その頃の法王国にて
佳澄とジーンがカフェで密談(脳内会議)をしていた頃、
法王国内のとある枢機卿の執務室では怒りを前面に出したマリス、レオンに対して平謝りする警備隊長の姿があった。
「ジーンの認識票が見つからないとはどういうことだ」
「はい、現場周辺の金属探知機をしようしての調査、関係者のボディチェック、監視カメラの映像確認、試せる手段はすべて試したのですが」
と言ってそっと差し出す報告書
同席していた今回の依頼主である枢機卿ジルフォードの補佐官が受け取り内容を確認している。
「ジルフォード様、調査方法、内容には不備は確認できません。私でもこれ以上の捜査は難しいでしょう。」
ホッとした顔をした警備隊長は次の言葉で蒼白になる。
「しかし、断罪派の手のものをジルフォード様やその客人の近づけたこと。
その責任は取ってもらいますよ。」
本来、異能をもつ何でも屋であるジーンとマリス、レオンにとって断罪派の自爆テロなど脅威ではない。
普段から自爆テロリストなど目じゃない凶悪なモンスターや魔人と呼ばれる異能者相手に命のやりとりをしているのだ。
自爆テロリストなど5人、10人襲ってきても無傷で制圧できるだけの実力がある。
しかし、異能者に対する反感の強い法王国に入国するにあたりこの同席する補佐官の立会いの下、武器や防具を預けている。
その上、異能の発動を抑える腕輪を身に着けていた。
これらは依頼主であるジルフォード卿に対する信頼の結果だった。
他の者であれば法王国に入国などという面倒は侵さす山岳レートで潜入、結果報告はヤーレでとなっていたであろう。
同席している補佐官や警備隊長は既に何度か仕事で同席しており実力・人柄も把握している。
今回はこの信頼が仇となった。
「うーーん、今回襲ってきた人達、お二人を出し抜けるだけの実力あるようには思えないですが。」
今まで怒るマリスに任せて黙っていたリオンが口を開く。
「背後関係は調査中です」
補佐官の言葉にリオンは言葉を続ける。
「特に最後に来た奴の持っていた棒、調査課結果はこちらにもお願いします。」
「・・・承知しました。」
本来ならテロリストの制圧は枢機卿に付いている警備隊、後輩であるマリスやリオンの仕事だ。
しかし、警備隊長は呼び出しで離れた場所にいて指示できる状態ではなく、マリス達は丸腰、制限された状態では力不足と判断してジーンが前に出て、マリス達を依頼主の警護に回した。
ジーンも同じ状態であったが地力に経験値が違う。
腕輪で異能の発動が制限された状態であってもテロリスト達の無力化は問題ないかと思われた。
最後に出てきた敵に棒の様なものを触れられるまでは。
事件当時、ジーンの活躍でジルフォードや補佐官に対するシールドの展開が間に合い、無傷だった。
しかし、マリスからすればシールドのせいで爆心地を視認できず、内部の監視カメラには爆発の煙幕で状況は確認できない。
爆発後、テロリストたちの肉片に紛れジーンの遺体は確認できず、せめて認識票だけでも思っていたのだ。
それが見つからない。
今後の方針や慰謝料、見舞い金の話を済ませ帰り際、対応を補佐官に任せていたジルフォードがお礼と謝罪、お悔やみを口にした。
法王国の枢機卿ともなれば忌避し、見下す対象である何でも屋と直接言葉を交わすことはない。
「良いですか?俺達にそんな言葉をかけて。」
「かまわない、防音、盗聴防止処理は実施済みだし、ここにいるのは問題ない者だけだ。」
すっと表情を消すと
「仕掛けた連中には相応の対価を払ってもらうと約束しよう。」
口調は穏やかで笑みを浮かべる枢機卿の目は全く笑っていない。
「頼むよ、ここは俺達には分が悪い」
部屋を出ようとするマリス達に補佐官は警備隊長に案内を命じる。
「マリス殿、第3ゲートにコンテナを移動した。
彼と一緒に出国手続きをしてくれ。」
二人は了解と軽く手を振って警備隊長とともに部屋を出た。
「誠に申し訳ありません。」
生真面目に頭を下げ、悲壮感を漂わせて頭を下げる警備隊長
「許すものかと言いたいけれどあんたがというかあんただけが悪いとは思ってない。」
「リーダーはなんか違和感を感じて警戒していたけど、俺達も何も感じなかったからな。」
「今思うと色々不自然な部分が分かるけど」
「思考操作をされたということでしょうか?」
「多分な、あんたらの持つ感知器が反応していないことを思うと異能を使った訳じゃなさそうだ」
「そんなことが可能なんですが?」
「ああ。」
出国手続きを終え、ヤーレに向けて出発前の確認をする。
・コンテナの封印は細工された気配はない。
・異能による内部調査も異常は確認できない。
コンテナを開け、備品の確認
・預けたものの漏れ無し。
・余計なものも無し。
そこまでしてようやく、車両に乗り込んだ。
暫く黙って装甲車を走らせる。
「ここまでくれば影響圏は出たな。」
「肩凝った、もう二度と行きたくない。」
「ジルフォード卿は良い方なんだけどな。」
「リーダーがいる時はな」
「俺達じゃいい様に使われるだけだ。近づかない方が良い。」
「ここからヤーレまで最速でも2日は掛かるな」
「リーダーが何かと口していたことが身に染みるよ」
「ああ、俺たちは何かするとき異能に頼るがリーダーは違う。」
「異能を使えなくても動けるように色々手を打っていた。」
「生きていると思うか?」
「わからん、ただ遺体は確認できてない、認識票はない」
「どっちが目的だと思う?」
「法王選挙が近いからジルフォード卿の確率が高い。」
「本人は出ないと言っていたが、他の枢機卿たちからすれば無視できないだろう」
「リーダーはSランク昇格の話がある」
「本人は面倒だから断るって言ってたんだけどな。」
辺境民が多い何でも屋は城塞都市では最下層の扱いを受ける。
Cランクでやっと一般市民扱い
Bランクで中級市民、全体の1%でしかないAランクで上級市民だ。
シル・ストアはそのAランクが二人いるため、どこに行っても酷い目にあうことはない。
上級は無理でも中級以上としてもてなされる。
ただしSランクは違う。
世界で8人しか認定されていないSランクは都市元首と同格として最上級のもてなしを受ける。
「狙いは両方か」
「それだとやり方が甘い気がする」
異能を使わない思考操作をしていたとは言え、偶然や成り行き任せな部分が多い。
今回とてジーンが制圧ではなく防御を重視すれば全員無事だった可能性が高い。
代わりに気の良い警備隊長やその部下、多くの使用人が犠牲になっただろうが。
「最後のあれ、何だったと思う。」
「新型の異能制御装置だと思うが」
「少々改良したくらいでリーダーの制御を突破出来ると思うか?」
「無理だ、何か根本的な改造をしない限り・・・」
「でもそんな話、全く聞こえてきてないんだよね。」
「帰ったらマーサ母さんやミア姉になんて言おう・・・」
ジーンの認識票は佳澄が持っているので探しても見つかる訳がない