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09:知りたい



ーー 気がつくといつも彼の後ろ姿を見ていた。振り向いてくれないかな、と少し期待しながら。




***


 

「ということで、文化祭の出し物は“映画館”に決定〜!!」


 中間テストが終わり、LHR(ロングホームルーム)で来月に開催される文化祭の出し物を協議した。藤校の文化祭は例年三年生に出し物の優先権があり、飲食店は大体上級生が行うことになる。

 飲食店枠を一年時から取りに行くのはもはや無謀だという意見が多かったので色々と意見を出し合った結果「映画館」となった。


 学校の映写機を借りるつもりだったが、映画好きのクラスメイトでこだわりのものを持っていたり、バンドをしている子がスピーカー等を提供してくれるというので、意外と本格的な映画館になりそうだ。


 場所は小体育館。校舎の敷地外でも奥まった場所にあり、メインから外れてしまうが文化祭ではほとんど使われないので、取り合いにもならないだろうと先生から助言もあった。


 「収容人数と、料金だな」

 「チケットも作ろうよ」

 「上映スケジュールも必要よね!」


 みんな初めての文化祭なので、気合い十分だ。意外なことにこの意見を出したのが、理仁だというところもクラスメイトたちは感動していた。


 「それにしても映画館か。理由が白雪っぽいよね」

 「うん。でもそれでみんな頷いちゃうのがすごいと思う」


 理仁がこの意見を出した時。


 ①初めての文化祭なので、みんなたくさん見て回りたいと思うから当番の人は少ないほうがいい。


 ②みんな部活や塾など忙しいので、準備は効率よくかつ手のかからないものがいい


 ③しかし、打ち上げ等を考えるとある程度売り上げが必要。よってコスパよく稼げる出し物として映画館を提案します。


 一番前の席で淡々と薄ら笑顔で述べる彼に文化祭実行員の二人が若干顔を引き攣らせていたけれど、それはスルーだ。


 おまけに「仮に一人500円として……」と具体的な数字で電卓を叩いてしまったので、クラスメイト全員がその気になってしまったのだ。


 「あ、美結ちゃん。明日、九時半に駅でいい?」

 「うん。いいよ! すごく楽しみ!」


 明日は以前言っていたショッピングデーだ。

 テストが無事終わったので、美結と果乃実と洋服を買いに行く。


 「でも、よかった? ちょっと遠くなっちゃうけど」

 「全然! むしろすごくワクワクしてる。都内なんてなかなか行かないし」

 「そうだよね」

 「明日なに着ようかな〜」


 いつもなら横浜まで出れば十分だ。近くにアウトレットもあるので都内まで行くことはほとんどない。だけど木綿花が美結と果乃実に相談して、都内に行くことになった。


 (着いたら先にランチして。それで……かわいい服を買う)


 木綿花は小さく闘志を燃やし、鼻息荒く意気込んだ。

 

 


 その週末、朝の九時半に駅で待ち合わせた三人は、電車に乗って都心に向かった。目指すは渋谷だ。女子高生の憧れの地らしい。

 

 木綿花自身はあまり渋谷に憧れはないが、理仁が通っている予備校が渋谷にあると聞いているので、どんな場所か見てみたかった。何度か駅で降りたことはあるが、改めて街を歩くと人も物も多くて溢れている。


 電車は2〜3分に一度くるし、有名なスクランブル交差点は歩行者天国になっている。外国人旅行客も多く、非常にごみごみしていた。


 (理仁くんは毎日この駅で降りるんだ……。大変そう)


 てっぺんが見えないビルを見上げて木綿花はしみじみと思う。

 彼が予備校の授業がなくても、基本的に学校が終わると自習室に行くらしい。家で勉強しても自習室で勉強しても変わらないので、だったら質問できるーーかつ、緊張感のある場所で勉強する方がいいと言っていた。


 「白雪今日は予備校?」

 「うん。この間の模試の答え合わせとかするんだって」

 「大変だね。この間高校に入学したばかりなのにもう大学入試って」

 

 この街のどこかの予備校に理仁がいるのだと思うと少し嬉しくなる。予備校名を聞いてはいないけれど、今同じ街にいるのだと後で連絡してみよう。


 「もうお腹すいた」

 「わかる」

 「先にランチにする?」

 「賛成!」

 「混むと座れないもんね」


 ランチは予約ありの店に入れるほどの財力はないので、なんとなく気になった店に入ることにした。あらかじめチェックしていた店のHPを開く。


 「美結ちゃんパスタ食べたいって言ってたよね」

 「うん。でも、なんでもいいよ」

 「一応パスタの美味しいお店調べてきたよ」

 「さすがもめ」

 「準備万端だね」

 「うちらじゃこうはいかないね」

 「うん。いつも行き当たりばったり」


 それはそれで楽しいと思うけど、今日はせっかく遠出をしたので時間を無駄にしたくない。木綿花は自分が誘ったのだから、と率先してプランを立てた。


 (帰りは六時の電車に乗りたい。じゃないと八時には帰れないし)


 美結の門限が午後八時だ。あってないようなものだと言うが、あまり遅いと親御さんも心配する。西原家は部活で遅くなることも多いので門限はないらしい。だけど、都心に遊びに行くと言うと心配されたと言っていたので、やっぱり早めに帰した方がいいだろう。


 「あ、ここよさそう」

 「うん、いいね」

 「じゃあ、ここにしようか。えーっと、こっちかな」


 地図を見ながら店に向かう。三人であっちだここだ、と言いながら歩いていると店にはすぐに到着した。


 

 ***


 (……さっきのワンピースは可愛いけど、着回しできない。だったら着回しできるスカートの方が……)


 食事を終え、ファッションビルに向かった三人は上から順にショップを巡った。目的はデート服を買いに来たのだが、どうしても着回しを重視してしまう。特別な日の1枚より日常の1枚の方が出番はあるのだ。


 (……それに部屋着も見たいし)


 木綿花は頭の中で今持っている洋服と組み合わせを考える。どう考えてもワンピースよりスカートの方が使い勝手がいい。しかもこのスカートは薄すぎず分厚くもない。冬場はタイツを履けば室内でも十分活用できた。


 (……うーん、迷うなぁ。でも、あのワンピースはやっぱり可愛かった。出番は少ないかも知れないけど、一枚あると安心するかも)


 「わー、これかわいい!」

 「こういうの一枚あると気回せるよね」

 「うん。ねえ、三人でお揃いにしようよ」

 「えー、わたしにはちょっと可愛すぎるからパス」


 美結はすでに両肩に紙袋を背負い、果乃実も小さな紙袋を持っていた。木綿花だけが色々と考えすぎてなかなか購入に至っていない。とりあえずすべて見て(気になるショップはチェック済み)から取捨選択する。


 「果乃実のけち」

 「おそろがいいなら普通のTシャツにしようよ」

 「じゃあ普通のTシャツにする」

 「あ、もめはどう思う?」

 「え? あ、ごめん聞いてなかった」


 果乃実に声をかけられてハッとする。美結から「お揃いのTシャツ揃えない?」と言われて言葉に詰まった。


 「……あ、えーっと、ほしいけど予算が……。さっきのワンピースが可愛くて」


 買い物に行くと言えば、絃と麻葉がお金を足してくれた。先ほどのワンピースはいつもの木綿花なら金額の時点で諦めているがせっかく麻葉が背中を押してくれたので、やはり買おうと思う。


 「あれ、似合ってたもんね。ちょっと高かかったけど」

 「うん。財布が許すならあれは買うべきだよ」


 うんうんと美結と果乃実が同意する。


 「じゃあ今度にしよう」

 「ってか、もめはデート服買いに来たんだよ。そっちに専念しないと。わたしたちのことは気にしなくていいから」


 果乃実と美結があっさりと引いてくれてホッとした。


 「もめどうする? 買いに行く?」

 「一旦全部見てでいいよ」

 「じゃあ回ろうか」


 三人はビルを上から下まで巡ると、木綿花はその後狙っていた服を買いに店に戻った。



 ***

 


 「はー、もういっぱい歩いた。もう無理歩けない」

 「ちょっと疲れたね。休憩しよっか」

 「どこか空いているカフェあるかな。この時間だと混んでるかも…」

 

 お目当てのものを購入した後は少し休憩しようとカフェに入ることになった。可愛い部屋着もゲットで来たので木綿花は満足だ。その際一悶着あったのだが、それは割愛する。


 「あ、この奥にカフェがあるって」

 「行ってみようか」

 「うん」


 「渋谷 カフェ」で検索するとたくさん出てくる。現在地から近い場所にある一息つける場所を探した。1軒目は席がなかったが、2軒目は席が確保できそうだった。


 「空いてそうだよ」

 「奥行こう、奥」


 チェーン店のカフェだが、落ち着いた店内は座席が広くゆったりと座れそうだった。小柄な木綿花と美結が並んで座り、果乃実の席の隣に荷物を置かせてもらう。


 「ケーキがある。パフェも」

 「ホットケーキだって。メニュー見てるとお腹空いてきたね」

 「ケーキセットで、チーズケーキとアイスティーにする」

 「果乃実早っ」

 「美結ちゃんは?」

 「……いちごパフェ」

 「もめは?」

 「わたしもケーキセット。ショートケーキとオレンジジュース」


 注文を終えると商品が来るまで三人は学校のことや部活のこと、購入した商品について話した。学校でもいつも一緒にいるし、今日も朝から一緒にいるがまったく話題は尽きない。そのうちテーブルには続々とケーキやパフェが並べられて三人同時に手を合わせ、パクリと糖分を補給した。


 「うーん、美味しい! 最高!」

 「もめ、結構買ったよね」

 「うん。久しぶりにこんなに買った」

 「すごく満足そう」

 「うん、満足」


 木綿花の顔は今達成感に溢れている。ぺかーっと輝いているのは、目的のものが買えた喜びからだ。


 「今度は下着買いにこないとね」

 「え、う、うん。まだちょっと早いと思うけど……」


 木綿花の目が泳ぐ。先ほど部屋着を見に行った時に散々ふたりに勧められたのだ。

 

 可愛い下着を。


 理仁に見せてもいい、レースやフリルのついた可愛らしいデザインのものを。


 「でもさ、ぶっちゃけありでしょ?」


 美結が生クリームとアイスクリームをスプーンで器用に掬いながら尋ねてきた。果乃実まで美結の肩を持つ。


 「白雪に迫られてNoとは言えないよね。ましてや好きな人なら」

 「……でもそれは、お互い気持ちがある前提で」

 「「それは心配しなくていいと思う」」

 「そ、そんなことないよ」


 甲斐の時でさえダメだったのだ。周囲から「お似合いだ」とか「付き合っているの?」と結構誤解されたあの時でもダメだった。


 理仁は建前上彼氏ではあるけれど甲斐ほど濃密な時間を過ごしているわけではない。朝夕に「おはよう」「おやすみ」と連絡は来るし、律儀に毎晩電話をしてくれているが、朝も早いので電話をだらだらするわけでもなく、ちょっとしゃべってすぐにバイバイだ。


 木綿花からみると理仁は義務的にそうやってくれている気がする。無理にしなくてもいいと当初は思ったけれど、最近は無理にでもしてくれることが嬉しかった。それに異性からの告白も随分と減っていると聞く。いちいち全てを報告してくれるわけではないと思うけれど、校内でそれとなく一緒にいる時間(移動教室や食堂など)が増えたので周囲も様子見しているようだ。


 「……それに、仮に、仮にね。続いたとしても、大学は別々になるよ」


 甲斐の時は無駄に自信があった。この先もきっと彼と傍にいられると思い込んでいた。だけど理仁の時は初めから期日が決まっている。別れる前提で付き合うのはちょっと苦しい。


 「だったら、もめも関西の大学志望すれば?」

 「そしてたら大学生で同棲するの?! やだー、はれんち♡」

 

 果乃実の提案に目から鱗がボロボロと溢れた。美結は両頬を手で包んでグネグネしている。


 (……そっか、わたしが関西の大学に行けば)

 

 「もめはまだ何がしたいって決まっていないんだよね?」

 「うん」

 「もちろん、何をしたいかによるけど、そういう選び方もありなんじゃない?」

 「不純な動機万歳! 見張っとかないと白雪は超モテそうだし」

 「いや、案外引きこもって部屋で倒れてるかも」

 「……それ、すごく想像できる」


 理仁はとてもストイックだ。一人暮らしなんかさせて何かに没頭すると寝食を忘れてしまいそうだ。

 

 「だったら同棲? きゃー、早い!」

 「なんなら籍入れるとか言い出すかも」

 「意外と真面目だし、あるよね」

 「ないよ!」


 思わずつっこんだけれど、坂本とのやりとりをハタと思い出す。

 

 (え、ないよね? さすがにそれは。って、まだちゃんと付き合ってもないのにそんなの……)


 「……それに、理仁くんに“恋を教えて”って言われて、まだ何も教えてもないし」

 「それは自分で気づくよ、そのうち」

 「そうそう」

 「もめも気づいたじゃん」


 果乃実に言われて木綿花はグッと黙る。


 「それにそういうのは自分で気づかないと納得できないし」

 「……そうなの?」


 実はこの中で唯一交際経験があるのは果乃実だけだ。美結は人見知りなうえ男性に対して少し苦手意識がある。他人の恋愛は好きなので勝手にキャーキャー言っているが、自分には恋人も結婚も必要ないと断言していた。木綿花は片想いの経験はあれど、両想いの経験はない。交際に至った理由も保身から始まったものだ。それこそ動機が不純すぎる。


 「まだ学生だし、それほど深く考えなくていいと思うけどね」


 ちなみに果乃実は中学二年の時、男子バスケ部の先輩と交際していたんだそう。果乃実も好意を持っていたので、告白されて二つ返事でOKしたんだとか。


 (……そういう青春したかったな。甘酸っぱい感じの)


 果乃実が羨ましい。自分のことを振り返るとやっぱりちょっと違う感がどうしても拭えなかった。

 

 「そういえば、白雪に連絡したの?」

 「ううん。結局できてない」

 「「しなよ」」

 「え、ええ?!」


 話込んでいると意外と時間が経つのが早い。まもなく午後五時で、あと一時間以内に電車に乗るスケジューリングである。


 「あたしたちのことは気にしなくていいから」

 「でも」

 「もちろん、白雪と合流できたらだけど」

 「もめが送らないなら、代わりに送ってあげるけど?」


 果乃実がにこりと笑いながら手を差し出す。無言で「スマホ」と言われているように思えて木綿花は慌ててスマホを後に隠した。


 ***


 

 

Side理仁


 木綿花たちがショッピングを楽しんでいた頃、理仁は予備校の自習室にいた。先週行われた模試の答え合わせを終えて、間違えた問題を解き直しているところだ。授業では二年生の単元を進めており、学校やテストはいわば復習の機会。模試も特に事前に勉強することなく臨んだが、今回古文・漢文を落としてしまった。


 「(なぁ、ちょっと休憩しねえ?)」


 ポンと肩を叩かれて振り向くと翠宝高校に進学した早坂彰が立っていた。彼は親指を扉の方に向けたので、理仁は黙って席を立ち上がる。彼は幼稚舎からの理仁の友人で、中学まで同じ学校に通っていた。今は別々の高校に通っているが、予備校が同じなのでほとんど毎日顔を合わせている。

 

 「模試、総合何点だった?」


 階段でひとつ下にあるロビーに降りた。そこには自動販売機があったり、食事等ができるテーブルセットがある。自主室でのおしゃべりや飲食は禁止されているので、予備校生たちの休憩場所は必然とこの場所だ。


 「551」


 国語・数学は200点満点、英語は250点満点(筆記:200/リスニング50)の計650点。なんとかギリギリ八割確保できたが、古典・漢文はやはり痛かった。


 「さすが。ってか今回現代文むずかったよな」

 「そう? 現代文はなんとかなったけど、古文・漢文コケた」


 この令和の時代、過去の古い言葉を学ぶ意味はあるのだろうかと不思議に思う。読めなくても生きていける。過去の言葉なんて物好きだけ学べばいいのに、と理仁は嘆息した。


 「そういう彰はどうだったの?」

 「475。英語も最後マークシート塗るのズレたし国語が壊滅的」

 「それでも7割あるじゃん」

 「医学部志望なのに7割ってアウトだろ」


 早坂彰は苦笑する。彼の家は医者家系なので、彼も医者志望だ。金はあるので、偏差値の低い私学の医学部でも入れるだろうが、彼自身は意外と真面目に勉強している。


 「あー、ここにいた! もう探したよ」

 

 そこに垣内莉乃がぷりぷりとしながらロビーにやってきた。理仁と早坂を見て頬を膨らませる。


 「莉乃も喉乾いた。理仁奢って」

 「これ彰の奢り」

 「彰〜」

 「へいへい」


 莉乃が鼻歌を歌いながら自動販売機を眺めている。莉乃が見ていないところで彰に足を蹴られた。


 (お前、さらっと嘘つくなよ)

 

 当然理仁の飲み物は彰の奢りではない。だけど、莉乃はいつも理仁に「奢って」というので、理仁は辟易していた。彼女は「男がお金を出す」ことを当たり前と思っている。


 「……ん?」

 「彰、ごちそーさま♡ で、なんの話してたの?」

 「模試の話」

 「それ莉乃受けてないやつじゃん」


 ーー実は今、渋谷にいます


 理仁はポップアップ表示されたメッセージを見て目を丸くした。

 続いて「画像が送付されました」の文字を見てメッセージアプリを開く。


 有名な犬の銅像を前にして撮られた写真には、同じクラスの柏木美結と西原果乃実、そして(仮)恋人の木綿花が写っていた。


 『まだいる? どこ?』


 考えるまでもなく指先が動いた。シュシュっとフリップ入力した文字を送信するとすぐに既読がつく。


 ーー道玄坂あたり


 「チッ(反対側かよ)」

 「どうしたの、理仁」

 「ん。なんでも。彰ごちそうさま。俺戻るわ」


 理仁はすぐに席を立つと階段を一つ飛ばししながら自習室に戻った。急いで鞄の中に荷物を詰めて、自習室を出る。エレベーターのボタンを連打した。


 (こういう時に限ってエレベーター遅い)


 『今から行くから待ってて』


 ーー予備校でだよね? 無理しなくていいよ。


 (だったら連絡してくるなよ)


 理仁は天井を仰いだ。


 一応理仁は木綿花の彼氏だ。恋人に「今近くにいるよ」と言われて特段用がなければ「会おう」となるだろう、普通。


 (……会いたくて連絡してきたわけじゃないのか?)


 最近木綿花の心がわからない。少しずつ距離が縮まったと思っていた。彼女がやきもちを妬くぐらいには自分に好意を持ってくれていると喜んだ。だけど、席替えで席が離れたせいかもしれないが、明らかに会話が少なくなっている。


 理仁もまた今までのように思ったことをずけずけと言えなくて、木綿花の出方ばかり気にしてしまっていた。進路の話も躊躇ってしまうし、うまくフォローできない自分にも腹がたつ。


 (……会いたいって思うのは自分だけなのか)


 ちょうどテスト期間が重なったこともあり、週末に会う約束ができていなかった。来週、もしくは再来週あたりにどこかに出かけられたらと考えていたけれど、木綿花が自分と過ごしたいと思ってくれているのかわからない。


 「あれ、理仁もう帰るの?」

 「うん。ちょっと用事」

 「そっか。またな」

 

  階段から早坂と莉乃が上がってくる。二人は理仁がリュックを背負っているのを見て目を丸くしていた。いつもより随分と早い帰宅なので驚いたらしい。理仁は「じゃあ」と手を挙げると、エレベーターに乗り込みながら、木綿花にもう一度メッセージを送った。


 


Side木綿花


 「あ、白雪だ」

 「おーい。こっち」


 理仁に現在地を送って約15分。彼は眼鏡にリュックを背負ってカフェに入ってきた。普段の理仁も知的な印象を受けるが、それ以上にインテリジェンスさが増して木綿花は思わず息を呑む。


 「白雪目が悪かったんだ」

 「あ、うん。そう」


 目が悪いことは知っていたけど、眼鏡姿を見るのは初めてだ。美結は予め果乃実の隣に移動しており、理仁は木綿花の隣に自然と腰を下ろした。そして、たくさん並んだ紙袋を見て呆れたように肩を竦める。


 「え、今日買い物に来たの?」

 「うん、そう」

 「わざわざ渋谷まで?」


 横浜でも十分間に合うのに? と言葉にしない言葉が伝わって木綿花は思わず言葉を飲み込んでしまう。


 「白雪なんか今日感じ悪い」

 「そうだよ。せっかく木綿花が連絡したのに」

 「……だったら、もう少し教えてくれてもよかったと思うけど」


 理仁はアイスティーを頼むとむっすりとして隣を見る。木綿花はわたわたとして、「あー、えー」と言い訳を探した。


 「あまりもめを虐めるなよ、白雪〜」

 「たしかに渋谷に買い物に行こうと言い出したのはもめだけど、白雪に連絡しろって煽ったのはわたしたちだし」

 「もめは初めから遠慮してたんだよ。でも、白雪なら知らない方が怒るんじゃない?って言ったの」

 「そしたら、どうしてもっと早く教えてくれなかったんだって今怒ってる」


 にひひ、と果乃実と美結に笑われて理仁は罰が悪そうに目を逸らす。


 「じゃあ、あたしたちは退散しようか」

 「そうだね」

 「え、い、一緒に帰るよね?」

 「どうかな? 白雪次第じゃない?」


 果乃実と美結に視線で促されて、理仁は小さく溜息を吐き出した。


 「……ちゃんと送るよ」

 「ということだよ、もめ」

 「そうそう。せっかく白雪のためにかわいいパジャマ買ったんだから」

 「そ、そんなこと言わなくていいから!」


 果乃実と美結は余計なひと言を残して席を立った。自分の食べた分のお金をテーブルに置いて。


 「……はぁ〜」

 

 静かになった席で理仁があからさまに溜息を吐き出した。そしていじけるように木綿花の肩に頭を乗せる。


 「ほんとだよ。もっと早く言ってよ」

 「……ごめん」

 「こっちに来てくれるなら、色々と案内したのに」


 電車で1時間半は軽い旅行だ。理仁は通学しているが、木綿花にとってなかなかない機会である。だけど、電車に乗りながら「理仁は毎日この景色を見ているのかな」と想像すると少しだけ楽しかった。


 彼がいつも過ごしている街だと思うとドキドキして、改めて彼はすごい場所に住んでいるんだなぁ、と思ったりしたのだ。


 「……うん、でもね。理仁くんが毎日どんな風に電車に乗っているのかなって想像するだけで楽しかったよ。休日だし人の数は全然違うと思うけど、それでも楽しかった」

 「……そう」

 「うん。今度は……案内してくれる?」

 「え?」

 「理仁くんが普段よく行く場所とか知りたいなぁと思って。あ、やっぱり映画とかの方がいいかな?」


 理仁が普段よく行く場所というと予備校しか出てこない。彼が予備校以外休日をどうやって過ごしているのかなどちゃんと聞いたことがなかった。


 「本当はおでかけのプランを立てたりしたいけど……なにがいいのかわからなくて」


 デートという言葉が照れ臭くて木綿花は誤魔化したけれど、理仁には通じたようだ。


 「なんでもいいよ」

 「でも、ちゃんと立てたい。この間……すごく楽しかったから」


 横浜デートの時、理仁はスマートにプランを立ててくれた。本当はあんなふうにプランを立てられればいいのだけど、木綿花にはイマイチ理仁の喜ぶポイントがわからない。


 「理仁くんの好きなものがなにか知りたい」

 「……っ」

 「教えてくれる?」


 電話での他愛のないおしゃべりはいつも木綿花が話す一方だった。愛犬のこと、家族のこと、友人のこと。理仁はいつも静かに耳を傾けてくれる。だから木綿花は理仁のことをあまり知らなかった。


 「……あ、無理にとは」

 「ううん。好きなことを聞かれてもすぐに出てこなくて」

 「え? サッカーとか、勉強とか?」

 「どっちもそれほど好きじゃないよ」


 理仁は苦笑する。


 「サッカーは誘われてなんとなくやってた。途中で辞めると逃げるみたいで嫌だったから続けていただけで、好きかどうかと聞かれるとそれほどではないかも。夏は暑いし冬は寒いし走るのはしんどいし。勉強も仕方なくしているかな。でも犬は好きだよ」

 「あ、うん。それは知ってる」


 もことこてつと戯れている様子を見ていたら、それは心から楽しんでいるとわかった。あとは母の食事を美味しそうに食べていたことも。


 「ちょっと考える。好きなもの」


 理仁がよいしょ、と頭をあげる。ぬくもりと重みを感じていた右肩が軽くなってなんだか寂しく感じた。


 「気づいたら教えてくれる?」

 「うん」

 「ぜったいだよ」


 木綿花が小指を差し出すと理仁は一瞬目を丸くしてくしゃりと破顔した。




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