四 イベリス(Iberis)
「とりあえず、“コンテンラーメン”の件は、これで終わりだ。俺もこの件については、そう関心はない。本題に入ろう」
そう言って、黒木は一枚の写真を取り出し、机上にのせて見せた。
「これは、とあるお屋敷の庭園に咲くイベリスという花だ。じつに美しいと思う。どうやら、このイベリスは、およそ500坪の広さの庭園に咲き広がっているらしい」
ずいぶんと唐突な、話題転換に僕は訳が分からずにいた。
「『本題に入ろう』ってさ、そもそもこの部室に二人をよんだのは僕で、その本題は、僕の『家族史』の検討会だと思うんだけどさ」
話の展開がさっぱり理解できなかった僕は、二人の顔を見て理解するよりほかなかったが、何か僕の視界に入る彼女の表情は、どこか申し訳なさそうな雰囲気を漂わせていた。
「銀杏君、ごめん!じつはね、もともと、また私の持ち込み案件があったの。一回、もう黒木君に内容の少しは相談していて、『今度詳しく』っていうときに、ちょうど銀杏君から今日の話があって、黒木君と『じゃあ、そのときに詳しく。せっかくだから、銀杏君も加えて』ってふうになって。なんかごめんね」
それはそうとして、僕は、黒木と彼女が自分のいないところで二人会っていたことに、少々嫉妬していた。
「なんだよ、それ。ひどいじゃないか」
僕は、何か黒木に男として、負けたような気がしてならなかったのである。
すると、黒木は少し驚いた表情を見せて、静かにため息をついた。
「ごめん、銀杏、気分を害してしまったことは謝る。でも、このイベリスの庭園の謎解きには、俺と宇佐美さんの二人だけでは解決できない。君の力が必要だと思ったからなんだよ。これはじつに人間の感情的な部面が多く絡み合った案件のように思えてならない…」
彼女も言葉を続けた。
「銀杏君を無視したわけじゃないの。黒木君と銀杏君の二人に相談しようと思ったときが、ちょうど銀杏君がおたふくかぜで、大学を一週間くらい休んでいるときと重なって、黒木君にまず、簡単に概要を話しに行ったのよ。なんか嫌な気持ちにさせてしまってごめんね」
僕は少し黙り込んでしまったが、目をつむっていた黒木はゆっくりと顔を上げ、真剣なまなざしを僕に向けた。
「この庭園のイベリスは、単なる花であることにとどまらない。この花の背後に隠された人間の感情と、その不思議な力を解き明かすことが、今回の俺たちのミッションだと思う。君には、そのイベリスの謎に迫る何かがあると信じている。だから、改めて頼む。君の力と感性を貸してほしい」
僕は黒木の言葉に心を動かされながらも、少し戸惑いながら答えた。
「わかったよ。僕もそのイベリスの謎とやらに興味が湧いてきた。久しぶりに三人でその解決の糸口を探ろうじゃないか」
それとともに、部室の空気は一気に引き締まり、これから始まる謎解きへの期待と緊張が交錯したのだった。