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シル・ストア~来訪者(旧サブタイトル:風の通り道)  作者:
間奏曲2 小説の世界

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73/105

翻訳協奏曲

元のタイトルは

翻訳作業

英語版

編集会議

谷田は今日届いたハーレナ語版 風の通り道、第4章読み終えため息をついた。

翻訳オーディションの入賞特典はこの1章毎に印刷された小冊子

受領特典はwebでの参照のみ。

pdfファイルにダウンロードするもプリンタ側がハーレナ語フォントに対応していないのでまともに印刷できない。

画像にすると今度は文字が粗く読みづらくなる。

私立竜ヶ峰高等学校 ミステリー研究会で入賞したのは谷田一人、

彼の手元には1章から4章までの4冊があり、それを部室で自慢して佳澄に呆れられた。


最初の頃は提供された辞書ソフトを使って読み、訳していたが今は偶に気になった時に開く程度である。

トーリ・サイデンの文章は小難しい言葉は使わず、淡々と端的でいて美しく、温かい。

それでいて毒のあるユーモアが下品にならずに紛れ込む。

さらに時々難解な言葉遊びが簡易な言葉で交わされる。

小難しい言葉を使わない分、奥が深い。

時の果ての物語の主人公たちが好んで読んている良く分かる文章だった。


「この文章を翻訳AIに任せるのは冒涜だな」

「翻訳オーディションを開催した幻影奇譚社の英断だ。」

「深山も応募すれば良いのに・・・」

ぶつぶつ独り言を続けている。

「て本人の言う通りあいつの文章はこれには向いてないな。」

佳澄の文章は簡潔なのは同じだが刃のように研ぎ澄まされ鋭い。

「というか深山の文章は楓佳先生に近いか。」

本人だから当然なのだが、谷田は知らない・・・


「さて、次も入賞しないと」

と課題の文章を画面に映し出す。

今年に入って応募内容が変わった。

2年目の5章から8章は期間は同じ1か月で同時募集で先日締切があった。

今は3年目の9章から12章を募集中だ。

受領、入賞特典は各章ごとなので全ての章で応募しないと特典は貰えない。

昨日の速報では各章の応募者は1章の5倍近くに膨れ上がっている。


編集者のコラムを読むと英語で応募してきた強者もいたとのこと。

その為、第2章以降の応募要領に翻訳言語は日本語と明記されている。

特設有料サイトの掲示板には英語のコメントや英語版の掲載依頼が増えている。

ファン有志の英語サイトに無断で特設有料サイトの記事が掲載され削除依頼や賠償請求等の騒ぎがあったらしい。

それに関わったとされるアカウントが除名処分となったことが掲載された。

「幻影奇譚社の法務は優秀だな。」

谷田は翻訳するべくノートを開いた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「わざわざ済みません。」

都内の喫茶店に首藤は寛を呼び出していた。

「どうしたんです?来週の受賞パーティに何か問題でも?それとも無断使用の件ですが?」

「無断使用は弁護士を通じて対応中です。翻訳オーディション絡みですね」

疲れた声で首藤が答える。

9月~12月で募集した翻訳オーディションの最優秀者20人(重複受賞もいるので実際は12人)

彼らを招いて行う受賞パーティのサプライズイベントはハーレナ語版書籍の会場内での参照に決まった。

ジーンの私物ではなくそれを複写したものを書籍化したサンプルだ。

これを各章ごとに独立した小冊子が入賞特典である。

最優秀者には20章全ての結果が出たタイミングでこの完全版を賞品として送付予定だ。


届いた珈琲を一口飲んで首藤は話し始めた。

「1章の時、英語で応募してきた人が居たの覚えてますか?」

「ええ、2章以降は日本語限定にしたのに送ってきてましたよね。」

「片言の日本語と一緒に・・・」

「その彼がどうかしたですか。」

「彼、ロサンゼルスで出版社の編集をしているようで英語版を出させてほしいって弊社に交渉にきたんです。」

「英語版の話は前にもありましたよね。」

「ええ、楓佳先生が嫌がりそうなタイプだったのでこちらでお断りして結果だけご連絡していたのですが・・・」

「?」

「・・・依頼をレナ・カサル公用語で書いてきたんです・・・」

「・・・」

「・・・」


ここでまた二人とも珈琲を飲む。

「うちがハーレナ語のメールで版権を手に入れたのを聞きつけたようで」

「ハーレナ語じゃ芸がないと思ってレナ・カサル公用語ですか。」

「本人はエマルド公用語を使いたかったみたいです。」

小説内で多く使われているのはハーレナ語、翻訳オーディションに参加しているのでハーレナ語の辞書の参照が可能だ。

エマルド公用語は第2部ではちょこちょこ出てきたが、普段は殆ど登場しない。

レナ・カサル公用語は第3部の舞台がレナ・カサルだったこともあって結構な頻度で登場した。

「綴りや文法に多少難がありましたが十分内容が伝わるものでした・・・」

そう言って一通の封書を渡す。


寛は読み終えた封書をテーブルに置いた。

「これを楓佳に見せろと?」

「判断はお任せします。本人の身元照会は弊社で行います。」

「首藤さんは会ったんですか?」

「いいえ、私では英語で腹芸は出来ないということで編集長が通訳を連れて面談しました。」

「通訳付き・・・」

「ボスは洋画を字幕なし、原語で楽しめるだけの英語力はあるんですがビジネスでは使わないので・・・」


二人はまた珈琲を飲む。

「編集長はなんと?」

「信用は出来そうだが楓佳先生に合わせるのはまだ早いと。」

「それで?」

「暫く出向という形で特設チームに参加したいと言ってきています。」

「・・・」

「本人は会社の許可をとったと言っていますがこちらも確認中です。」


「それ以外にも弊社で働きたいという英語圏の人達がいましてこちらも身元確認中です。」

「・・・大変ですね・・・」

「ええ、元々うちは社員を一般公募してませんから・・・」

「・・・」

首藤は三枝の紹介でアルバイトを経て入社している。

首藤もまた後輩やイベントで知り合った知人に声を掛けているらしい。

「そう言ってお断りしているんですけどねえ・・・」


2か月後、5人のメンバーが寛+ジーンのマジックミラー越しの面談を経て時の果ての物語の特設チームに参加した。

内二人は英語圏、一人はレナ・カサル公用語で手紙を書いた本人

そして1か月後に有料特設サイトに英語版が追加、同時に英語版の翻訳オーディションの開催が告知された。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ちょっと待て、また断られたのか?」

「はい、これで5人目です。」

編集長の言葉に翻訳者探しを担当している編集者は答える。

4月から首藤に代わって翻訳者探しを引き継いだ者だ。

編集長はため息をついた。

「オーディション参加時はわれこそはと言っていたのにな」

4章までの4か月、めぼしい翻訳者は見つからず、楓佳に断ってプロの作家に参加をお願いしていた。

編集部の面々はこの人ならばと思う作家に声を掛け何人かが面白がって参加してくれた。

その結果がこれである。


編集者達が目を付けただけあり、応募作の中では群を抜いて出来が良かった。

が、楓佳は納得しなかった。

それだけならまだしも肝心の依頼した作家もまた辞退してきた。

「これはハーレナ語のまま読むべきです。」

「私ではこの文章にうまい訳を付けられません。」


「これはやっぱり楓佳先生にって楓佳先生が最初に無理だって言ってたな。」

編集長はまたため息をつく。

続けて英語サイトに向け辞書を用意していた編集者が話を始める。

「ハーレナ語の英語版辞書の準備が終わりました。」

「今は楓佳先生の最終チェック中です。」

「今度こそ差戻しは無いだろうな。」

英語圏のメンバーと日本語のメンバーで辞書の変換をすること3度

意味が違う、例文がおかしい等々既に2度楓佳のチェックで差戻を受けている。

「楓佳先生の作った日本語辞書、本当によく出来てますよ・・・」

担当メンバーがぼやく。

「仁悟先生も結局自分で英訳しちゃったし・・・」

「仁悟先生は今年受験生だからあんまり負荷掛けるなよ・・・」

「はい・・・」

最初に作った英語サイトのサンプルはびっしり赤書き付きで戻ってきた。

「仁悟先生の英訳も最初は楓佳先生と寛さんのチェックで赤書きだらけだったしなあ。」

その作業を何度か繰り返し、今は殆ど赤書きは入らない。

偶に誤字を指摘される位だ。


日本語サイトの担当者もぼやく。

「今でこそ何も言われませんが最初はこちらも酷かったからなあ・・・」

「楓佳先生、絶対人生2週目です・・・」

幻影奇譚社のサイトで有料なのは風の果ての物語ともうひとつ。

どちらのサイトも一度入会すると殆ど脱会者の出ない優良サイトだ。

その理由に年会費がさほど高くないということもあるが何よりコンテンツの評判が高い。

風の果ての物語の成功で幻影奇譚社で一番売れている書籍の特設サイトの有料サイト化を検討したが

出来上がったサイトに誰も満足しなかった。

ああでもないこーでもないと頭を捻った挙句、楓佳と寛を呼び出した。

楓佳の指摘を元に寛とその書籍の作家と話し合って完成したサイトは風の果ての物語のサイトとは趣の異なるになった。

しかし、作品の読者層は全く異なることもあって両方のサイトは順調に会員数を増やしている。

爆発的に増えることもなく新刊発行のタイミングで増えても減らない運用側としては有難いサイトになった。

会社としてはもう一つこういうサイトが欲しいが今のところ、候補は上がっていない。


「仕方ない、しばらく様子見としよう。」

編集長の言葉に担当者は乾いた笑いで言った。

「いっそ諦めて辞書付きでハーレナ語版で出します?」

「それは最後の手段と言いたいが、トーリ・サイデンの小説は風の通り道だけじゃないからなあ」

悩まし気な編集長の言葉に編集会議はお開きとなった。


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