9-19
「……」
トリシアが起きた。
すっかり調子を取り戻してまた小さくなっているライラが僕の隣でハラハラした様子で見守っている。
急遽呼び出されたクレアも顔を硬直させながらライラの腕にすがりついている。いやそこまでしなくても。
「私のこと思い出したんですか?」
か細い声で聞いている。
「うん。多分。クロ。小さい黒猫の獣人だった。私が導いてあげなきゃと思っていて、でもそんなのおこがましかった、よね」
「うぅ、ぐすっ。ごめんなさい、あの時、私、逃げ出して、怖くて、向き合えなくて。ひくっ」
とうとう泣き始めた。
「いいよ」
なんだと。僕の時は許してくれないと言ったのに。思わずトリシアの顔を凝視する。
「わたしは、守れなくて申し訳ないなんて言うつもり、ない。勝手にいなくなったリリーロッテが悪い」
ライラが涼しげな顔でそう言った。
「そうだね」
トリシアもそれに同意した。
……おかしいな、僕にだけ厳しくないか?
「私は……何も言うことがないな。うん。楽しい旅をありがとう?」
「どういたしまして?……ふふっ、ロイらしいね」
部屋の扉が勢いよく開く。
「トリシアが前世の記憶を取り戻したって本当っ!?」
ミアだ。走ってきたんだろう。服がシワになっている。
「少しだけだよ」
「そう。私のことは思い出した?私、頑張ったんだよ。貴女がいなくなってから、城に幽閉されても貴女のことを取り戻したくて」
「分かってるよ」
抱きつくミアの頭をトリシアが撫でている。
ということで、オルフを除く最後の仲間であるそいつに話しかけるために液晶画面をひっくり返して話しかける。
「どうするよキース。なんか言っとく?」
『いやー、俺が話しかけて良い雰囲気じゃねえだろ……多分』
「それはそう。そういやアーノルドってどこにいるの?」
『普通に俺の部屋の隣にいるぞ』
「まじ?」
そんな簡単に僕に話していいの?とかそんなに近くにいるんかい、とかいろいろ言いたいことはあるが飲み込むことにした。
「ねえレイモンド!」
「なっ!?」
急にトリシアに話しかけられて変な声を出してしまう。完全に想定外だった。
「私、怒ってるんだよ!」
「へっ?」
「私のこと本に残したの君だよね!!?」
……。
なんでバレた?
実はこっそり書いて出版社に渡して原稿料だけもらったのだ。匿名で。
「分かるよ!だって私のことをあんな、傍若無人のヒーローなんて書き方するの君くらいでしょ」
「うっ。ま、まあ?僕が認めた英雄が?かっこよく戦ったのに?それが知られることがないなんてもったいないし、というか僕の感性が疑われるだろ。トリシアがかっこいい英雄だったって世界に知れ渡らないと恥をかくのは僕だってこと。だから僕のためだ!悪いか!!?」
「悪いに決まってる。恥ずかしいし……。というかやっぱり自分のためなんじゃん!せめて私のためであるべきだよね!?」
「そうだぞ僕のためだ。というか別にいいだろ大してヒットしなkモゴモゴ……何をする!」
ツェザールに手で口を塞がれた。
「アンディは嘘つきだよね」
見上げるといつも通りのポーカーフェイスだった。
「トリシア。前から言いたかったけど、アンドリューのこれはただの照れ隠しよ!素直じゃないのよ」
「へ?」
「アシストになりそうだったから言わなかったけどもう限界だわ」
「……」
ミアが不本意なことを言っている。トリシアが本当なの?という目でライラの方を向いて、ライラは少しだけ口角を上げた。それでトリシアはどうやら確信を持ってしまったらしかった。
「なんだーそうだったんだーかーわいー」
「やめろ、抱きつくな。別に照れ隠しなんかじゃ、ない!」
一応今の僕は男ってことになってるんだぞ!
あと本当に照れ隠しじゃないからな!
「はあ……ま、これが精算ってことかな」
遠巻きに見ているだけだったオルフが懐かしむように呟いた。
「ようやくおかえりって言えるのかな?待ってたよ150年間。また会えて嬉しいな、リリーロッテ」
華やぐような笑みで、まるで英雄の帰りを待っていたヒロインのようにそう言った。
「ただいま?……オルフってそんなキャラだったっけ?」
「えーバレちゃったかー。でも嬉しいのはホントだよ。リリーロッテもトリシアもボクはどっちも大好きだ!優しくて誰よりも親切な君が救われる日をずっと待っている」
少し素に戻ったように、落ち着いて微笑みながら言った。
実際本心だろう。
『あ、あー。ちょっといいか。区切り着いたところだしいいよな?』
キースが心を決めたらしい。