ルーク
「なんだと?おれにその料理が出せないって言うのか」
仲間の騎士が問題行動を起こしたので、おれには料理は出せないということらしい。
さすがにこれは怒る権利があるだろう。そう思ったので、実力行使も辞さない構えで徹底的に抗うことにした。
「待って」
おれが店主に掴みかかろうとしたその時声が聞こえ、そのまま細い男が割って入った。
「まあまあ、落ち着いて、さ」
「邪魔するつもりか?チッ……まあいいだろう。その蛮勇を買ってやる」
周囲を見て、冷静になる。ただの騎士ならこんなことはよくあるだろうが、おれは聖騎士だ。教会からの威光を預かっている現状、あまり事を荒立ててはおれ自身もそうだが、仲間の評判にも関わる。
仲間を貶されて頭に血が上ったが、この店主がいけ好かないやつなだけだ。教会の方で名指ししておこう。それで改善されるかもしれない。
何となく負けたような気がしながら外に出る。ああ、屈辱的だ。勇士たるものあの場で戦わずしてどうする?これでは仲間達から軟弱者だと笑われてしまうな。
「待って」
「……」
まだ何か用があるのか?
「先程の無礼をお詫びしたい。名のある騎士とお見受けする」
「……」
なるほど礼儀がなっている。
少し評価を改めた。
「私から食事を奢らせてもらえないだろうか」
「……」
頷く。
隣国の戦争に向かう旅の途中だ。わざわざ隣国に行くだけあって別に急ぐものでは無いし、なんなら参加しなくても良い。おれが向かうのは単純に栄誉のためだ。少しくらい足を止めても誰からも咎められることは無い。
▫
「ここだよ」
紹介された食堂は程よく大きい場所で、程よく清潔感があり、見るからに美味しそうだった。
大きすぎたり綺麗すぎると逆に美味しくないというのは、おれが功績の数々をあげ、高い店に連れていかれるようになって知ったことだ。
確かになるほど。現地の人間に聞くと言うのは正しい手順らしい。
「じゃあ入ろうか」
「……」
扉は小さく、おれの背丈では頭をぶつけそうだったので、兜を脱ぐ。
目の前を歩いていた男は何かを気づいたようにおれの顔をじっと見ている。
傷か?目の前の男は荒事には縁がなさそうな細さだ。手も女みたいに白い。顔の傷にぎょっとしたのかもしれない。
そのまま店内に入る。
「いらっしゃいませ」
その言葉とともに店内を歩く。思った通りいい店だ。匂いも良い。大変繁昌しているようで、心地の良い騒がしさがある。酒は提供していないようだ。少し残念に思うが、酔っ払いのあの耳障りな騒がしさがないと思えばそれもまた一興と思い直す。
「ここでいいか」
店内の中心に座る。
「……おすすめはあるのか?」
「わ、いや、ちょっと驚いただけだ。普段は落ち着いているんだなと思って……ごめん、変だったかも」
このおれに対して随分ぞんざいな物言いだ。しかし、おれの鎧には聖騎士であることを示す意匠も入っているし、数々の功績を示す勲章だってある。まさか、おれなんかよりよっぽど高い身分の人間がそれを隠しているのか、それともただ世間知らずなだけか。気にはなるが、今は食事に集中したい。
「……」
「そうだね、おすすめだよね。うーん私はいつも煮込みハンバーグを頼んでいるんだけど」
「……それでいい」
「本当に?すみませーん、煮込みハンバーグを2つ」
目の前の男はおれの注文もしてくれたらしい。ありがたい。大きな声を出すのは疲れる。
「騎士様はさ、何が目的で旅をしているの?」
「……戦い、栄誉を得るためだ。騎士は皆そうだろう」
今は神殿の方は争いも無く暇なので、こうして普通の騎士のように旅をする。教会から命が出ていれば戦争に赴くこともあったが、随分久しぶりだ。おれの持つ勲章のほとんどはその時授与されたものだ。
「じゃあなんで騎士になったの?」
「……元々おれの家は古くから続く名家だった。貴族ではなかったが、そこそこの権威と土地を持っていた。次男だったおれは家柄を活かして従騎士見習いになった。この通り体格が良かったものでな」
「家と体格が適していたからってこと?」
「そうだ」
しかし騎士は自身に合っていた。
元々荒っぽい性分だったのもあるが、守るという行為が上手いこと嵌った。そして誰にも勝てないような偉大な勇士になった。
なんとなく気分が良くなっていつもよりずっと饒舌に話している気がする。
「どうやらおれの家は分家だったらしくてな。分かれたのはずっと昔という話だが、本家が全滅して、次に財産を継ぐのはおれか兄かという話になった。兄は土地に愛着を持っていたのと、本家が聖騎士の家系だったからおれが継ぐのがちょうどいいんじゃないかということになった。そして意図せずしておれの手に聖騎士の地位が転がり込んできた」
騎士は死にやすいからな。子孫がすっかりいなくなるというのもない話ではないのかもしれない。
「これが一応経緯ということになるのか」
いつの間にかテーブルに置かれていたハンバーグに口をつけながらそう締めくくった。
すごく美味しいというわけでもないが、安心する味だ。久しくこういう食事は取っていなかったかもしれない。
これはこれでいいな。
「それってさ、楽しい?」
「……どうだろうな」
そんなことを言い、それから言う言葉に迷って無言のまま食事を食べ進めた。
「きっと君はさ、数え切れないくらいの功績と栄誉を手に入れたんだと思う。これからは自分のやりたいことをやってみるっていうのは、どうかな?」
「……」
「好きなこととかないの?これをやると楽しいとか、嫌なことが忘れられる、とか」
「……そうだな。昔、母親に付き合わされて服を繕ったことがあったか。その時は何も考えず、ただ黙々と作業をした」
男らしくないと、当初は反発していたような気がする。しかしこれが存外おれに合っていて、母親よりも上手くなるものだから、しまいには取り上げられてしまった。
「それいい!それいいよ!」
「……」
嬉しそうに男がおれの手を取る。
「私の名前はリリーロッテ!旅の騎士。あなたの名前は?」
「……ルーク」
なんだお前も旅人なのか。
そう思いつつ、名前を答える。なんとなく家名は答える気になれなかった。大人になってから実感もなくただ名乗ってきたそれを、ここで言うのは何か違う気がした。
「ルーク。旅の行先が同じならさ、私と一緒に旅をしない?」
偶然にもリリーロッテが指し示した場所とおれの目的地は一致していた。
リリーロッテが差し出すその手をおれは何も考えずに、握った。