9-20
『ようトリシア、いや今のお前にはリリーロッテの方がいいか?』
「……キース」
『そう!キースだ。よく覚えていたな?俺もお前のこと、覚えているぞ。今でも鮮明に思い出せる。昔からの友人であったはずの協力者に裏切られ、瀕死の中敵に囲まれたリリーロッテを!その後迎える凄惨な最期が俺の目に焼き付いて離れない。片腕が』
「やめて!」
ミアが耳を塞ぎながら言った。ライラも少し眉をしかめている。クレアは半泣きのまま震えていた。
『あ、ああ。そうだな配慮が足りてなかったな。そうだ。すまん。でも忘れられねぇんだよ。忘れられなくて気分が悪くて気が狂いそうで、叫び出したくて、いっそ叫んじまうか?いやそれは迷惑か。なんにしろお前はあんな末路を迎えなきゃいけないほど悪いことをしたか?もしくは大それたことをしたか?死後も墓が作られず、尊厳が破壊され続けなければいけないほど……。俺はそうは思わない。因果応報。物事は因果が先にないといけないんだ。そういうもんだろ?でもそれがない。なんのしがらみもなく、別に誰かが悪かったわけでもなく、そうする意味もなく、お前が犠牲になるという結果だけが残った』
「……」
『俺は、お前に何も求めない。求める資格もない。だからお前のことも、なんならその仲間達のことも、ただ眺めているだけだ。まあ、俺の興味が満たせそうなチャンスがあるなら逃さないけどな?』
「……」
トリシアがずっと無言だ。
何を考えているのか分からないが、怒っているわけでもなさそうだ。
リリーロッテは、祖国を追われるはずだった、でもその前に亡くなった親友のフリをして、男装して親友がしたかったはずの旅を代わりにしていた。
最終的に親友ですらない全くの人違いで殺されたリリーロッテは、まああまりかっこいい最期とは言えなかったけど、でも私はその物語が好きだったから、その最期もまた肯定した。
「ごほん。じゃ、治療方法の説明を始めよう」
ということで、本題に入る。
「あ、はい」
「簡潔に言うと元に戻すためには、前世の記憶を消す必要がある」
「……やっぱりそうなんだ」
「うん」
そもそも傷なんてつくはずのない強力なスキルなのだから、この有り得ざる状況を元に戻せば自動修復するだろうと言うのが、ツェザールのスキルに闇魔法系統の魔道具で攻撃しまくって試して諦めた僕の結論だった。
僕には手に負えないぞ正直。
「どうする?トリシアが決めていいと思うが」
「私はこのままでいいよ」
「そうか」
そう言うと思ってたぜ。
記憶を消しても元に戻らない可能性も全然あるし、そしたら僕はいったい何を言われるのか……考えたくもない。諦めてくれて良かった。
「やっと思い出せたんだ。もう力を失ってしまうとしても……私はこの記憶を手離したくない」
「トリシア……!」
ミアが感動しながら抱きつきに行った。
それを見たライラから凍えるような殺気が出ている。怖い。
▫
「キース達の処遇はどうする?」
「どうもしないわよ」
「心広いなお前……」
これも王の器か。
ミアの寛大さに困惑しつつ、いつも通りの日常がかえってきたのを感じる。
『そうそう、この液晶画面に少し攻撃して見てくれ。これは特別製だから多少じゃ傷つけねぇし』
キースがトリシアに何かを言っている。
……。
「いや待てよ。万一壊れたら俺が測定しなきゃいけなくなるだろうが!」
『くはは』
笑ってる場合じゃないだろ。僕を呼べ僕を!
「んー?【ライトニング】!」
……そんな魔法あったっけ?
僕の疑問がなかったかのように、雷撃が飛んで行く。
『おお!数値が端数だ。おい、もう1回打ってくれ。同じやつを同じ威力で!』
「【ライトニング】」
『こりゃすごいぜレイモンド!完全に数値がランダムだぞ!』
キースが目を輝かせて喜んでいる。お前が嬉しそうで僕も嬉しいよ。
「システムの破壊か……」
もしかして正義スキルとトリシアの所持するスキルって、原初のシステムと世界を作った神のために作られたものなんじゃ……と考えて、いやそれは知らなくていいことだな、と思い直したのだった。