7話 忘れていた想い
湯気に包まれた、静かな時間。
湯船の中で、静かに目を閉じた。
昼間のことが、何度も頭をよぎる。
美月の顔。手のぬくもり。
律の寝息。そして——直人の、そっと添えられた手。
(ちゃんとやろう)
小さく、心の中でつぶやいた。
美月と律を、きちんと育てていく。
それが、今の私にできること。
直人が仕事を休んでくれてる間に、買い物も家事も育児も、全部自分でこなせるようにならなきゃ。
少しずつでいい。きっとできる。
自分にそう言い聞かせて、湯船から立ち上がる。
その瞬間だった。
足元がふっと滑る感覚。
「——っ」
思わず壁に手をついて体を支える。
幸い、大きな転倒にはならなかったけれど、足元の水音だけが静かに響いた。
(……あれ?)
胸の奥が、妙なかたちでざわつく。
感情じゃない。もっと深くて、ずっと沈んでいたものが、ぬるい湯の中からゆっくりと浮かび上がってくる。
——小学受験に落ちた日。
母がひどく泣いていた。
その姿を二度と見たくなくて、私は勉強を必死に頑張った。
——小学生の頃。
いつも一人だった。
「勉強ばっかり」と言われて、輪に入れなかった。
気づけば、皆が遊ぶ輪の外にいた。
——だから中学では変わろうと思った。
学級委員をして、嫌なことも率先してやった。
誰かに嫌われたくなくて、距離を置かれるのが怖くて。
——中一の時、初めて告白された。
でも相手は、友達が好きな子だった。
「美知は悪くないよ」って言ってくれたけど、友達は離れていった。
中二で別のクラスになって、心底ほっとした。
——それ以来、男の子が怖かった。
好意が向けられるたびに、どうしたらいいか分からなくて、
呼び出されても行かなかった。
——高校も、大学も、母が望んだ道を選んだ。
就職も、母の勧めた会社だった。
——そして直人と出会って、好きになって、
どうしてもこっちを見てほしくて、たくさん話しかけた。
そうだ、私が——
直人に「離婚しよう」って言ったんだ。