表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

五 事の発端

 「それでは始めよう」黒木が事の発端を説明し始めた。

 「そもそもの発端は、宇佐美さんの御友人・工藤一花いちか氏の相続にまつわる相談事だった。さっき見せたイベリスの庭園は、工藤家の長女である工藤咲さきと庄司家の長男である庄司隆たかしの長女の一花氏の住むお屋敷の庭園で、その庭園のある土地は代々、工藤家に引き継がれているもの。その土地に父親の隆が、家族の自宅として今の屋敷を建てている。ただ、両親は一花氏が大学に入学したのを契機に離婚。現在、屋敷には、母親の咲と一花氏が住んでいる。屋敷の名義自体は、隆なのだが、いわば隆から咲への慰謝料として、咲と一花の二人を住まわせている形をとっている。そんな中、先日、隆が病気で逝去。この場合、当然、屋敷の相続の第1順位は娘の一花氏となる。そこで、その相続について、相続法を専攻する友人の宇佐美さんに相談をしたという経緯だ」

 どうも今回の案件は、登場人物が多いため、僕は紙と鉛筆を用意して、いったん両一族の相関図の作成を試みた。

 「ちょっと、待って。登場人物を整理したいから、一花氏の母親と父親の御両親の名前、御兄弟の有無、名前を教えてほしい」

 僕がそう言うと、彼女は僕が握っていた鉛筆を「ちょっと借りるよ」と取って、「母親の咲の御両親は、順二と純子、そして妹の彩がいて、父親の隆の御両親は、史郎と雅子、弟がひとり、達樹だったっけな?」と、相関図に書き加えていった。僕は彼女の細く長いしなやかな指先に見とれてしまっていたが、不覚にも、どうやら、そのことを彼女に気づかれてしまったようで「そんなに私の手気になる?」と僕の手を取って、「ん~たしかに私の手の方がちょっと大きいかもね」と手を重ね合わせた。

 「銀杏君、手、小っちゃいね。関節一個分私の方が大きいよ」

 彼女はそう言って笑っていたが、一方で僕は彼女の手から感じるぬくもりのせいか、緊張で体がこわばってしまい、まるで置物と化してしまった。彼女の手は、僕の短い指の不器用な手とは違い、細長い指先で、その指先の長さと1対1の比であろう手のひらのバランスから、器用そうで美しくしなやかで綺麗な手であった。

 「すごい綺麗な手ですね」

 僕がそう微笑んでいると黒木がその様子を見て、「宇佐美さんも、あまりそんな年下男子をおちょくらないであげてください。さて…」と一呼吸置いて、話を続けた。

 「話に戻るが、そもそも本件、相続について一花氏は、宇佐美さんに何を相談したのか、説明いただいてもいいですかね」

 「ごめん、ごめん、わかったわ」そう言って、彼女は説明を始めた。

 「離婚した父親であるとしても、その父親の遺産は、その娘である一花が第1順位で引き継ぐことになるんだけど、相続って何もプラスのものだけでなく、マイナスのものも引き継ぐのよ。って言うのは、一花の父の隆には、1億円の負債があって、一花が相続する場合は、屋敷とセットでその負債も当然相続することになるの。そんな状況で一花から、どうすればいいのか相談を受けたってわけ」

 「宇佐美さんはどんなアドバイスを?」僕は質問した。

 「たしかに1億円の負債って聞くと、気が引けるけど、一方で屋敷自体は、相当な資産価値があって、ざっと2億円はくだらない。ってことは、単純な損得勘定で考えれば、たとえ相続したとしても差し引き1億円以上はプラスになる。そして、そもそも、相続しないと屋敷から出ていかざるを得なくなって、住むところにも困るだろうし、工藤家に代々引き継がれるイベリスの庭園も手放すことになる。だから、一般論として相続するのが妥当だろう、そう助言したの」

 「なるほど、僕でもわかります。それは相続した方がいいですね。って言うか、相続の一択ですね」

 「ところが、その一択とならない状況が起きた?」黒木が問いかけた。

 「そうなの。どうやら、一花の母の咲が、相続を放棄するよう一花に強く言っているようなの。それで、一花は『何で母がそんな損な、しかもイベリスの庭園を手放す選択を自分にあえて進言するのか』、私に相談してきたっていうのが、今回の事の発端なのよ」

 「となると…」黒木は、考察を始めた。

 「今お聞きしたところによると、本件相続には、金額的価値判断、すなわち、資産・負債の差し引きで1億円超の純資産を引き継ぐ部分と、土地に咲きほこるイベリスの庭園の継承という2つの部分があると思われる。この2つの側面は、相続上、当然セットとして考えられなければならないが、両側面を考慮してもやはり、『相続する』の一択になる。が、しかし、相続しないとなると、どちらかの側面にデメリットがあるのだと推察できる」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ