5-9
「おはよう」
「おはよー」
廊下を歩いていると友達に会ったので挨拶をする。
「最近忙しそうじゃん。なにしてんの?」
軽い口調でそう聞かれる。
「ん、新しく論文を書いていてな。どんな内容かは言えないが」
「ああ、いいっていいって。そういうことなら。研究者が発表する前の研究を話さないのは当たり前のことだよ。この世界は先に口に出した方が正義、だからね」
会ったのは久しぶりだが、アデラは前と変わらない明るい調子で僕の考えを肯定する。
そういえばアデラは僕の友人の中で1番懐の深い人間だったなと思い返す。同時にものすごく悪趣味だったが。だからこそ評判の悪い僕と仲良くなれたというのはあるだろう。
「最近ぼちぼち物騒だからね。自分もそろそろこの国からトンズラしようかと思ってるよ。単位も持ち越しできるって話だしねー。自分達みたいな知識層……って言うと少し鼻にかけてるかな?まあとにかく自分達みたいなのは、皆この国から出ていくだろうね。アンドレアは、どうする?」
心底楽しそうににこやかに、僕がどう反応するかじっと観察しながら問いかけてくる。
「僕はしばらく残るさ。まだやることがあるからな……」
アデラの笑みが深まる。
「ふーん。……ま、ほどほどにね。じゃ、自分はこれから授業だから行くよ。また会えたらいいね!バイバイ」
手を振って別れた。
確かにまた会えたらいいな、と僕も思った。
▫
「どうだ?ミアの方は進展したのか?」
いつも通りに、部室のソファに座りながらそう聞いた。
「まあちょっとは?」
ちょっととは。
「ほら、見てこれ」
……本を渡される。
背表紙に、ミアの名前が書いてある。
中身を見て、僕は思わず本を落とした。
「これは、なんだこれ。は?」
思わず意味をなさない言葉が口から発せられる。
それはミアの人生が事細かに書かれた本だった。それこそ本人しか知らないような、本人以外知っちゃいけないようなことが書かれている。
これは、存在しちゃいけない本だ。
「クレアのスキルは人の人生を本としてまとめられるんだって!すごいよね。これを読んで解読しようって話になったんだ。私もミアのこともっと知りたいから!」
トリシアが嬉しそうに笑いながらそう言った。
……。
それは、ダメだろう。人として。
最初にツェザールを見る。どうでも良さそうだ。
次にライラを見る。思うところはありそうだが、トリシアの言うことに文句をつけるつもりはないらしい。
オルフを見る。どうしたの?とでも言うように首を傾げられた。
最後にクレアを見る。僕に見られていることに気づき、視線をこちらに向ける。そして、三日月のように口角を上げた。目は笑っていない。
……。どうかしている。
まともな人間を名乗るなら、ここで拒絶の言葉を出力するべきだ。
考える。
そして、僕は何も言わないことに決めた。
だって僕はトリシアの性格にも、言動にも、結局興味は無いのだから。
「とりあえず解釈を聞いていいか?」
「うん!」
トリシアが嬉しそうに本のページをめくる。僕の怪訝そうな顔には気づいていないらしい。
「古文だから解読は全然進んでないんだけど……ミアには前世の記憶があるんだね?それでリリーロッテって人が好きだったんだ」
あーあ。
大惨事じゃないか。幸いにも根幹まではたどり着いていないようだ。さっさと止めるべきか?
「はっ。おいおい、この程度の文章も読めないのか?安心しろ、僕ならこんなもん五分で読める。要点だけ纏めてやるから待ってろ」
「本当!?ありがとう、お願いするね」
「ああ、お前はただ僕を頼っておけばいい」
クレアが非難するような目線を向けている気がするが、気にしないことにする。
ライラはどうなるか分からず少しドキドキしてるような感じかな。
本に目を通し始める。
リーシュは元々子供の多い王家の第6子として産まれたらしい。継承権が低かったのもあり、親からは放置され、孤独な幼少期をすごした。呪術が使えると分かり、差別の対象に。……まあ昔はな。国によっては不気味だと、差別されることもあったらしい。そこで庇ってくれたのが、年の離れた姉だった。
王位継承争いが激化し、姉は死亡。殺されかけたリーシュも国外逃亡し、占い師として活動。
ああ、そういう経緯なんだ。主人公みたいでかっこいいな。
そしてリリーロッテに出会いその旅に同行。呪術師として活躍した。リリーロッテ亡き後は、継承戦争が終わっていた出身国に帰り、呪術の研究にのめり込む。そして性転換の呪いを……ってこれはいいか。何研究してんだ。もっとやることあるだろ。
転生し、女になる。まあ多分僕の分の呪いがはね返ったからだ。そしてこの国の第3子で王女として生まれたミアは前世の通り、親から構ってもらえることはなく、孤独な幼少期をすごした。前世と違ったのは、呪術が扱えたミアはそれ用の学校に入ることができ、友達が幾分かできたことだろう。
そしてトリシアに出会い記憶を取り戻し、今に至る、と。
……分かってはいたが、僕だといろいろと情報が足りんな。なんで今閉じこもっているのか全然分からないぞ。




