それから
佳澄の夏休みは概ね平穏だった。
早々に宿題を片付け、所属する道場の夏合宿や声優のオーディションに参加
担任経由で泣きつかれて時々学校に顔を出し(大会や合宿は不参加)、第4部を書き終えて校正(兄)に回し
向こうに行った時に備えて体を鍛え、仁悟(弟)の挿絵のチェック、さらにトーリ・サイデンの小説を電子化して編集に送る等々
一体何人分の仕事をしているんだという状態だったが・・・
そうして迎えた新学期、授業もなくHR後にミステリ研の部室に顔を出した。
「お早うございます。」
「相変わらずだな、深山は。」
一学年2~3人、8人程の部員が全員揃った部室の空いた椅子に腰を掛ける。
机の上には部員たちの夏休みの課題が並べられた。
それを回し読みしながら会話が始まった。
「意外と面白かったよ、夏休みに残りも全部読んだ」
「風の通り道は時々ミステリも混じるからあれも会報に載せても良いんじゃないか」
「ドラマでファンが増えているようだし」
佳澄は適当に相槌を打ちながら他の部員の投稿内容を確認している。
『深読みしているのが多いな』
『ミステリ研だからね。ジルフォード卿の正体?結構参考になりそう』
『谷田か?敢えて書かなかった部分に触れているな。』
『そうだね。』
「深山は星祭の唄そのものの考察か」
ええと言って出版社特設サイト期間限定公開、星祭の唄、レナ・カサル公用語版を見せる。
発売日当日のみ公開されたレアもの、画面をハードコピーしないと入手できない代物である。
「それ会報に載せたい!」
手を出す谷田に、佳澄は印刷物を届かない場所に移動させる。
「高校の部活の会報とは言え著作権の問題があるから出版社に確認が必要ですよ」
「許可は取る、取って見せる」
興奮する谷田を横目に他の部員達が口を開いた
「よくそんなもの持っていたな。」
「当日限定で見そびれた!ってコメントが山ほどあったのに」
「知り合いから貰いました。」
書いたのは佳澄だが、原画ではなく掲載後のイメージ確認用に首藤から貰ったものを持ってきたので嘘はない。
「しかし、楓佳ってどういう人なんだろうね?」
「商業誌デビューしてから2年程経つけど一度もメディアに出てないんだろ」
「スピンオフ作品のドラマの発表会にも出てきたのは出版社の人だけだったし。」
「谷田は応募するんだろ、翻訳オーディション」
夏休みの終わり、翻訳オーディションの詳細が発表された
参考例として序文全文のハーレナ語版と10人の翻訳例(内5人は、父母、兄、三枝、首藤)が掲示された。
そして、一月毎に1章ずつ抜粋された文章10個から1つを選んで翻訳する。
オーディションに参加しないとハーレナ語版の文章をみることは出来ないし、
応募期限までに翻訳内容を提出・受理されないと参加特典のその章のハーレナ語全文の参照権は得られない。
特設サイトには締切から1か月後に抜粋した部分のハーレナ語と最優秀となった翻訳を載せるだけである。
第1章の応募は昨日から開始されたが既に100人以上の募集があったと三枝から聞いている。
「ええ、お前らも参加しろ」
「あれ、参加資格が有料会員限定だろ」
「あのサイト、公式側が提供する情報量が半端ないから金出す価値は高いよな」
「深山の持ってきたあれみたいに期間限定公開情報も多いし」
「優秀者は授賞式とサプライズイベント付きのパーティを開催するってさ」
「ファン一番のサプライズは楓佳先生の登場なんだけど」
全20章からなるトーリ・サイデンの風の通り道を読むにはこの翻訳オーディションに参加する以外、今のところ手段はない。
「序章の翻訳、十人十色で読み比べて面白かったな。」
「翻訳に楓佳先生や仁悟は入っていないし、あんまり文章似てない」
「コメントに自分の文章はトーリ・サイデンの翻訳には合わないからオーディションを開催するって書いてあって笑ったよ」
「自分の文章だろ・・・」
『いいえ、違います・・・私書いてません』
『書いたのはトーリ・サイデンであって楓佳じゃないからなあ』
冷や汗を書きながらの脳内会議を横に佳澄を除く部員たちは翻訳オーディションに参加する方向で動き出した。
そんなこんなで部活はお開きになった。
佳澄は玄関横で三枝に会報掲載について連絡し方針を伝えた後、自転車を取りに校門に向かった・・・筈がまた噴水の前にいた・・・




