02:上書き保存
ーーーー俺に恋を教えてよ。
縋るような眼差しに思わず頷いてしまった。
***
翌日、学校に行くと理仁の言う通り噂が広がっていた。彼女たちに「付き合っている」と明言していないにも関わらず、理仁が思わせぶりな発言をしたせいである。
その時は仕方なく受け入れた木綿花だが、やっぱり時間が経てば経つほどおかしいと思い始めた。世の中には付き合って育む愛もあると知っているが、気持ちがないのに付き合うのは申し訳ないと思うのが木綿花の心である。
(それに教えるって言われても……)
木綿花だってそれほど”恋”を知っているわけじゃない。拙くて幼いどうしようもない青い恋しか知らなかった。それも実らなかった恋だ。どうしたら彼に選んでもらえたのか、今になっても答えはわからない。ネットでそれとなく調べてみたものの、“恋”と言うのはいろんな始まり方があるし終わり方があるのだ。だから、木綿花が偉そうに教えられることなど何もないのに。
「うーん、本当にわたしでいいのかな」
「本人がいいって言うならいいんじゃない? 身を守るためにも」
「右に同じ」
とは美結と果乃実だ。二人には昨日、理仁と付き合い始めたことやその成り行きを伝えていた。
そもそもなぜ、あの場に理仁がいたのかと言えば、二人が食堂でラーメンを啜っていた理仁に告げ口をしたからだ。自分のせいで木綿花が上級生に呼び出されたと知った彼が、食べかけのラーメンを放置して走り回ってくれたらしい。
そして理仁はあの後、担任を通じて上級生にしっかりと抗議した。木綿花も担任に呼び出され、上級生に呼び出された際に一緒にいた美結と果乃実も話を聞かれたようだ。二人はあっさりと解放されたが、木綿花は理仁と放課後上級生たちとその担任と生活指導教員も交えて話した。
木綿花は上級生たちが「心から反省しているならそれで」とすぐに許したが、理仁はこの際だからと色々とぶちまけていた。彼女たちに対して鬱憤があったり他にも余罪があったようだ。
普段静かな人がキレると怖いと聞くけれどきっとこのことだろうなと密かに思った木綿花である。彼は淡々と理詰めで逃げ口を塞ぐタイプのようなので、先生まで顔が引き攣っていた。
「でもさ、白雪の噂だったら、なんでもすぐに広がるじゃん? 付き合っているのが勘違いだって言えば、それもすぐに伝わるんじゃ」
「……そう、かも」
お弁当を食べながら、果乃実が当然のように言う。木綿花は今更ながらその事実に気づき、雷を打たれたように固まった。美結は気づいていたようだが、面白いので言わなかったらしい。
「い、言ってよ!」
「だってぇ〜。白雪がもめを選ぶ時点で見どころがあるし」
「わかる。案外しっくりきたよ」
「こないよ!」
お箸を持ったままピシッと人差し指を立てた果乃実に思わず木綿花はツッコミを入れた。しっくりって何がしっくりだと木綿花は不貞腐れながらご飯を口に入れる。
「あー、そこ選んじゃうんだ。って思うよね」
「うん。で、納得した」
「しないよ」
「するよ。だってもめの傍は居心地いいんだもーん」
美結がさも当然のように言う。果乃実もうんうんと頷いた。
「そ、それは美結ちゃんと果乃ちゃんだし」
「もめは人の悪口を言わないし、噂どうこうって騒がないでしょ? 見たままの事実だけを見て受け入れるし、それが白雪にとって居心地よかったんじゃない?」
「結局は安心だよね。一緒にいて安心できなきゃ心が落ち着かないし」
「そうそう。その点もめといると、溶けるというか」
「溶けるって」
ーー織原さんなら自分の理想を押し付けてきたり、距離感を間違えたりしないだろうな思っていたし、今の話を聞いて間違ってないと確信した。
木綿花にはそんな経験がない。ただ、想像でしかないが、自分の理想とは違ったと言って離れていかれるのは悲しいと思う。理仁にも心があり、彼にとって、それがとても重要なことだと改めて理解した。
「……でも、やっぱりもう一回話してみる」
「うん。何度も話し合えばいいんじゃない?」
「そうそう。付き合って(仮)いるんだし」
木綿花は茶化しにくる二人に目を吊り上げると、ポケットからスマホを取り出して理仁にメッセージを打った。
「勘違いって言えば、すぐに噂は広まるんだと思うけど」
「そうすると、もっと蜂の巣状態になるかもよ? いいの?」
「……よくないけど」
「そんなに俺と付き合うのは嫌?」
「嫌ってわけじゃ……。ただ、お互い気持ちもないのにって」
その日の放課後。木綿花は理仁と先日訪れたカフェで向かい合って座っていた。木綿花はケーキセットを、理仁はピザトーストを注文する。
「……それにわたしが白雪くんの彼女じゃあやっぱり釣り合わないよ。周りも納得しないし」
一番の理由がこれだった。校舎を歩けば動物園のパンダのごとくジロジロと見られるのだ。その視線には「これが白雪の女?」と不信感が込められている。
ビジュアルもスペックも釣り合わないと自分でも分かっていた。だからその視線が居た堪れない。なんかすみません、と思ってしまうのだ。
これがもし、本当に好きな人ならまだいい。だけどそうではないから余計に心苦しい。本気で彼を好きな女の子たちにも申し訳ないと思う。
「……それに、白雪くんだって”趣味が悪い”って言われているよ」
「言わせておけばいいよ、そんなの」
「でも……」
「もう一度言うね。木綿花はかわいい」
「……っ」
「かわいいよ」
理仁がしっかりと木綿花の目を見て言った。木綿花は瞳を大きく揺らし頬を赤くする。どう返せばいいのかわからず、俯いていると理仁が静かに口を開いた。
「高校のオープンスクールのこと覚えてる?」
彼のいう、オープンスクールとは高校の入学説明会のことだ。昨年の秋に開催された。木綿花も参加したが、なぜその話を? と思いつつ困惑げに頷く。
「二人で参加していたでしょ? 彼のこと好きだった?」
「え?」
「あれ、違う?」
図星を突かれて木綿花は顔を赤くした。何も答えていないけれどその表情が答えだと理仁が笑う。
木綿花は藤倉高校の説明会に当時片想いしていた甲斐悠人を誘って参加した。彼は藤倉に入学するつもりはなかったが、仲のいい先輩が藤倉のサッカー部に所属しているので、彼らの練習風景を見たいとついて来てくれた。
「彼を見ている織原さんはとても可愛かった」
木綿花は居た堪れなくて俯いた。第三者から見てもわかりやすく好意を漏らしていたらしい。恥ずかしい。恥ずかしすぎて木綿花は思わず両手で顔を覆った。
「理由、わかった?」
「……あ、……え?」
「たしかにきっかけは王様ゲームだったけど、もし相手が他の人だったら、例えば、柏木さんでも西原さんでも、俺はこんな提案をしない」
理仁は直言を避けたけれどそれは暗に”木綿花だから”と言っているようなものだ。木綿花は真っ直ぐに向けられる視線を受け止めてグッと奥歯を噛み締めた。
「そ、そんなにわかりやすかった?」
「少なくとも俺はわかったよ。この子は彼のことが好きなんだなって」
理仁はピザトーストをナイフとフォークで分けながら小さく笑った。
まさかそんな姿を彼に見られているとは知らず、木綿花は顔から火を噴きそうだった。
「ちなみにその彼は同じ高校じゃないんだね」
「あ、うん。南沢高校に」
「もしかしてスポーツ推薦?」
「どうしてわかったの?」
南沢高校は部活に力を入れている県内でも屈指の強豪校だ。甲斐はサッカーをしており、卒業生の中にはプロ選手になった人もいる。甲斐も将来日の丸を背負う選手になりたいと目標を掲げていた。
「南沢は七割がスポーツ推薦で入学するからね」
「そうなんだ」
「ちなみに俺も誘われたよ。外部受験するってどこから聞きつけたのか知らないけど。たぶん顧問の先生が漏らしたのかな」
「え、白雪くんもサッカーしてたの?」
「うん、中学までだけどね。翠学は幼稚舎からずっと同じメンバーだからチームワークは抜群によくて、そこそこいいところまで行ったんだ。それで話があったみたい。でも俺はプロの選手になりたいわけじゃないから断ったけど」
サク、サクとナイフが食パンを切る音がする。木綿花はフォークを持ったまま、呆然と理仁を見つめた。体力測定で彼が運動部並みの成績を残していると聞いたことはあったけれど、まさかそこまでとは思わなかった。
「あ、もしかしてまだ彼のことが好きで誤解されたくなかった? だったら悪いことしたよね」
理仁は今更ながらそのことに思い至ったようにナイフを持つ手を止めた。申し訳なさそうに眉をへにょりと下げる。木綿花は苦い笑みを浮かべて首を横にふった。
「……ううん。彼には振られたの。それに彼女ができたって」
「告白したの?」
「うん」
純粋に驚かれて今度は木綿花が眉尻を下げた。彼が何を思っているかわからないけれど、隠す必要はないことだ。傷はまだ塞がっていないけれど、それでももう過去のことだ。木綿花は甲斐と交わることのない運命だったのだと思うようにしている。
「……だったら、尚更上書きすればいいよ」
「上書き?」
「そ。俺で上書きすればいい」
目の前にふわっと風が吹き抜ける。色素の薄い理仁の髪がさらりと揺れた。
カフェの扉が開き「ありがとうございましたー」と店員の朗らかな声が遠くで聞こえる。理仁は木綿花と目を合わせると口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「話を戻すけど、周囲があれこれ言うのは、彼女たちが期待した人と俺が付き合わなかったからだよ。それも勝手な理想の押し付けだよね。わかる?」
「……っ」
「周りが何を言おうと気にしなくていい。俺が木綿花がいいって言うんだからそれでいいよ。木綿花は周りに惑わされないで俺だけ見てて」
真剣な声が木綿花を窘める。逃げることも許されない視線に木綿花は息を飲んだ。眼差しはどこか冷めているのに、瞳は燃えるように熱い。
「そうしてくれると俺も守りやすいんだけど」
「……っ」
「でも木綿花に譲れないものがあって、俺とは付き合えないというなら諦める。強制するわけにはいかないしね」
サクサクと切ったピザトーストを理仁が頬張った。もぐもぐと咀嚼しながら視線だけで判断を促す。木綿花は少し悩んで持っていたフォークをお皿の上に置いた。
「……王様ゲームで相手が誰でもいいってわけじゃなかったんだよね?」
「うん。木綿花だから言ってる」
好きな人には選ばれなかった。特別な人になれなかった。だけど、もしかすると今度は彼の特別になれるかもしれない。
「……よろしくお願いします」
「こちらこそ」
差し出された手は木綿花の手より一回り以上大きく指が長かった。骨っぽいその手に手を伸ばすと優しく掴まれる。ただの握手なのに妙にドキドキして、手汗が気になって仕方なかった。
「どうせなら、改めて自己紹介しようか」
食事を終えてオレンジジュースをストローで啜っていると理仁がそんな提案をしてきた。木綿花は口の中に入れたものを飲み込んでひとつ頷く。
「そうだね。あまりお互いを知らないと思うし」
つい最近彼を敵に回してはいけないことだと理解はしたが、他にも地雷はありそうだ。彼と付き合っていくうえで大切な情報は把握しておきたい。
「じゃあ、俺から」
理仁はグラスを置くと姿勢を正した。木綿花もつられて背筋を伸ばす。そんな木綿花を見て彼は目を細めると自分のことを教えてくれた。
「白雪理仁、15歳。11/18生まれ。蠍座のB型。翠宝学院出身。家族構成は両親、兄弟はなし。得意科目は数学と英語。他に何か聞きたいことはある?」
そう尋ねられて、木綿花は「ない」と言いかけて止まった。
(……そういえば、もう2年生の授業を受けているって言ってたけど)
理仁の父親は経営者だ。単純に考えて彼が跡を継ぐのだろう。だからそれほど早く受験勉強をするのだろうか。興味本位と好奇心で尋ねてみた。
「将来の夢はあったりする? あ、えっと早くから受験勉強に専念するから難関大学とか医学部とか狙っているのかなって」
「あるよ」
「そ、そうなんだ」
「建築士になりたいんだ」
「けんちくし」
予想とは斜め上の答えに木綿花は驚いた。理仁も木綿花が驚いた様子を見て小さく笑う。
「芸能か経営か思ってた?」
「あ、うん。あ、でも芸能は考えなかった。興味があったらもう仕事していると思うし」
芸能に興味があれば、もっと早くから、それこそ子役やキッズモデルでもやるだろう。理仁がそれをしなかったということはそれに興味がなかったということだ。
「建築士かぁ。意外かも。弁護士とか向いてそうなのに」
「どうして?」
「こう、淡々と敵を追い詰めるイメージだから」
「なにそれ」
理仁がへにょりと眉を下げる。その顔は年頃の男の子のような無邪気さだった。
「じゃあ建築学科のある大学を目指すの?」
「うん」
第一志望は京都にある名門国立大学だった。どうして京都なのか尋ねると、彼自身歴史的な建造物に興味があるからだという。
「それに、師事したい教授がいるんだ」
「へー、すごいね」
理仁は目に光を宿して生き生きと語った。大学生のうちに、海外を回っていろんな建築物を見て回りたいのだと。
「じゃあ、次聞いてもいい?」
「あ、うん」
木綿花はひとつ深呼吸すると、緊張を滲ませながら口を開く。
「織原木綿花、16歳。8/10生まれ。獅子座のO型。藤倉西中出身。家族構成は両親、兄・姉、犬が二匹。得意科目は現国。将来の夢も志望校も未定」
質問があればどうぞ、といえば早速理仁が手を挙げた。
「はい、質問。その彼のどこが好きだったの?」
「ゴホッコホッ」
理仁は頬杖をついたまま綺麗な笑顔を浮かべていた。自己紹介に全く関係なくて驚く。
「え、えぇえっ。そこ聞くの? 自己紹介に関係ないじゃん」
「関係あるよ。だって上書きするんでしょ? 実際に好きになった彼と共通点があればいいってことだよね?」
(え、そんな問題なの?)
木綿花は思わずぽかんとしてしまった。彼曰く、彼の惹かれた部分を自分の側面にできれば自分を好きになるんじゃないか……ということらしい。
「ねぇ、聞いてる?」
「え、あ、うん」
「聞いてなかったでしょ」
木綿花はそっと目を逸らす。理仁がわかりやすく表情を変えた。
「ふーん。ちなみに彼とはどれぐらいの頻度で連絡とってたの?」
「……毎日?」
「まいにち? 付き合ってもないのに?」
「あー、えっと。グループでのやりとりとかもあったし、あとは無料通話を繋ぎっぱなしとか」
「意味わからない」
「……好きな人とは繋がってたいもん」
木綿花が剥れる。理仁は一瞬真顔になると作り物の綺麗な笑みを浮かべた。
「わかった。だったらこれから毎日連絡する。ずっと通話を繋いでおくのは難しいかもしれないけどできないことはない、と思う」
「え、別に白雪くんと、あ」
木綿花ははくっと口元を両手で隠す。理仁はスッと目を眇めた。
「その彼のどこを好きになったのか参考に教えてくれる?」
***
『『あーっははははっ』』
その日の夜、 美結と果乃実とビデオ通話を繋げて一部始終を報告すると二人に大笑いされてしまった。木綿花の脚を枕にして寝ていたビション・フリーゼのもこがチラリと片目で木綿花の顔を窺う。そのもこの頭を撫でながら木綿花は唇を尖らせた。
「笑い事じゃないんだけど」
『だって〜。白雪が思っていた以上にポンコツで』
『もう少しスマートなのかと思えば……ふふふ』
結局「いきなり毎日連絡を取り合うのは大変だから、徐々に増やしていこう」というところで落ち着いた。そこが落とし所だったとでもいう。
木綿花は別に連絡の数を増やす必要はないと思っていた。理仁は予備校に忙しそうだし、将来を見据えて頑張らないといけない。だけど、落とし所を見つけないと理仁は本当に毎日連絡してきそうだ。なぜか甲斐に張り合おうとするし、意味がわからない。
『白雪って案外本気でもめのこと好きなんじゃない?』
「そ、そんなことはないと思うけど」
『あると思うけどなぁ。もめも満更でもないんでしょ?』
「……う、うん」
そりゃ誰だって理仁に面と向かって「かわいい」なんて言われたら照れるし嬉しくもある。ちょっとぐらい鼻が伸びても仕方ない。お世辞だとわかっていてもだ。
オープンスクールの話を持ち出された時はとても恥ずかしかったけれど、理仁の中で良いように記憶に残っていた。それに、誰でもいいわけではない。ちゃんと「木綿花でないとだめ」という理由があったので、嬉しくて思わず頷いてしまったのだ。
(あとはまぁ、彼に乗せられたというか……)
あれだけグイグイきてたのに理仁はあっさりと逃げ道を示してくれた。何を言っても引かないと見せかけていたのに最後はちゃんと木綿花に選ばせてくれた。だけど急に引かれてしまうと惜しいと思ってしまったのだ。
(甲斐の特別になりたかった。だけど、それが無理だから白雪くんっていうのはちょっとずるいかな)
彼も困っているのだ。これはお互いWin-Winの関係だと自分に言い聞かせる。木綿花で抑止力になるのかわからないけど、彼は”守る”と言ってくれたしあとは身を任せるしかない。
『ちなみにその甲斐クンだっけ? もめはどこを好きになったの?』
『サッカーしてるところがかっこよかったんだよね?』
「ち、違うよ。まあ、きっかけはそうだったかもしれないけれど」
甲斐はいつもクラスの輪の中心にいるムードメーカー的な存在だった。明るくて友人思いで、楽しいことが好きな男子生徒。いつもバカなことばかりしているけれど、サッカーをしている時だけはすごく真剣だった。その時のギャップにやられた、というのが正解だ。
「もともと会話のテンポとかも合ってたし、笑いのツボとか……」
『笑いのツボか』
『白雪あんま笑わなさそうだもんね』
いや、意外と笑っているところを見ている気がする。でもそれを二人に伝えるのはやめておいた。
『でもそれを言ったら……っふふ』
『サッカーするとか言い出しそう』
「……」
二人には言っていなかったけど、理仁は半ば投げやりに「じゃあサッカーすればいい?」と言っていた気がする。木綿花はもう理仁についていけなくて放心してしまっていたけれど。
(恋を教えるのって難しい……)
『そもそももめの好みのタイプって白雪じゃないもんね』
木綿花の好みを知っている美結が呆れたように笑う。
好きなタイプと問われると、シンプルに”赤い人”だった。戦隊モノの赤。アイドルでも圧倒的センターの赤。それは男女問わず赤い人に惹かれてしまう。
そして甲斐はクラスでも学年でも圧倒的に”赤い人”だった。
『ねぇ、今度白雪にタイプの発表してよ』
「しないよ」
『どんな顔するか見たいけどね〜』
木綿花の好きなタイプを知っている二人が悪い顔をする。木綿花は肩を落とすと勝手に盛り上がる二人に呆れた目を向けた。
***
「席替えするから、くじを引けよ〜」
昼休みの予玲が鳴り、教室に戻ってくると担任の中原が黒板に板書をしながら、教室に戻ってきた生徒たちにそう告げた。ちなみに午後一は古文の時間だ。中原は流れるような文字を書きながら眠そうにあくびをする。
(中原先生って外見と文字が合ってないよね)
三十代半ばの彼は言葉はぶっきらぼうだし基本的に大雑把だ。融通は効くが、悪くいえば緩いとも言える。だけど文字はとても綺麗だ。文字は人を表すというけれど、いまいち解せない。
「席替えだって! やった!」
「今の席気に入ってたのになぁ」
喜んでいるのは美結で残念そうに言うのは果乃実だ。木綿花はどちらでもよかった。今の席は窓側から三列目、後ろから二番目だ。まあまあいいと思っているが、微妙に日差しが強い。できれば廊下側の端がよかった。
(端っここい、端っこ……!)
黒板にはすでに番号が付られた席順を示されたプリントが貼り付けられていた。中には席を交換してもらえるように頼んでいる人がいる。その辺りは先生も我関せず、でどうぞ好きにしろと言う感じだ。
木綿花は王様ゲームの時より気合を入れてくじを引く。すると思いが届いたのか、廊下側の前から三番目だった。
(やった! 端っこ……!)
木綿花がガッツポーズする横で美結が項垂れている。果乃実も微妙そうな顔だ。彼女たちをそっと横目にして、木綿花はいそいそと席を移動させた。
(端っこってやっぱり落ち着くよね)
教室内で交通渋滞が起きているが、間を縫うようにして移動した木綿花は着席し、早速ノートと教科書を取り出した。ちらほらと着席する生徒が増える中、ふと「理仁はどこだろう?」と気になる。
すると、交通渋滞を避けるように遠回りした彼は、木綿花を見つけるとにこりと笑みを浮かべた。
(……え、なに)
木綿花もつられて笑みを返したけれど、彼はこちらに向かって移動してくる。教室の扉から近いと呼び出されやすいので席替えのたびになるべく教室の端になるように友人たちに交渉していると聞いたことがあるが、果たして。
「織原さん、よろしく」
「あ、うん」
理仁は涼しい顔で木綿花の隣に着席するとノートと教科書を取り出した。どうやら彼は木綿花の隣の席らしく、内心で戸惑う。
(……え、隣なの)
隣を気にしつつも、木綿花は板書をノートに写す。すると、まだ中原が背中を向けているのをいいことに、理仁はルーズリーフを折りたたむと堂々と木綿花にその紙を渡してきた。
『赤い人が好みってどういうこと?』
そのメモを読んだ木綿花は思わず美結と果乃実を探す。すでに新しい席に着いていた彼女たちはチラリとこちらを見て笑いを堪えるように俯いた。