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九 名義変更

 「初めまして。会計学科1年の黒木です。こっちが同じく銀杏です。御挨拶は少々割愛して…」

 そう言って、黒木は一花氏を部屋に迎え入れると、静かに彼女の表情を観察しながら、丁寧に話を切り出した。

 「一花さん、御父上の相続放棄の件、宇佐美さんから、諸々は聞いていますが、イベリスが咲き誇る土地の名義について、もう少し詳しくお聞きしたいのです。こちらが想像するに、土地も屋敷と同じように御父上の名義という前提で思量していた感があるのですが、じつは、土地の方の名義が別の方にあるのではないかと引っかかっていたこともありましてね」

 一花氏は少し考え込みながら答えた。

 「はい、私も詳しい経緯は正直わからないのですが、黒木さんのおっしゃるように、もともとは、土地は叔母の彩の名義だったんです。というのも、母がこのイベリスの庭園がある土地は工藤家にとっては、単なる土地以上の価値がありますから、やはり、工藤家の者の名義にすることにこだわっていたのです。叔母の彩にしたのは、叔母が独り身ということもあって、工藤家のものとして他の家系の影響を受けず、独立してその権利を守っていくことができるからという理由によるものです」

 「もともとは、と言いますと?」

 黒木は、予想外の展開を察した様子で問いかけた。そして僕もまたその一言で、想定外の展開を予期したのである。

 「じつは、父と離婚するずっと前に、母の希望があって、土地の名義を叔母から父に移したようなのです」

 「えっ!」

 僕は思わず大声をあげた。黒木もまた驚きを隠せない様子で言葉を続けた。

 「なぜ、御父上の名義に?」

 「結局、土地やイベリスの庭園の管理を行っていくのは、屋敷に住んでいる母と父、そして私になるからと、母の進言によるものだと叔母から聞きました。私もその事実を知ったのは、最近です。私も当初は、おそらくお二人の御想像と同じく、土地は工藤家のものなのだと、うっすら想像していましたから、まさか父に移していたとは正直思いませんでした。ただ、結局は離婚してしまいましたので、今思えば、土地の権利は叔母のままにしておけばよかったのではないかと私は後悔しています。叔母に名義があれば、土地は相続云々に関係なかったことでしょうし…」

 そう言いながら、一花氏は、カバンから土地の登記簿の写しを取り出した。

 「こちらに記載のとおり、間違いなく土地も父の名義になっています」

 黒木は、土地の登記簿の写しを見つめながら、静かに言葉を続けた。

 「この土地の名義変更の時期は…」

 黒木の表情には、何か重要な事実を見つけ出す決意が宿っているようだった。

 黒木は、手元の写しをじっと見つめながら、叔母の彩から父の隆に名義が変更された時期を確認していた。僕もまたその写しをのぞき込んで見てみると、写しには、土地の所有者が父の隆に変わったのは、昭和48年9月10日と記されていた。

 「昭和48年9月10日に名義が変更されたようですが、この時期に何か心当たりはありますかね?」

 黒木がそう問いかけると、一花氏は、その日付を何度かつぶやきながら答えた。

 「特別な家族のイベントのようなものは、私の記憶の限りありませんけれども、ただその年は皆さんも御記憶のとおり、大地震があった年で、ちょうどイベリスの庭園の修繕工事が行われた頃かもしれません」

 昭和48年は、僕が小学生の頃になるが、たしかに夏休みのお盆時期、東部半島沖でマグニチュード7.5の大地震があったのを記憶している。お盆の帰省ラッシュの中、地震の影響で多くの国道に亀裂が入り、交通網がパンクする大惨事になったからである。ちょうど、その頃だろうか。僕の小学校でも、「防災学習」という新たな学習が始まったのだった。

 「なるほど、土地の名義変更と庭園の修繕工事がほぼ同じ時期に行われているということですか」

 「えぇ、その修繕工事は私も鮮明に記憶しています。相当大がかりな工事で地盤調査のようなものも実施しておりましたので…」

 「ほう。地盤調査ですか」

 黒木が目を閉じながら深く長考に入るのを横目に、僕は、彼女、一花氏と三人で、顔を見合わせていた。


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