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偲愛  作者: 388
11/14

11話 あの日から、ずっと

タオルで髪を拭きながら顔を上げた直人と、美知の視線が交差した。

けれど、どちらもすぐには言葉を発さなかった。



「……記憶が戻ったの」


美知の声は、かすかに震えていた。

そのひとことを口にした瞬間、胸の奥に張り詰めていた何かが、緩んだ気がした。


「……本当に?」


直人は、ゆっくりと美知に近づいて、ベッドの端に腰を下ろした。

美知は黙って頷く。伏せた睫毛の奥、瞳は赤く、どこか怯えたようにも見えた。


少しの間を置いて、震える声がこぼれる。


「……離婚の話、続き……しなきゃ、だよね」


「待って」


直人の声がそれを遮る。

一歩、彼が踏み込んだ音が、静かな部屋に響いた。


「俺の気持ちを、ちゃんと伝えたいんだ」


美知が顔を上げる。

直人の声は、これまででいちばん真っ直ぐだった。


「美知に言われて、やっと気づいた。

全部、任せすぎてた。美知が何を考えてるのか、

ちゃんと知っていたつもりだった。」


直人は、言葉を選ぶように、口を開いた。


***


美知は、俺たちの出会いを「研修合宿だった」って思ってる。

でも実は——もっと前、入社式の日から、俺は美知のことを見ていた。


あのときの光景は、今も記憶に残ってる。


式典会場の前、人だかりの中で一人、目を引く女性がいた。


背筋をすっと伸ばして、まるで舞台に立つみたいに堂々としていて。


他の誰とも違う空気をまとっていた。


その彼女が、入り口の前で、なぜか足が止まった。

そして静かに、深く一礼してからホールへ入っていった。


初めて、人を美しいと思った。


――それが、美知だった。



研修合宿の夜、ビジネスホテルの一階にあるコンビニで、美知を見かけた。


昼間のきちんとしたスーツとは違って、キャラクターのプリントが入ったTシャツを着ていた。

そのギャップに、思わず目が留まった。


あどけないその姿に、不意に胸を掴まれた。

ほんの数秒だったけど、目が離せなかった。


本当は、もっと見ていたかった。

でも、気づかれないように視線を逸らして、

明日の朝に飲むコーヒーだけを手に、レジへ向かった。

何も言えずに、そのまま静かに部屋へ戻った。


同じ支社で、同じ部署になったと知ったときは、本当に嬉しかった。

でも、話しかけることはできなかった。


明るくて、誰にでも分け隔てなく接する彼女の周りには、いつも人がいた。

それも、優しさを武器にして近づこうとするような——

下心に塗れた“好かれたいだけの優しさ”をぶら下げた同期たちが。


俺は、ああはなりたくなかった。

美知に向ける言葉や態度に、打算なんて混ぜたくなかった。


だから俺は、何もできなかった。

自分も、あの連中と同じだって思われたら、それがいちばん怖かった。



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