9-12
「……」
寝ているトリシアの顔を覗き込む。
前世とは違い、男には見えない。すごく可愛い女の子というわけでもない。肩口までの緑色の髪に、見開くと大きすぎる目、薄すぎる唇。少し腕が短い。要は普通の女の子ってことだ。
彼女を普通じゃなくしているのはその強さとそれに裏打ちされた気持ち悪いくらいの自信で……それが彼女を好きになったきっかけだった。
見た目に反し結構小心者だったわたしは、相手から見たわたしのイメージと主観のわたしの差に苦しんでいた。手柄をあげることにとりつかれていたのもそれが理由だ。目に見える形で誇れる物を増やしていけば自信がつくんじゃないかと心のどこかで思っていた。
リリーロッテの旅について行くことにしたのは、なんとなくわたしに足りない物を補ってくれるような気がしたからだ。わたしもこのくらいドンと構えていないとなと思っていた。
「うう……」
苦しそうに呻いている。
少しでも楽にできないかと眉間のシワを伸ばしてみる。
「ルー、ク」
「!?」
なんでトリシアからその名前が!?
そう思ってよくよく顔を覗き込むが、相変わらず苦しそうに寝ているだけだ。気のせいだったのだろうか。
「何してるのよ」
いつの間にか寝室?に入ってきたミアが困惑したようにそう言った。
「……」
少し殺意が湧いたが、あまりにも理不尽すぎるので、深呼吸をした。落ちついてきた。
「見ての通り。看病」
「……この角度から見ると首元を抑えているように見えるわよ」
「……そう」
今気づいたが、扉の向こうから足を引きずるような音が聞こえてくる。
振り向くが、扉に変化は無い。
「どうしたの?」
「いや……」
音が消えない。
ミアが不安がるので仕方なくミアの方を向くと、ミアが気を失って倒れるところだった。
「な……」
狼狽えているうちに、わたしの肩に誰かの手が掛けられる。
何かの魔法か?咄嗟に防御魔法で防ぐ。
下手人の顔をと思って見上げると、いつもよりずっと青ざめた顔のアーノルドがいた。
どこか違和感がある。
それに気を取られてしまったんだろう、わたしはそのまま気を失った。
▫
背が高く、体格の良い女性が転がっている。涼しげで、どこか風格を感じさせる顔つきがよく合っている。目を開けて、立っていれば、上から見られることに私は耐えられないだろう。
信じられないが、これがライラの本当の姿らしい。
『なーんか違和感があるとは思っていたが、こいつ自分に縮小化のスキルをかけていたんだな。肉体は魂の影響を少し受けるから、ここまで思いっきり見た目が変わるのはおかしいと思ってたんだよなー。んー、180後半くらい?おっきいな』
「かっこいい……」
背が高いのもそうだが、骨格が太く大きく、服が小さいため露出している太ももが筋肉質なのもかっこいい。強そうでいい。憧れる。
『……。そうか?そうかもな。俺はそういうのは詳しくないが……。あ、でも胸とケツ大きいな。王女以上じゃね?』
「はあ……」
『なんだその失望のため息は!』
キースが騒ぐ。
『まあいい。それは今重要じゃない。ここで大事なのはトリシアだ。だろ?』
「知ってる」
『物分りが良くて俺も嬉しいぜ?ほら、さっさと行け』
ここで1回感謝の言葉でも言ってくれればやる気も出るのに……そう思いながら、あまり動かない右足を引きずっていく。普段は魔道具で調整してあるが、今は使えない。
私の魔法は全てのスキルと魔法を破損させる。右足の金具が完全に飾りになっていることを感じ、ため息をつく。作っているのがキースとはいえ、パーツにはお金がかかる。今の没落した俺たちで新しく買い直せるのか?……キースが考案したらしい映写機が飛ぶように売れているようなので、意外と大丈夫かもしれない。
「アーノルド?」
さすがに起きたらしいトリシアが俺の顔を見て、寝ぼけたように名前を呼ぶ。
「悪いな」
そう言って私はトリシアに【闇魔法】を行使した。