目覚めと停止
A氏はゆっくりと目を覚ました。瞼を開けた瞬間、まず目に飛び込んできたのは、無機質な天井の光だった。明るい白い光が視界を埋め尽くし、しばらくの間、自分がどこにいるのかすらわからなかった。どこか遠くで機械の駆動音のようなものが響いている。頭はぼんやりとして重く、身体は妙に硬直した感覚があった。
しばらくして視界がクリアになると、A氏は周囲の光景を見て息を飲んだ。自分が横たわるベッドの左右に、無数の機械が整然と並んでいる。それらは人型のフォルムをしており、それぞれが銀色のケーブルやチューブで天井や壁に繋がれていた。ざっと見ただけで100体近い機械がベッドに固定されている。中には部分的に機械が露出したものもあれば、全身が完全に金属に覆われたものまでさまざまだった。それはまるで、生きた人間が機械に変えられていく途中のようにも見えた。
「ここは……どこなんだ……?」
A氏は自分がいる部屋が巨大な施設の一部であることに気づいた。天井は高く、壁は金属製で冷たく輝いている。どの機械も動いていないが、青白い光が体表を走り、時折微かな電子音が聞こえる。その光景に背筋が凍るような不気味さを感じながら、ふと自分の腕に目を向けた。
指先が視界に入る。金属に覆われた指が数本――その光景にA氏の胸は一気に締め付けられるようだった。震えるように指を動かすと、滑らかに稼働する感触が伝わるが、それは人間のものではなく、冷たく硬い金属だった。さらに身体を起こそうとした瞬間、背中に鈍い痛みが走り、思わず顔をしかめる。そのとき、不意に脳内に何かが響いてきた。
「中枢制御装置:稼働中。」
「改造手術:完了済み。」
「現在のステータス:待機状態。」
頭の中に直接流れ込む無機質な情報。それが自分自身の中から発せられているのだと気付いた瞬間、A氏は全身が凍り付くような感覚に襲われた。「なんだ……これは……?」彼は声を上げたが、その声すらも金属的な響きを帯びていた。
そのとき、部屋の奥から重い足音が響き、検査用のアームを備えた大型の機械がA氏に近づいてきた。A氏はその機械を凝視しながら怯えた様子で体を起こそうとした。そして、その機械の光沢のある金属の胸部に、自分の姿が映り込んでいることに気づいた。
「……俺の顔……」
反射的に手を顔に触れようとしたが、その指の冷たさがさらに恐怖を駆り立てる。鏡代わりになった機械に映る自分の顔。そこには、片方の目が赤く光る、自分ではない何者かの姿があった。
「待機命令:実行中。現在の状態を維持してください。」
脳内に再び無機質な声が響いた。身体を動かそうとするたびに、どこからともなく「命令を逸脱しています」という警告が流れ込み、力が抜けてしまう。まるで見えない鎖でベッドに縛られているようだった。
「……俺は……自由に動くこともできないのか……?」
その言葉を呟いた直後、脳内に新たな指令が響いた。
「生体反応の異常を検知。プロトコル04を実行します。意識を完全停止します。」
「……な、なんだ……」
A氏は自分の身体が急速に重くなるのを感じた。視界が徐々に暗くなり、思考が霧のようにぼやけていく。その中で、脳内に最後の無機質な言葉が響く。
「プロジェクト・アーク:フェーズ2に移行。」
A氏の意識が闇に沈みゆく中、その言葉が意味することを理解する暇もなく、すべてが完全に途絶えた。そして最後に響いたのは、機械音の冷たい余韻だけだった。