翻訳者探し
翌日、佳澄は早めに自転車で登校していた。
「深山さん、お早う、こんな時間にくるの、珍しいね」
「お早う、まあね、これから生徒指導の先生に抗議してくる」
「あー、昨日の件、うちでも話題になってた・・・しかし、似合わない・・・」
「何が?」
「・・・ママチャリ、深山さんならマウンテンバイクに乗ってほしい・・・」
「学校帰りに買い出しするからね。マウンテンバイクじゃ荷物を積めない。」
「それはわかるんだけど・・・」
ぶつぶつ言うクラスメートと別れ、教室に荷物をおいて、職員室に向かった。
そして進路指導室で生徒指導の教師と向き合っていた。
「昨日の放課後の件、聞いてますよね」
済まなそうに頭を掻く教師
「向こうの担任に話を聞いた。一応止めたらしいんだが・・・」
「ルール違反、教師が認めてどうするんです?」
「あー。あいつもうちの卒業生で応援したいらしい」
「応援は構いませんがそのしわ寄せを関係ない1年生に向けないでください。」
「済まん、朝礼で伝えておく。」
「お願いします」
「しかし、深山も変わっているな。普通本人達に言うだろ。」
「言っても聞かないから先生にお願いしているんです!」
佳澄の気迫に負けた教師は
「ああ、あいつらにも直接、言っておく」
「で、今日は手伝ってくれるのか?」
「仕方ないので今日は乱取りが始まる頃に顔を出します。」
「助かる」
ほっとした教師に
「これ、顧問や指導員の仕事ですからね」
「お前の方が強いだろ」
「そういう問題ですか!」
「分かった分かった、で昨日は何の打ち合わせだったんだ?」
佳澄は入学時点で作家活動と、ドラマ化の話をこの生徒指導の教師に説明してある。
最初は冗談かと思ったらしいが親と出版社の編集者、書籍化された本にドラマのパンフレットを見せられ協力を約束していた。
「昨日は第一クールの評判報告と第3クールのお知らせとかですね」
「秋も続くのか楽しみだな。」
「観てるんですか?」
「おう、楽しみにしている教師も多いぞ」
じっと相手の顔を見る。
「お前があれの原作者だと知っているのは校長、教頭、俺に、お前の担任だけだ。他は伏せている」
「お願いしますよ。」
「それはそうと風の通り道、出さないのか?出したら買うぞ」
「先生もですか・・・」
はあとため息をついて佳澄は席を立った。
「余計なこと考えないよう徹底的に叩きのめしておきますか・・・」
「程々に、怪我させないようにな。」
「そこは気を付けておきます。」
佳澄は教室ではなく所属するミステリ研の部室に移動する。
『どうするつもりだ』
『読みたいのはトーリ・サイデンの文章であって私の拙い日本語じゃないでしょ
大体ジーン、あれを訳せる?』
『無理だな・・・丸投げするか?』
『誰に』
『三枝は翻訳者志望だと言っていただろ』
『大丈夫かな?』
『まずは寛に相談だな、今日であっちも試験が終わるんだろ』
『そう聞いている、まずは帰ったら電話して予定を聞いてみる』
『お前、メールとかSNSとか必要最低限しか使わないな』
『文字だけだと誤解されやすいから使いたくないんだよね、久しぶりに声を聴きたいから電話なんだけど』
『そうか』
『大体大して親しくもないのにID教えろとか五月蠅いんで使いたくない・・・』
夕方、部屋に戻って佳澄はビデオチャットを立ち上げた。
事前に電話で予定を確認していたので待つことなく画面には兄とジーンが映し出される。
「兄さん、何時こっちに帰ってくる予定?」
「何かあったのか?」
「いろいろ、会って相談したいんだけど」
「ゼミの説明会に参加するから、来週以降になる」
『ゼミ?3年からと言ってなかったか』
「早めに顔を出して情報を仕入れておきたい」
「そっか・・・」
「そっちは半日なんだろ、明日途中の駅で落ち合おう。」
「良いの?」
「ああ。それ位の時間は調整する、ジーン、済まないが遮音を頼む。」
『分かった』
「あまり聞かれたくない話なんだろ、明日覚悟しておくよ」
翌日、人混みする駅構内のフードコートに佳澄と寛は飲み物と軽食を前に向かい合っていた。
その周りにはジーンの遮音結界と長閑に会話と食事を楽しんでいる幻影が展開されている。
『終わったぞ』
「いつ見ても凄いよね。これ僕も使えるようになるかな」
『使いたいのか?』
「使いたいね。って、そうじゃない、何があった?」
佳澄は先週末からの出来事を高速言語で話し始めた。
このスキルは昨年の夏休み、ジーンのスパルタ教育で獲得したものの一つである。
ただし、使えるのは直接会った時だけ、さらに周りに聞かれるとまずいので遮音結界が必須だ。
「僕が居ない時にそんなことになっていたんだ・・・
この話、父さんや悟は知っているの?」
「してない、まずは兄さんに相談してからと思って」
「そうなるよね。・・・無事帰ってこれて良かったよ」
『でどうする?』
「立ち合いたいから父さん達に話すのは僕が戻ってからにしてくれるかな」
「分かったそうする。」
『それと相談なんだが』
・・・
「えっ、トーリ・サイデンの小説、読めるの!!!」
「うん、これがそう」
そう言って収納空間から風の通り道を出した。
「佳澄、ジーン、汚さないから貸して!」
興奮する兄を押し止め、本を収納空間に戻した。
『寛を信用しない訳じゃないが世の中には悪い奴が多い』
「ごめん、後で電子化したのメールで送るね」
『ハーレナ語のフォント情報は持っているだろ』
「ああ、仕方ない・・・それなら佳澄が書いたって誤魔化せるか。」
再び収納空間から本を出して寛に渡す。
『訳せそうか』
パラパラと数ページ流し見をして寛は本を佳澄に返した。
「読みのは問題ないけど訳せるかと言ったら厳しい。」
「単純な翻訳なら私でも何とかなるんだけどね」
「でもそれではトーリ・サイデンの小説とは言えない」
寛もまた並列思考を使いこなすので、訳す時間は確保できる。
「足りないのは時間じゃなくてボキャブラリ、人生経験だからなあ」
うーんと3人で頭を抱えるも名案はでない。
『餅は餅屋で本職に投げようと思うのだが』
「?ハーレナ語読める翻訳者なんていないよね?」
「三枝さん、首藤さんもだけど二人ともハーレナ語の読み書きできるよ」
「編集者と翻訳者は違うでしょ」
「三枝さん、翻訳者志望だったという話だし、私にはない伝手があるかも」
『お試しで寛に送る奴を三枝さんに流してみようと思う』
「あれを直接渡す訳じゃないんだね。ならそうしてみようか」
「兄さんとしても問題無し?」
「無いとは言わないけどこのままじゃ先に進まないでしょ。
僕としてもちゃんとした本の状態で読みたい」
予定より少し早めに二人は席を立つ。
それに合わせてジーンは結界を解除し、周囲にざわめきが戻ってきた。
「佳澄、楽しみにしているからね」
「分かった、明日には送るね」




