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偲愛  作者: 388
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8話 “恋人”になった日

***


初めて直人を見かけたのは、研修合宿の初日だった。

大きなホールに100人近くの同期が集まる中で、ひときわ目を引く人がいた。

背が高くて、無駄な動きが一つもなく、スーツの着こなしもきれいで——

正直、顔がとんでもなく整ってた。


(うわ、イケメン……)


って思ったのを、はっきり覚えてる。

目が合うだけで緊張して、話しかけるなんて無理だった。


その夜、貸切のビジネスホテルの一階にあるコンビニで、直人を見かけた。

白いTシャツにスウェットパンツ。

決して着飾ってるわけじゃないのに、清潔感があって、似合っていた。

彼が手に取ったのは、ブラックコーヒー。

リラックスした雰囲気なのに、どこか凛としていて、レジに並ぶ後ろ姿まで絵になるようだった。


思わず、私も同じブラックコーヒーを買った。


苦っ…ってなったけど、

誰かに見られているわけでもないのに、 平気な顔をして飲みきった。


「同じものを飲んでる」って、それだけで少し近づけた気がした。


あのとき、私はもう――

気づかないうちに、惹かれていたんだと思う。


あれ以来、私はブラックコーヒーを飲むようになった。

今では毎日の習慣になっている。



それから運よく、同じ支社に配属された。

直人は営業、私は営業事務。同じ部署。

奇跡みたいな偶然だった。


いつだったかの飲み会。

お酒の勢いもあって、私はついに直人に話しかけた。

緊張と酔いで、何を話したかはあまり覚えていない。

でも、それがきっかけで、会社でも自然と挨拶を交わすようになった。


少しずつ、距離が縮まって——

行ってみたいカフェに誘った。

飲みにも誘った。

そして、水族館に行ったとき。


「もう私と付き合いなさいよ」


笑いながら言ったその言葉は、

冗談のようでいて、本気だった。

——いや、本気だったからこそ、冗談めかして言った。

振られたときに、少しでも自分を守れるように。


直人は、少しだけ間を置いて、

「分かった」

と、ただ一言。


驚くほど、あっさりと。


嬉しいというより、拍子抜けだった。

そのときの直人の顔は、照れてもいなければ、戸惑ってもいなかった。

まるで——「どっちでもいい」とでも言うような顔。


(……え、それでいいの?)


胸の奥がもやもやした。嬉しいのに、なぜか不安で。

私の片想いが、“恋人”って肩書きだけがついただけみたいだった。


一番仲のいい私と付き合うことに、抵抗がなかったのか。

それとも、特別に「好き」だという気持ちがなかったからこそ、迷わなかったのか。


でもあのときの私は、

「付き合える」ことがただ嬉しくて、

それ以上、直人の心を深く覗き込むのをやめた。


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