の手を持っているようでしたしね)



 ウィンもまた普段から全力を出さないよう加減しており、それはルクレツィアも恐らく同じだろうと彼は考えていた。そうすれば彼の『全力』を周りが勝手に判断してくれるのだ。

 とにかく『常識の範囲内』でなければ、人の世は生き辛い。ウィンもそれを実感しているからこそ、力を持ちすぎている一葉の苦労は多少なりとも分かるつもりだった。



「さて、とりあえず片づけてしまいましょう。ルクレツィア様はあちらへどうぞ」



 眼鏡を押し上げながらウィンが示したのは、彼らの後方で盾を張りアリエラを護っている一葉だった。いくらか距離のあるこちらにも同じように盾を張り攻撃を防いでいたが、まとまっていた方が彼女としても防衛が楽であろうとの判断である。

 しかしアーシアの王女はアリエラをチラリと見ただけで、すぐに視線を襲撃者たちへと戻したのだった。



「要りませぬ。護衛もおりますゆえ」



 意味ありげなルクレツィアの視線にも、金髪の青年は軽く迷惑そうな表情をしているが何も言わなかった。そんな彼をつまらなそうに見た後、ルクレツィアは、いや、と呟く。



「やはりご厚意に甘えてもよろしいかや? この者だけは護っていただきたい」

「る、ルクレツィア様、私だけ、ま……護られるなど」



 明らかに怯えつつも、補佐官の青年は王女より先に逃げ出すことを善しとしなかった。それを見たルクレツィアはふっと微笑む。その表情は、一葉ですら驚くほどに優しげなものだった。



「たわけ。ぬしに戦う技術があるのかや?」

「そ、それは……」



 俯く補佐官にアーシアの王女は重々しく声をかける。



「少なく見積もっても、ぬしに期待しているからこそ補佐官に任命されたのじゃろう。その女王の期待をぬしは自分の判断で裏切るのかや?」

「それは……でき、ません……」

「そうじゃろうの。なれば今は大人しく身の安全を確保した方が賢いとは思わぬかや?」



 補佐官の青年が大人しくなったことを確認し、ルクレツィアは一葉へと盾を消すよう身振りで指示を出した。あまり迷う時間は無い。今はレイラたちがけん制しているが、いつまでも時間は稼げないだろう。

 止める声がかからないことで、一葉は微かに引きつりながら盾を消す。本来ならばこの瞬間が一番危険である筈だが、しかし敵からの攻撃は無かった。金髪の青年やレイラという前衛のけん制により、一葉たち後衛へ攻撃する余裕など無いのだ。そしてそのお蔭で、ルクレツィアの補佐官は問題なく一葉と合流することが出来たのだった。



(イチハ、しっかり護ってくれやれ?)



 ルクレツィアはそっと心の中で呟いた。

 アーサー王へと向かった2人は早々に鎮圧されるだろう。あちらにはミュゼル騎士たちの頂点に立つコンラットが付いているのだから。現に、既に片方は倒れているようだった。



「……ルクレツィア様。一応お伺いしますが、あちらでアリエラ様と共に護衛されるおつもりは?」

「久々に暴れられる機会じゃ。誰がこの好機を逃すと申しましょうや? ……あぁ、ジョシュア。ぬしは手を出すな。妾の出番が無くなるからの」



 あまりと言えばあまりの指示に、金髪の青年――ジョシュアは茶色の瞳を主へ向けたが指示に変更はない。渋々ではあるが従えるのはルクレツィアの力が経験に裏打ちされているしっかりとしたものだからであろう。

 愉しげに片頬で笑うルクレツィアに、ウィンの方も何とも言えない表情を浮かべた。しかし彼も一瞬で割り切る。贔屓目を除いても彼女は非常に大きな戦力なのだ。いつものように眼鏡を押し上げながら、ウィンは彼女へ『お願い』する。



「少し自重してくださいね。貴女が全力を出せば身元を割り出すどころか跡形も無くなりそうですから」

「妾がそんな失敗をするとでも? まぁ、気をつけまする……覚えておったら、ですがの」



 遠慮のないウィンの言葉だが、返すルクレツィアもしれっとしたもの。自国の王女とはまた別の意味で苦労しているであろう護衛の青年に同情しつつ、ウィンは雷撃を放ったのだった。

 体に何らかの金属を纏っていたらしい2人が倒れ込んだ。いきなり仲間を倒された襲撃者たちが鋭い所作で投げた黒い刀身のナイフ。それはレイラとジョシュアにより叩き落とされたが、それも予想済みだったのだろう。ナイフを投げたと同時に侍女たちは腕を天に差し上げ、魔力の渦を創りだしたのだった。



『風よ、疾く来たりて斬り裂け!』



 侍女たちの声に応えた風が集まり、今度は前衛として邪魔になっている2人へ向けて風刃が射出される。魔術での攻撃は、迎撃側によほどの実力が無い限り巨大な成果を生む。レイラは細剣を握りしめ、足へと力を込めた。

 普段であれば一葉の援護が期待できるが、今回はレイラの前へ防御の盾は出ない。一葉には全力でアリエラを護ってもらうため、レイラは最初から自分への防御を断っていたのだ。アリエラのためにも、レイラは傷つくことを許されてはいない。



(少しでも傷を負う訳にはいきません……!)



 しかしレイラへ襲い掛かると思われた風は急激に方向を変え、無力化され、差し出されたルクレツィアの腕の先へと集まっていったのだった。



 風刃が無力化されることを知っていたのか、ジョシュアは殆ど動かずにルクレツィアの前で待機している。



「驚いておるか? まぁ、そうじゃろうの。まさか妾が、力尽くで他人の術を奪える程に強い力を持っているとは思わなかったのじゃろ? まぁ、見間違わせておったのは妾なのじゃがな」



 襲撃者たちの不幸はルクレツィアやウィン、そして一葉のような規格外の術者がいたこと。中でも、仮の主であったルクレツィアの力量を見誤ったことは決定打となった。戸惑いにより襲撃者たちの動きが僅かに止まる。



「人様の家に招かれた分際で、少しばかり『おいた』が過ぎるのではないかや? さぁ、仕置きの時間じゃ。妾とぬしら、圧倒的な差を見せつけてくれようぞ。

 ……ジョシュア、退きやれ」



 麗しき王女は護衛を退かせると、ニヤリと王女にあるまじき獰猛な笑みをこぼす。



「主らは運が良かった。いや、悪かったのかもしれぬ。そろそろ本気を出して、妾を舐めきっておる者へと思い上がりを叩き返そうと思っておったのじゃ。妾との差を、その身に焼き付けるがいい。

 風よ、疾く来たりて斬り裂け!」



 その様は圧巻である。敵の放つ直截な風刃とは全く違い、その軌道は不規則。それ故にどこから刃が襲い掛かってくるかも分からず、普通の手段で防ぐことは至難の技であった。



 僅かに体をひねろうとも、その逃げた先を見計らって風の刃が襲い掛かる。同じく風で対抗しようにも、その力もすぐにルクレツィアへと奪われてしまうのだ。小さく悲鳴を上げた彼女たちはとうとう手足の腱を切り裂かれ、立つこともままならずに地へ沈んだのだった。



 体を切り裂かれ血に塗れた襲撃者たちを見やり、ウィンはポツリと呟いた。



「できれば殺さないでいただきたいのですが」

「あやつらが死んだとしたら、妾ではなく力不足のあやつらに文句を言うべきではありませぬかや? 妾は身の危険を感じて自衛をしたまでのこと」



 苦情を述べるウィンへと、護衛の攻撃を禁じたうえで反撃したルクレツィアはぬけぬけと言い放つ。



「まぁ……色々と、予想通りですが」



 どこか諦めたようなウィンのため息に、面白くなさそうな表情のルクレツィア。鼻を鳴らした彼女もまた襲撃者たちを眺める。



「ふん。他国に来てまで本当に襲撃しようとは、まぁ随分気合のあること。罠を張ったつもりで罠にかかるとは、何とまぁ、アーシアの人間として全く嘆かわしく思いまする」



 ようやく訓練場へ入ることができた騎士や衛士たちが周囲の安全を確認したうえで、土の盾がアーサー王たちの前から払われた。ルクレツィアは王と視線を合わせて頷くと再び鼻を鳴らす。



「まぁこれで、とりあえずの危険は無くなりましたかや?」

「何とも言えませんが……まずはお部屋へ戻るようにと、王から事前に言伝を承っております。被害と敵勢力も調べなくてはなりません」



 ウィンの言葉に頷いたルクレツィアは自らの護衛、補佐官の他にレイラを伴い、王へと断りを入れてから客室へと戻った。それを見届けてからアーサー王は執務室へ、アリエラは私室へとそれぞれに戻っていく。



 ルクレツィアは客室へと戻る直前に、アリエラと一葉をチラリと見た。その2色の瞳が一葉の印象に強く残ったのだった。








 同日、与えられた客室へ戻ると同時に侍女長へ調査を命じたルクレツィア。今回の随行者たちの中で信頼できる人間は、実は数少ない。その内の1人である侍女長からの調査結果が出た後、彼女はすぐにアーサー王の執務室へと出向いていた。



「侍女長の話によると、警備担当30名と侍女25名、合わせて55名の内、捕えられた8名の他に2名の侍女が行方を晦ませておりまする。残る侍女と警備担当者は今のところ襲撃との関係が見られないとのこと。

 ……もっとも、本当に関係が無いか、背後の経歴など詳しいことはアーシアへ帰らねばわかりませぬが」

「ふむ。こちらでも襲撃者たちの持ち物を調べたところ、武器がグランツ皇国製のものだと分かった。ほぼ予想通りといったところではあるが……それだけに工作されたとも考えられる」



 ルクレツィアは国を出る前から身の危険を感じていた。普段から危険の多い身の上ではあるが、最近では以前とは比べ物にならない程に危険度が上がっていたのだ。

 その上で母である女王から視察の公務を与えられた。ミュゼル国内でルクレツィアの身が害されるようなことがあれば、そのせいでアーシアとミュゼルの同盟が断ち切られる可能性があると知った上で。



 女王は、恐らくルクレツィアがこの事態をどう解決するかを量っているのだろう、とルクレツィアは考えている。



「とりあえず、当面の危険は回避できたと考えてよろしいのではありませぬかや?」



 ルクレツィアの言葉にアーサー王は重々しく頷いた。



「聞いていた内容から考える限り、普段の外遊と同じ程度の警戒で良いだろう。もちろん自衛の分にはミュゼル側として反対はしないが」



 ルクレツィアはミュゼルの王都についた時点で懸案事項を伝えようと思っていたのだが、普通に伝えたのでは随行者に紛れている敵へと情報を与えているようなもの。そこで、護衛として行動を共にする機会の多いレイラへ手紙を預けていたのだ。

 一葉やレイラ、ウィンなど警備にあたる人間には今日の演習で敵を釣ることが伝えられていた。しかしアーシアの人間は当然のことながら、ミュゼルの衛士や、王女であるアリエラには話が通されていなかった。



 ミュゼルの王や王女、宰相とアーシアの王女が揃う場は、さぞ狙い目であったことだろうとアーサー王は思う。だからこそあの舞台を用意した。そしてウィンには敵が動かないようならば全員の意識をどこかへ向け大きな隙を生むように、一葉には悪意のある魔力を感じ次第盾を張るようにと、最初から指示を出していたのだった。



 魔力の種類に敏感な一葉がいたからこその作戦でもあり、利用できるものは何でも利用するアーサー王の方針が良く表れたとも言える。



(今頃、アリアは拗ねているかもしれんな。しかしあれは未だ甘い上、最近では慢心も見られると聞く)



 アリエラは確かに変わろうとしているが、人間の成長はそう早いものではない。彼女がもう少し成長するまで出来る限り国の暗部を見せたくないというのは、アーサー王の『甘さ』であろうか。それとも『力のない者は一方的に庇護されるしかない』という残酷な宣言となったのであろうか。



 物思いに耽るアーサー王の前で、ルクレツィアもまたウィンの言葉を思い出していた。



 ――恐らく近いうちに彼女の術を見ることもありましょう



 一葉の魔術について言ったウィン。それは襲撃者が現れた時に、どのような形であれ一葉が『コトダマ』を使うと確信した上での言葉だったのだ。

 そしてウィンの言葉に宿った『言霊』により、一葉の『コトダマ』は実現した。



(望む望まぬにかかわらず、国のいいように利用されてそうじゃの)



 お互いに考え事をしていたのは僅かな時間の事。アーサー王は王としての仮面を、ルクレツィアもアーシアの王女としての仮面を被り直した。



「さて、一応ミュゼルの王として伝えなければならない。今後も王城から外出することは控えてもらいたい。襲撃があったのは事実ゆえ、客間の警備には今日から衛士ではなく騎士をつけさせていただく。夜会も変わらず開催する予定はない」

「心得ておりまする」

「うむ。しかし部屋の中だけでは滅入ってしまうだろう。屋上庭園をみるならばいつでも許可を出しておく。その際は常にアリエラと、アリエラの騎士たちを傍に付けておこう。また他にも何かあればその都度声をかけて欲しい」

「お気遣い、ありがたく存じまする。流石に部屋の中から出られぬは辛くなりましょう」



 アーサー王の気遣いに、ルクレツィアはゆるりと微笑んだのだった。




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