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05:移りゆくココロ




無邪気な彼の笑顔を守りたいと思った。




***




 土曜、午前十時二十分。木綿花は待ち合わせ時間より約四十分も早く駅に着いてしまいガックリと肩を落とした。あと四〇分何をしようかと悩みどころである。


 今日は理仁と初めてのデートだ。場所は中華街からの横浜ぶらぶらデートらしい。理仁から「中華街で食べ歩きとかどう?」と提案されていちにもなく頷いた。映画と言われるよりもハードルが低く彼の提案に感謝する。

「他に何したいか考えておいて」と言われたけれど、今のところ特に思い付かなかった。


 そもそも「デート」だと言われて男の子と二人で遊びに行くのが人生で初めてなのだ。昔はよく兄や姉の友人に遊んでもらったし、男子に混じって鬼ごっこやドッジボールをしたことはある。だけど、今日はそんなわんぱくな遊びではない。

 

 デートだ。恋人がするあの、デート。


 (……あぁ、緊張する……!!)


 ぽろん、とスマホが鳴る。ハッとしてスライドを見ると美結と果乃実と3人のグループラインにメッセージが届いていた。


 『楽しんできてね』という美結のメッセージに返信する。ちなみに果乃実は本日も部活なので、朝の早くにメッセージが届いていた。美結は今起きたのだろうか。木綿花は彼女が寝坊する休日にくすりと笑みを浮かべる。


 昨夜はなかなか眠れなかった。緊張でドキドキしっぱなしだ。ずっと迷いに迷って決めたコーディネイトも朝起きてまた悩みはじめてしまうぐらいだ。


 時間があるとまたグルグル悩んでしまいそうなので、木綿花は潔く家を出たのだが、早く着きすぎて途方に暮れていた。


 (……何しよう。とりあえずお手洗いかな)


 お手洗いに向かうと、鏡の前で不安そうにメイクのチェックをしているワンピース姿の女の子がいた。木綿花と同じく恋人と出かけるのだろうか。そう思うと応援したくなった。


 (……こんなにも可愛いのに不安なんだ)


 彼女は可愛らしい花柄のマキシ丈のワンピースを着ていた。髪も巻き前髪もアイドルのようにバッチリ決まっている。雑誌から飛び出てきたような可愛い女の子が真剣な眼差しでメイクを直していた。時折スマホを気にしているので、連絡が気になっているのだろう。


 (……並ぶとすごくちんちくりんに見えちゃう)


 木綿花は、姉と相談しつつ白のブラウスにキャメル色のキャミワンピ、大人っぽく見える洋服を選んだ。足元は兄の助言を踏まえて履き慣れた厚底サンダルをチョイス。斜め掛けの鞄は見た目は小さいけれど意外とたくさん入るものだ。


 髪の毛はお団子のハーフアップにして毛先をくるりと巻いた。自分ではうまくコテを使えないのでこれも姉に手伝ってもらった。今後はヘアアレンジも頑張る所存だ。メイクはこの一週間練習してみたけれど、変じゃないかすごく不安。



 (……麻ちゃんは大丈夫って言ってくれたけど)



 緊張で乾き始めた唇にリップを塗る。いつもなら薬用リップだけで済ますけれど、今日はリップグロスを塗った。控えめな色だけど艶感があるので、大人っぽく見えるはずだ。目尻には茶色のアイラインを引き、まつ毛はしっかりとビューラーであげて、透明のマスカラを塗った。おかげで今日はいつもより目元がぱっちりとしている。何度も練習したので、メイク直しもきっと大丈夫だろう。


 (……釣り合うかな)


 理仁が大人っぽいので、木綿花も大人っぽくしたいと思い選んだ洋服だった。だけど、彼女と並ぶと月とスッポンに見える。もっと女の子っぽい服装をした方がよかっただろうか。これでも等身大の自分が少し背伸びしたのだ。


 (……次回頑張ろう……って次回があるのかわからないけど)


 待ち合わせ時間までまだ三十分以上余裕がある。隣の女の子はいつの間にか出ていったらしく違う人が鏡を見ていた。その子もまた真剣だった。木綿花は心の中で「がんばれ」と応援しながらポーチを片付ける。


 (……喉乾いちゃった)


 せっかくリップを塗ったばかりだけれどもう喉が渇いた。とりあえずこれ以上ここにいても仕方ないので地上に出ることに決める。どこか座れる場所を探そうかなぁ……と考えていると待ち合わせ場所にはすでに理仁が来ていた。


 (……あれ、もういる)


 理仁は秋らしいくすんだ茶色のオーバーシャツに黒のデニムだった。足元はスニーカーで、ボディバックをつけている。彼の洋服を見てテイストは間違ってなかった、とホッとした。


 (……白雪くんがカジュアルだ)


 たしか遠足ではデニム姿だった。ただのデニム姿でキャーキャー騒いでいる女子を見て呆れたけれど、今なら少しだけ彼女たちの気持ちがわかる。それに、カジュアルなせいか幾分年相応にも見えた。


 (……かっこいい)


 壁にもたれかかり、俯く横顔はどこか儚げで影のオーラを纏っている。話かけたいけれどかけにくい雰囲気を醸し出していた。イヤフォンをして、手元のスマホを眺めている。もしかすると何か動画を見ているのかもしれない。


 木綿花は一瞬迷ったけれど、声をかけないのも変だと思い、理仁に近づいた。気配に気づいた理仁が顔を上げる。そして木綿花を見て目を丸くした。


 「お、おはよう」

 「……」

 「……白雪くん?」


 木綿花が首を傾げると理仁は弾かれたようにイヤフォンを外した。


 「あ、うん。おはよう」

 「うん! 早かったね」

 「木綿花こそ……」


 そしてもう一度じっと木綿花を見る。


 「……なんか違う。メイクしてる?」

 「え、変かな?」

 「ううん。変じゃないよ。……かわいい」


 頬がカッと熱くなる。恥ずかしくて思わず俯いてしまった。理仁は自分で言っておきながら照れくさそうに顔を背ける。どうして言った本人が恥ずかしがるのか。木綿花はもっと恥ずかしくなった。


 

「行こうか」

「え、うん。……え?」


 理仁に手のひらを差し出される。驚いていると、片方の手をそっと取られた。大きくて角張った指が木綿花の指先に絡む。そして指の股をキュッと掴まれた。


 (これはいわゆる恋人繋ぎと言うやつ……!)


 あわあわとしていると困ったように笑われてしまった。一応恋人ではあるけれど、何だかとっても一足飛びな気がする。


 「今日は“デート”でしょ?」

 「え、うん。そ、そうだけど……」


 (だからと言って必ず手を繋ぐ必要はないのではないでしょうか)


 木綿花がその手を見てその視線をそのまま理仁に向ける。彼は気にせず歩き始めた。


 「言いたいことがあるならどうぞ」

 「……あ、ありません」


 離してくれる気配がなく、口で勝てる気もしない。顔から火が出そうな勢いだけど、恋人ならきっと普通なんだろう。


 「せっかくだし、俺のこと名前で呼んでみようか」

 「え?」


 喉が渇いたと木綿花が言えば、近くにあったお店でタピオカミルクティーを購入した。それを味わいながら歩いていると理仁に提案される。


 「デートだし、恋人っぽく」

 「え、あ、そ、そうだけど……」

 

 木綿花はちゅーとタピオカを啜りながらふと気づく。


 「……なんでも“デート”って言ったら誤魔化せると思ってる?」

 「……どうしてそこまで名前を呼ぶことに抵抗するの?」

 「そ、そんなの!」

 「そんなの?」


 ずいっと綺麗な顔が近づいて木綿花はごっくんとタピオカを噛まずに飲み込んでしまった。黒くて弾力のある粒が喉を通りすぎる。


 「……く、苦しい」

 「え?」

 「タピオカ、そのまま飲んだ」


 胸をさすっていると目の前にハイっとペットボトルが差し出される。


 「水飲む?」

 「あ、ありがとう!」

 

 砂漠の中で見つけたオアシスの気分で木綿花はペットボトルを受け取ると勢いよく喉に流し込んだ。タピオカはペットボトルとさりげなく持ち替えられており、理仁が持ってくれている。

 

 そして木綿花は気づかなかったが、これは理仁の飲みかけだった。


 「ふー、落ち着いた」

 「それはよかった。これ一口もらっていい?」

 「いいよ。思っていたより甘さ控えめで飲みやす……」


 理仁がチューっとタピオカを啜る。

 木綿花はつい家族や美結たちと同じように返事をしてしまい、気がついた時には遅かった。


 (……か、間接キスだ)


 ブワッと頬が熱くなる。目が合った理仁と何でもないようにドリンクを交換した。


 「たしかに、甘さ控えめ。だけど暑いしちょうどいいかも」

 「あ、うん」

 「どうしたの?」

 「いいえ」

 「なにそのいいえって」


 くすくすと笑いながら理仁が悪戯が成功した子どものように笑う。その表情で木綿花はヤラレタと気がついた。


 「そんなに嫌がらなくてもいいじゃん」

 「い、嫌がってない」

 「照れてるだけ?」

 「ハイ!」

 「ちなみにその水も俺の飲みかけだからね」

 「……っ!!」

 「先に口つけたの木綿花だから」

 「……っ!!!」

 「じゃあ、呼べるよね? 俺の名前」

 

 理仁がにっこりと笑った。


 ***


 「理仁くん、パンダマンだって」

 「食べる?」

 「うん!」


 タピオカの後は有名な小籠包から始まり、角煮マン、台湾唐揚げ、フカヒレのおこげスープ等々を食べ歩いた。すべて二人で分け合っているが、そこそこお腹が膨らんでいる。


 「かわいいね。食べるのもったいない」

 「じゃあ俺が全部食べる」

 「半分こだよ」


 木綿花がむっと頬を膨らませると理仁が笑いながらパンダの顔を半分に割った。中身はチョコカスタードだ。食事の締めと言っていいだろう。理仁は木綿花に好きな方を選ばせてくれた。木綿花は迷って生地が少なくクリームが溢れてしまった方を選んだ。


 「……美味しい」

 「デザートだね」


 もぐもぐと咀嚼する。歩きながら食べていると占いの看板に目が止まった。


 「あ、占いだ」


 さっきから時々目についていたけれど、中華街にはたくさんお店がある。


 「占い好き?」

 「うん。アプリでやったりするよ」

 「手相鑑定1000円だって」

 「手相か〜」

 

 木綿花は自分の手のひらを見る。


 「相性鑑定3000円だって」

 「3000円!」

 「やってみる?」

 「え、いいよ」

 「どうして?」

 

 理仁がキョトンとする。


 「……理仁くんは占い信じるの?」

 「うーん、微妙だね。霊視とか言われると嘘っぽいけど、統計学に基づいたものだったら参考にはする」

 「冷静だね」

 「あくまで参考程度だよ。占いしたことはないけど」

 「ないんかい!」


 思わず突っ込むと理仁がくすくす笑う。木綿花は少し思案してそのお店の扉を叩いた。


 


 中華街を後にした二人はバスで赤れんが倉庫に向かった。ウィンドウショッピングを楽しみ、カフェで少し休憩した後、のんびりと話しながらみなとみらい方面に歩く。時刻はまもなく午後五時で、もう間もなく今日が終わるだろう。それが少しだけ寂しい。


 「次の方、どうぞ」

 「先に乗って」

 「うん」


 ーーベタだけど、観覧車に乗る?


 という理仁の提案に頷いて木綿花たちは観覧車に乗り込んだ。木綿花が先に乗ると後から理仁が乗ってくる。彼は対面ではなく、隣に腰を下ろした。


 「こっちでいいの?」

 「うん。木綿花に甘えろって言われたし」


 理仁は身体から力を抜くと、木綿花の肩に頭を預けた。


 先ほど立ち寄った占いで占い師に「彼女にもっと甘えて弱みを見せた方がうまくいく」と言われた。早速実行するらしい。というか良いように解釈しているだけな気もする。


 (白雪くんってちょっと猫っぽいよね)


 気まぐれの猫だ。だけど飼い主には甘えてくれる警戒心の強い猫。木綿花は犬を飼っているが、猫も好きだ。動物はかわいい。


 「……今日、すごく楽しかった」

 「……うん。わたしも楽しかった」


 昨夜からずっと緊張していたのに、始まってみればずっと楽しくて笑いっぱなしだった。手を繋いだり、間接キスしてしまったり、と色々とハプニングもあったけれど、こんなにも充実した1日を過ごせるとは思わなかった。


 「一番何がよかった?」

 「一番?」

 「うん。今後の参考までに」


 理仁がのっそりと身体を起こす。疲れたのか安堵したのか目が眠そうだ。


 「……ぜ、ぜんぶよかったよ」

 「……たとえば?」

 「食べ歩きも楽しかったし、占いも、ショッピングもお散歩も」

 「……そう」

 「うん」


 木綿花は探るように向けられた眼差しをしっかり見つめ返す。彼はフッと肩から力を抜くと、今度は木綿花の脚に頭を乗せた。いわゆる膝枕というやつだ。木綿花は驚いて自然と身体に力が入る。


 「……唐突だね」

 「嫌だった?」

 「一言あってもいいと思うけど」

 「膝枕してください」

 「遅いよ。寝っ転がりながらいうことじゃないと思う」


 ツンと唇を尖らせると理仁がクハッと笑う。子どもみたいな笑顔に釣られて木綿花も笑った。


 「理仁くんは、何が一番よかった?」

 「……木綿花が美味しそうに食べていた顔、かな」

 「……」

 「めっちゃ幸せそうに食べるし、リスみたいに口ぱんぱんだし」

 「……」

 「あ、角煮マン食べている時の幸せそうな顔、見る?」

 「え、写真撮ってたの?!」

 「うん。この間の仕返し」


 理仁が思い出し笑いをしながらスマホに一枚の写真を表示させた。木綿花はギョッとして理仁のスマホを奪い取る。


 「わ、やだやだやだ。顔ぱんぱんすぎる」

 「かわいいじゃん」

 「消してよ、あ!」

 「やだね」


 スマホを奪い取られて理仁が笑いながらポケットにしまった。どうせならもっと可愛い顔を撮ってほしかった。自然と頬が膨らんでしまう。そんな木綿花を見て理仁が破顔した。


 「あとは名前で呼んでくれたこと。かわいい恰好をしてくれたこと」

 「なにが」

 「よかったこと」


 理仁の指先が木綿花の髪に触れる。下から見上げる眼差しが柔らかくて優しくて木綿花はふいっと目を逸らした。怒っていたのにそんなことすぐにどうでもよくなる。


 (……ずるい)


 「……一番じゃないじゃん」

 「同列。ってか”全部”って言った人に言われたくないけど」

 「……! そ、そうかもしれないけど」

 

 理仁がそうだ、と身体を起こす。鞄の中から手のひらサイズの紙袋を取り出した。可愛らしいリボンと金色のシールが貼られている。


 「一ヶ月遅れたけれど、誕生日おめでとう」


 木綿花の誕生日は8/10。ちょうど夏休み中で、理仁とこんな関係になる前のことだ。まさか彼がわざわざプレゼントを準備してくれるなんて思わなかった。


 「あ、ありがとう! 開けてもいい?」

 「いいよ」

 「……わぁ、かわいいっ……!」

 

 プレゼントはヘアアクセサリーだった。ビーズのヘアゴムや刺繍とパールのヘアピン、花のヘアクリップ。どれもシンプルで使いやすそうだ。


 「ほんとうにいいの?」

 「うん。木綿花に似合うと思って。……横向いて」

 「う、うん」


 理仁はヘアクリップを手に取ると、木綿花の耳の上からそっとクリップを滑らせた。木綿花はドキドキしながら指示に従う。


 「こっち見て」

 

 声がやけに近い。息遣いまで聞こえてきそうな距離に木綿花は張り詰めた空気に落ち着かなさを感じながら理仁と目を合わせた。彼は木綿花の顔を見ると、目元を和らげる。形のよい二重の目尻に細く長い皺を作った。


 「よく似合ってる」

 「……あ、ありがとう」

 「うん。このぐらいなら学校で使える?」

 

 理仁が指したのは、ビーズのついたヘアゴムだ。たしかにこれぐらいなら学校につけていける。


 「……使えるけど」

 「けど?」

 「……もったいないくて使えないよ」


 失くしたくない。壊したくない。理仁にもらった初めてのプレゼントだから大事にしておきたかった。


 「使ってるところ見せてくれないの?」

 「……じゃあ、ときどき使う」

 「うん」


 理仁が嬉しそうに頷く。木綿花は他のアクセサリーを袋に戻し、しっかりと鞄のチャックを閉めた。彼の誕生日は11月だ。まだ二ヶ月以上先だけど、今からしっかり考えておきたい。


 「理仁くんの誕生日は、全力でお祝いするね」


 木綿花は手を握りしめた。気合い十分の木綿花を見て理仁が目を細める。


 「楽しみにしてる」

 「うん! あ、欲しいものがあれば早めに教えてくれると助かるかも」


 理仁の家はお金持ちだし、欲しいものは自分で買うだろう。

 欲しくないものを渡されても迷惑だろうし、先にリクエストを聞いておくのも手だ。それに何が欲しいのかわからない。


 「……欲しいものか」

 「うん」

 「……その日は一緒に夜ご飯食べてくれる?」

 「え、そんなことでいいの?」

 「……うん」


 理仁は一拍置いて希望を口にした。驚いて目を瞬くと寂しげに視線を落とす。彼はあまり家族の話をしないが、いつもひとりで食事をしていることは知っていた。もしかすると誕生日も今までずっとひとりだったのだろうか。


 「じゃ、じゃあ、うちでパーティーしよう!」

 「……そこまで大袈裟じゃなくても」

 「ううん。 たぶんお母さんが張り切ると思うし。麻ちゃんも絃くんも今度はいつくるんだって言ってるから」


 流れだったとはいえ、理仁が夕食を食べに来て以降、すっかり家族の中で理仁は話題の中心人物だった。その日、会えなかった父は「木綿花に彼氏……」と落ち込んでいたけれど「今度はパパのいる時に呼んでくれ」とも言っていた。


 他の家は知らないが、織原家では誕生日は盛大にお祝いする。豪華なプレゼントというよりは、母が子どもたちの好きな食事をたくさん作ってくれるのだ。木綿花も16歳の誕生日を無事に迎えたことを大好物と共に祝ってもらった。


 理仁のいう大袈裟な、という言葉の意味もわかる。だけど、16年健康で元気に生きてこれた幸せを、家族と過ごせる喜びを実感する日だ。この日がなければ、今がないのだから。


 「というか、普通にご飯食べに来てくれていいよ」

 「……え?」

 「もことこてつも待ってるし」


 今度は理仁が目をぱちぱちさせる。


 「あ、じゃあ。今度お弁当作る? 毎日は無理だけど、えっと週一ぐらいなら!」


 いつもなら小気味良い会話が続くのに、今の理仁は歯切れが悪い。というか言葉が出てこなかった。木綿花は別の提案をしながら、どうしたら彼が喜んでくれるのだろうかと必死に考える。ややあって理仁がくしゃっと相好崩した。


 「……うん、嬉しい」

 「……! うん!」

 「いいの? 負担になるよ?」

 「全然! 週に一回ぐらいなら大丈夫! でも難しい時は難しいって言うね」


 理仁が頼ってくれたことが嬉しい。甘えてくれたことが嬉しかった。

 木綿花は満面の笑みで頷くと、窓の外を見る。


 観覧車はいつの間にかてっぺんを過ぎており、地上に向かってゆっくりと落ちていった。

 

 

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