#36 忘~forgot~
「しっかし...こう何回も入院するなんて思わなかったわ」
「それは俺もだ」
俺――美空大地は病院にいた。なんでも道端で倒れていたらしい。
「ねぇ、貴方あそこで何があったの?」
「地面はえぐれていたりクレーターができていたり近くの塀は溶けていたんだけど」
「確か愛華の幼馴染のところに行って...それで...」
あれ...何があったんだっけか?家について、そして...そして...そして...
「大地?」
「――だせない」
「え?」
「思い出せない」
「一体何があそこであったのか、何をしたのか」
「あの地面の痕は今の貴方じゃ作ることはできないだろうし、相手の能力者の技なんだろうけどあんなに地面をえぐるなんて」
「そんなにえぐられていたのか?」
「そりゃすごかったわよ?直し屋の人たちが困惑していたもの」
直し屋はいろいろな戦闘でできた損傷を直してくれる人たちだ。地面の損傷から崩れた建物、切れた電線などさまざまのものを直してくれる。能力が当たり前にあるこの世界ではそういう風に裏で治してくれる人たちもいるのだ。
「...さっきから浮かない顔ね」
「あ...あぁ」
九十九にそう声を掛けられる。
「なんか...なんかが抜けてる気がするんだよな」
「前まで当たり前にあった何かが抜けている気がするんだ」
一番大切とまではいかないけれど、すごく大切な何かが。
「貴方が戦った相手のことじゃなくて?」
「そうかもな...」
まぁ自分のことを傷つけた相手がだれかわからないってのはだいぶきついからな。
「それじゃあまた来るからね」
そう言って九十九は部屋を出ていく...
「っ...はぁ」
「あんま心配させたくないからせめて早く何を忘れてるかぐらいを思い出さないと」
♦
「お父さん!」
私――嶋愛華は父親に詰め寄っていた。
「蓮司をどこにやったの!」
私の幼馴染の東城蓮司が昨日から行方不明になっている。それを何故父親に詰め寄っているかというと以前暗殺者に依頼すると電話しているのを聞いてしまっていたからだった。
「知らないな」
「とぼけないで!暗殺者に電話してるの、聞こえてたんだから!」
「なんのことだか...それよりもあの縁談の話は真剣に考えてくれたのか?」
「そんなわけないでしょ!私は蓮司と結婚するの!異論は認めない!」
柄にもなく怒鳴ってしまう。それほど私の中で蓮司という人は大事な人なのだ。彼のためなら私は自分の命すら差し出せるだろう。
「それなら...いいものを見せてやろう」
「ついてこい」
そう言って私を地下へと案内するお父さん...まさか。
「これを見れば気が変わるだろう」
そう言って電気をつけた先にいたのは全身を痛めつけられてボロボロな状態の蓮司だった。
「蓮司!」
「愛...華...ちゃん」
「この...このクソ親父が!よくも...よくもこんなことを!」
「この俺に歯向かうのか?」
「俺に勝てんことはお前が一番わかっているだろう?」
「今すぐこんなことやめて」
「それにはお前があの話に乗ってもらう必要がある」
...私の自由と引き換えに蓮司君が助かるなら
「だ...めだ...あんな...やつ...と」
苦しいながらも私をかばおうとしてくれる...こんな人だから私は惹かれ、恋焦がれた。
「大丈夫...蓮司」
「今助けてあげるから」
「決まりだな」
そう言って私はもう一度地上階へと連れていかれるのだった...
♦
「ねぇ、大地」
俺――美空大地はもう一度お見舞いに来た九十九に話しかけられていた。
「どうした?」
「貴方、私に隠していることあるでしょ」
「ねぇよ...んなもん」
「嘘」
「だって普段の貴方ならやられた後にすぐに状況から相手の能力を推察して次に会った時の対策を作るもの」
「何よりもいつもみたいにリベンジをしようという気概がないのよ」
「ねぇ、何を隠してるか...私に教えてくれない?」
「それは...」
このことを言うべきだろうか...九十九なら相談に乗ってくれるだろう。だけど最近は迷惑をかけすぎている気がする...どうする?
「私は貴方の保護者なのよ...教えてくれない?」
九十九が優しい笑みでをに語り掛けてくる。こういうのに弱いんだよな...俺って。
「あの...あのな」
「うん」
「俺の中でぽっかりぬけているものが何かあるんだ」
「でもさっき言ってたやつの正体なんてそんなものじゃない」
「もっと、もっと大事なものだ」
「大事なもの...ね」
しばしば考えるようなしぐさをして九十九はこう告げる。
「戦いの理由とか...闘争心とか?」
「...なんでそう思うんだ?」
「だって、さっきも言った通りリベンジに燃えない大地なんて変だもの」
「たとえ相手がどんなに強大でもどうやって倒すかを考えて実行に移すのが私の知っている”美空大地”よ」
「ほかに考えられるのはないわね...違ったらごめんなさい」
「いや...俺にもそれかどうかなんてわかんねぇよ」
「でも確かに苛立ちというか、怒りのような感情はないな」
「じゃあ...貴方が今までどうやって戦ってきたか振り返ってみる?」
「それもいいかもな」
そうして俺と九十九の思い出話が始まるのだった...




