3-10
「『コキュートス』」
理由はよく分からないが、ライラがウォーハンマーで頭を殴ったあと、僕たちの制止の声も聞かないでそのまま攻撃へ、ミアも思いっきり顔を狙いに行っていた。王族が本気の殺し合いとかシャレにならない。一応回復魔法で何とかなるとは思うが。
さすがにこれはまずいと凍結魔法を使った。
「思わずやってしまいました……」
「助かるよ」
咄嗟にとはいえ凍らせたのは腕だけだ。僕の魔法制御技術はエルフですら舌を巻くほどである。寸分の狂いもない。
『2人とも失格でーす』
▫
昼休みなので眠る場所を探しにふらふらと歩いていると、大勢の人の集まりが目に入った。
「何をしてるんですか?」
「!?キング!!キングですわ!」
キング?
「皆さん、跪きましょう」
その女がそう言った後、集団が一気に僕の前に跪いた。真ん中には呆然と立ち尽くすツェザールがいる。
「何これ……」
立ちすくんでいても仕方ないので話を聞くことにした。
「入学した直後、女子生徒につきまとうタチの悪いナンパ野郎の股間を蹴り上げ、『邪魔だどけ、この愚物』と言うサディスティックな1面、女子生徒にはもちろん『怪我はありませんでしたか?』と聞く優しさ」
「そんなことも……ありましたかねぇ」
全く覚えがない。
そこまで手荒い真似をしたということは、その蹴り上げた男は平民だったんだろうか。
「以前の生真面目な格好もギャップが素敵でしたが、今の服装も良くお似合いです♡」
「そうですか」
そりゃ妹が選んでくれた服なんだ、似合っていなきゃ困る。
「おい、ザール逃げるな」
気配を消しながら立ち去ろうとするツェザールを呼び止める。いや、気配を消していても目立ってしょうがないけどな。
▫
「大変な目にあった」
メイド喫茶の厨房で疲れ果てた顔になるのを自覚しつつ料理を仕上げていく。審査員と言えどもずっと見なくてはいけないわけでもない。審査員長である理事長以外は入れ替わり制だ。
「いやーキングだってねー」
ツェザールがからかうように話しかけてくる。
ちなみにあの集団に昨年僕の近くに置いてあったお菓子の件を問い詰めるとやはり彼女達だったらしい。とりあえずお礼は言っておいたが、これがツェザールがいつも味わっている気分かぁ。少し同情をしないこともない。
「いらっしゃいませー」
明るいトリシアの声が響き渡る。
ちなみに大会に参加していないクレアがこのメイド喫茶の切り盛りを思った以上に頑張っているおかげで、結構稼げているらしかった。繁盛している。
「手が止められない繁盛ぶり……」
「……」
同じく料理を作っているライラがじっと僕を見つめる。……メイド服を着たいと言っていたな、そう言えば。でもこの通りデカイ体躯だった時と変わらず寡黙にも程がある有様なので、なかなか接客は難しい。貴重な調理ができる人間なのもあってずっと厨房に拘束されている。
「ごめんねー、先生は参加できない決まりになっていてねー」
オルフがあくびをしながらそう言った。
うん、監督してくれてありがたい。というか僕も在籍はしているとはいえ、もう卒業している身だ。僕も手を貸していいのか?これは。そんなことを言っている場合ではないが、少し気にかかる。まあいいか。
「メイド服を着ながら調理をすればいいんじゃないかい?作ってあっただろ?……私は料理できなくてすまないね」
「……いや、いい」
ライラはそう言いつつも、生き生きと配膳するミアと大変そうだが輝いているトリシアを見ながら悲しそうな雰囲気だ。……王女様が配膳ってどうなんだろうな、冷静に考えると。ちなみにクレアは宣伝に駆け回っている。割と余計なことをしている気もしないでもない。
「あ、理事長」
理事長が客として来たらしい。ついでだから聞くか。理事長のところへ行く。
「おお、ナシェルさん。ここは君の店だったんだね」
いや僕の店では無いが。
「僕は参加しても大丈夫なのでしょうか」
「もちろん、大丈夫だよ。武闘祭は2年に1回の大きなイベントだ。飲食に関してはそもそも外部からも人を呼んでいるからね」
ああ、そうなんだ。どうやら問題ないらしい。
「先生……顧問の先生なんですけど、彼女ももしかして働いて良かったり……?」
「?別に大丈夫だよ」
……。
「おい」
ライラの怒りの声が聞こえた。
なんやかんや無口メイドもお祭りの中では楽しいイベントとして消化されたのだった。